第76話 使命と指名(後)
「ランドルさん。あなたが欲しいのはダーだけですか。僕らに使命とかいろいろ言ったのは、ついでですか?」
クジが目を細めて、言う。
「君たちもみんな欲しい、というのは本当だよ。みんな立派な戦士になるだろう。そうなるように導くこともできる。だけどね、」
ランドルさんは、僕をじっと見たよ。
「アレクサンダー君は別物だ。それは君たちも分かってるんじゃないのかい。グラノフが肩入れするわけだ。あのエッセルとかいう簒奪者の曾孫だったか。我々からグラノフという逸材を奪った先祖の罪ほろぼしのためにも、君には我々の元に残るべきだ、とは思わないかな。」
「簒奪者?」
「グラノフは天才だよ。そんな彼を、浪漫だとかなんだとか、口車に乗せて、逃亡者の島へと連れ出した。おかげで、現場はどれだけ辛酸をなめたと思う?多くの同胞が命を失い、また、戦うすべを失った。」
「ランドル、儂は自分の意志でエッセルと旅に出たんじゃ。エッセルは関係ない。その子孫には、さらに関係ないぞ!」
「ああ分かってる。お前はいつだってここを嫌っていたからな。崇高な使命を、押しつけられた面倒ごと、と、言い張ってたお前だ。いつだって、ここを離れることを望んでいたのは知っている。だが、奴が現れなかったら、お前は再び我々の元に戻っていただろう?」
「それは・・・」
ドクは言葉を失った。僕は、初めてひいじいさんを悪く言う人に出会って、絶句してる。今までも、どうしようもない人だ、的な悪口とも陰口とも言える言葉は何度も耳にした。けど、それは「愛すべき」という口にされない一言を冠しているのがわかったから、僕は会ったこともないひいじいさんに文句を言いつつ振り回されつつ、大好きなひいじいさんが自慢でもあったんだ。でも、そうだよね。やりたい放題の人だったから、その眩しい行動にいきり立つ人がいたっておかしくない。計画を狂わされ、大事な人を奪われた、そう思う人がいたって不思議じゃない。
「僕は、ランドルさんに嫌われてたんだね。気づかなくて、ごめん。」
大嫌いなひいじさんの子孫が、みんなにちやほやされて得意げになってる、そんな風に彼には見えていたんだろうか。
「ああ、アレクサンダー君。誤解しないで欲しい。僕は、純粋に君を愛してるよ。たとえにっくき男の末だとしても、それは君とは関係ない話だ。君は自分の持っている力を理解しているかい? 逃亡者たちはその髪色でちやほやしたんだろうが、我々はそんな表面的なことでは評価しない。君は特別だ。魔力も、頭脳も、何もかも、恵まれて産まれてきた。それを自分だけのために使うのかい?すべてのひとのために捧げる、それこそが持つべき者の使命、生きる意義だと、そうは思わないかい?」
気持ち悪い。
僕は単純にそう思った。
この人は、本当にそう思ってるんだね。
かわいそう、そう思うのは傲慢かもしれないけど・・・
「ああ、君たちも、そう思うだろう?君たちも同じだよ。せっかく恵まれた力を持って生まれてきたんだ。我々と共に人類を守ろうじゃないか。」
僕の煮え切らない表情に、矛先を変えたのか。他の子供達にそんな風に話しかける。でも、興奮してるから気づかないのかな?みんなの顔がさっきの夢に溢れた子供のものと変わっちゃってるよ。
「ランドルさん、逃亡者ってなんですか?」
ほとんど熱が感じられないような声でクジが言った。そういや、さっきから僕も気になってたんだ。
「ん?逃亡者は逃亡者さ。彼らは大災事変から逃げた者達だ。ほとんど人種がメインだったようだけどね。彼らはこの大陸を捨て、南の大陸に渡った卑怯者たちさ。ああ、悪い。君たちの先祖になるのかな?だったら余計に意味があるじゃないか。先祖の汚名を晴らす、そんなチャンスでもあるぞ。」
なるほど。汚染された土地を捨てて新天地を目指した人達がいた。そんな人達を残った人は卑怯者、逃亡者というのか。
生きるために留まって戦うのも、見知らぬ土地に新天地を求めるのも、どっちも勇気が要ると僕は思う。どれだけ、大海原に飛び出すのは怖かっただろう。見知らぬ土地でやっていけるか、不安もあったと思う。留まるのも逃げるのもどっちも同じだけ勇気が要る、僕はどちらも否定できないよ。
僕はそう思うけど、他の子供達は、理不尽を感じつつも、反論できないみたい。でもね、これは言えるでしょ?
「誰が恵まれて産まれてきたって?僕たちは恵まれてる?冗談じゃない。僕たちは頑張って、頑張って強くなったんだよ。あんたはさ、恵まれて産まれてきたんだろう?大災事変終了のシンボル?さぞ祝われて産まれたんだろう?あんたは僕たちの何を知ってるