第78話 樹海

 ツリーハウスを出ると、そこは少しましな感じの場所だった。周りにもいくつか無事なツリーハウスがある。どうやら誰かの結界の中に入ってたんだね。

 下には、乳兄弟ズがいて、心配してくれてたみたい。僕らが結界が消失した場所に行くって言ったらついてくるってごねたけど、セイ兄が危ないからダメだって。

 ちょうど、お片付けを手伝っていたトッチィが通りかかって、セイ兄が3人に片付けの手伝いを命じた。3人はトッチィに回収されて、連れ去られちゃった。


 そんなことがあったけど、あとはお片付けの人がいる程度で、そんなに会う人はいなかった。アーチャが言ってたみたいに、僕のことをおそるおそる見てる人もいる。

 仕方ない。

 僕、おうちや森をめちゃくちゃにしちゃったんだもんね。それに結界を消失って、どうすんの、これ。


 そんな風に思ってたら、ババッて走ってきた6人の男女。

 うわぁ、襲撃される?反撃したら拙い?

 僕は一瞬緊張したけど、彼らは僕らの前に勢揃いすると、深々と頭を下げたんだ。

 なんだか、泣いてる人もいる。

 ?

 どういうこと?


 「アレクサンダー様、このたびは本当にありがとうございました。」

 「「「「「ありがとうございました。」」」」」

 なんだか一人の人がお礼を言って、残りの人が復唱する。

 何?どうなってんの?

 周りの人達も、心配そうにこっちを見てる。


 「あー。たぶんあれだな。」

 「ええ、あれですね。」

 いやだから!

 「ダーのことをほとんど神様みたいに思ちゃった人もいるんです。なんというか・・・この6人は、怪我や病気で前戦をリタイアし、間もなくこの集落を離れる予定だった人達です。ここは最前線だから、戦えない人は生活を支える補佐に回るか、別の集落で新たな人生を過ごすんです。この人達は、その・・・」

 「アーチャ構わないよ。俺たちはもうこの集落では用済みで、セスの誇りを全うできない負け犬だったんです。しかし、先ほどの崇高なる光。あなた様の慈悲の光が我々を癒やしてくれました。俺たちはあなた様のおかげで、まだ戦える。本当に、本当にありがとう。」

 その人は泣きながら、そんな風に言って何度も何度も頭を下げてきたよ。他の人達も同じみたい。何度もお礼を言ってくれるんだけど、僕は、特に何かをやったつもりはないし・・・


 「ミミに似てるって言ってたのは、このこともあるかもしれないんだ。浄化とか治癒とか、そんな感じの魔法だったんじゃないかって。」

 セイ兄が耳元で解説してくれた。

  うーん。

 ママの魔法か・・・

 一応、僕もママの治癒魔法、使える。でも、これに関してはママに足下にも及ばない。だから、こんなにたくさんの人に治癒っていったって・・・


 「とりあえず、行こう。博士なら何か考えてるかもしれない。」


 僕らは、結界が消失した、っていうその地点に急いだんだ。





 そこには、ゴーダン、ドク以外にも、ランドルさん他集落の人が何人かいた。


 「ここ?」

 僕は、アーチャに聞く。

 だって、なんだかおかしいんだもの。


 そこは、見渡す限り、というほど先が見えないわけじゃないけど、なんていうか、広場だった。そうなんにもないの。木もないし草もない。なんとなく乾燥したような白っぽい土だけの広場が、かなりの広範囲で広がっていた。


 「おお、アレク、起きたか?」

 ドクが僕らの所にやってきたよ。ゴーダンも後ろに続いてたけど、集落の人々はなんかひそひそと話してる。

 「あの・・・アーチャに聞いた。・・・結界がなくなったって・・・」

 「そうなんじゃがのぉ・・・」

 珍しく、ドクの言葉が濁る。

 ゴーダンがセイ兄に手を差しのばして、僕をセイ兄から自分に移したよ。

 『ダー。自分が使った魔法、分かるか?』

 ゴーダンは、僕を抱くとすぐに念話で語りかけてきた。目は僕を見てないから内緒のお話かな?

 『分かんない。何も属性は込めてないんだと思う。』

 『素の魔法ってことか。普通なら得意な属性を勝手に帯びるが、お前だしな。』

 『ごめん。』

 『まぁ、やっちまったのは仕方ない。問題は聞いてるか?』

 『結界の一部が消えたって。』

 『それはそうなんだが・・・ここをどう思う?』

 『広場?』

 『どうやら、ここの森と空き地の境界線にな、結界が通ってたんだと。』

 『え?じゃあ、樹海ってこの白い土地みたいなの?』

 『そこが問題なんだ。どうも結界まであの樹海が迫ってたらしい。が、お前の魔法を受けて結界と、樹海の一部が消えた。ちなみにこの白い土地は土の抜け殻だ。魔力をほぼ含んでいない。俺の魔法でも、形を作るのは難しい。』

 『え?』

 僕は、白い大地に土の魔力をちょっとだけ含んで持ち上げてみた。あれ?動くよ。

 僕が魔力を通したところが、白から茶色と色が変わった。


 !


 エルフ達がこちらに走ってやってくる。


 「何をどうやった!」

 知らないおじさんが怒鳴るみたいにして僕に掴みかかってきたのを、ゴーダンが体をひねって避けてくれた。


 『ダー、今魔法を使ったな。お前が触ったところに土の魔力がしみこんでるぞ。』

 『本当に魔力がなくなって操作できないのか試そうとしたんだよ。でも普通に動いたよ。』

 『お前が触れば、魔力が戻るのか?どっちにしろ、今は何もするな。』

 『調べるんじゃないの?』

 『下手すると今度こそ力尽くでお前を掠いかねん。結界の消失以上に、この樹海の後退が彼らを騒がせてる。土から魔力がなくなっていることが問題だったが、ここにきて復活させられるとなると、やばいぞ。』

 ゴーダンは、騒いでいる人々に背を向けて歩き出した。


 『メンバーに声をかけられるか。できたらこのままこの集落を出発する。』

 『でも・・・』

 『お前が一生、この地で樹海の再生でもしていきたい、というなら、俺も従うしかないが?』

 『そんなこと!』

 『ことは、ここをいじれば終わり、なんてもんじゃない。下手すると事変の後始末を全部おっかぶさせられるぞ。』

 『もし、結界がなくなったせいで、事変が復活したら?』

 『お前のせいじゃない。』

 『でも・・・』


 そのとき、背後でもめる声が聞こえた。


 振り返ると、アーチャが殴られて、地に伏している。

 けど、その目は真剣で、おそらく殴ったであろうエルフだけでなく、そこにいた人達全員を睨み付けていた。

 アーチャの背後には、彼をかばうようにセイ兄が、柄に手をかけて、同じように睨んでいる。

 さらにその後ろではドクが難しい顔をして、彼らの様子をうかがっていた。


 「ダーはセスじゃない!セスの重荷をたった5歳の幼児におしつけるつもりか!ふざけんな!それが誇り高きセスの民のすることか!」

 アーチャは叫んでいた。

 僕をかばってくれてるの?僕を抱いているゴーダンの腕を、僕はきつく握りしめた。

 ゴーダンは、怖い顔で僕を睨んできたけど、僕だって必死だ。だって、そんなに親しくないアーチャが、自分の仲間に喧嘩売ってるんだよ。僕のために戦ってるんだ。放ってはおけないよ。

 ゴーダンは、折れてくれた。

 僕を抱いたまま、セイ兄の横に並ぶ。


 しばらく睨み合いが続いた。


 「ねえ、どういう状況か僕にも教えてください。」

 僕は、誰もが睨み合っているその中で、言葉を発した。けど、みんな牽制してなかなか言葉を発してくれない。

 しばらくして口を開いたのはドクだった。


 「お前さんの魔力が結界をはじき飛ばした。そして、そのまま樹海をなぎ倒し、魔力を根こそぎ吸収したのか、魔力が届いた範囲は根こそぎ魔力を失っておる。それにより魔力で形を保っていたすべての存在が消えた。それがここの有様じゃ。」

 僕は放射状に広がる白い大地を見る。

 「本来は、魔素たっぷりの木も魔物もたんといた場所だったんじゃ。他の樹海のエリアと同じようにな。じゃが、これではしばらく樹海が届くことはないじゃろう。少なくとも魔素が復活するまではのぉ。」

 「魔素はいつ復活するの?」

 「わからん。じゃが、これだけスッカラカンじゃ。いかに樹海からの進行速度が速いとはいえ、数年、いやもっとかかるだろう。その間には結界を張り直すことは容易じゃ、そうじゃろ、ランドル。」

 「しかし、樹海をねこそぎ絶やせば、結界はいらなくる。」

 「じゃがそうすれば、魔素もない土地は樹海以上に無駄な地、死の地となる、そう言ったのはおまえさんじゃ。」

 「だが、魔素を復活できるなら、死の地は生き返らせられる。」

 「して、それをこの幼子に丸投げしようと言うんじゃな、セスの英雄は。」

 「それは・・・」


 ああ、そういうことか。これだけの土地、魔素を消して、新たに復活させるの?僕一人で?ムリでしょ?それに・・・


 「あのね、僕、できないよ。さっきの魔法は無意識だったんだ。だから同じことやれって言われても、やり方、わかんないよ。 」

 「そんな。一度出来たものだできないってことはないだろう?」

 「だって、本当にやりかたがわかんないんだもん。それともいつできるかわかんない魔法の訓練を僕はここでずっとしなきゃだめなの?」

 

 「なぁ、魔法の訓練なら、別にここでやらなくても良いよな。」

 そのとき、立ちあがったアーチャが、僕の前に立って、ランドルさんに言った。

 「いつ完成するか分からない魔法に期待して滅ぶのは馬鹿だ。今まで通り樹海はセスが守る。そして、ダーの魔法が完成したら、なぁ、ダー、ちょっとずつでいい、セスを、この世界を助けてくれないか。」

 途中からアーチャは僕に向かって、頭を下げた。

 そりゃ、僕だって出来る範囲でならお手伝いするよ。

 僕は、おそるおそる頷いた。


 「なぁ、父さん。それじゃダメか?ダーは人種だ。その短い時間をちょっとでも、ここに力を貸してくれるって言ってるんだよ。そのぐらい、僕たちなら待てるだろ?」

 「そんなこと言って、魔法を完成させようとしなかったらどうする。完成しても、やっぱりやだ、と戻ってこなかったらどうする。結界はないわ、解決策があるのに手放すわ、その言い訳ができるというのか!」

 一人の男が口を挟んできた。

 きっと、お役目を大事に大事に行ってきた人なんだろう。自分は正しい、そういう目をしている。

 「それならそれで仕方ないじゃないか。こんな子供を縛るようなと、セスがしちゃいけないんだ。そもそもこの子はこの大陸の子ですらない。関係ないんだよ。樹海も、事変も、ダーには遠い国の遠い昔の出来事なんだ。」

 涙ながらに、アーチャは訴える。

 そんな様子をランドルさんは、眩しそうに、そしてちょっと悲しそうに見ていた。


 「よし、わかった。俺はセスの子たるアーチャを信じよう。アーチャが信じるアレクサンダー君の慈悲を信じよう。だが、皆の懸念も分かる。そこでだ、アーチャ、お前に任務を与える。アレクサンダー君の魔法が完成するように協力・指導するように。また、適宜その報告をセスに届けよ。その報告を参考に、セスは今後の樹海対策を行うこととする。異議がある者は述べよ。」

 ランドルさんの言葉を聞いて、アーチャは目を白黒している。

 そして、誰もが、様々な表情をしているものの、異議を述べなかった。


 こうして、僕らの仲間にセスの民アーチャが、新たに加わったんだ。

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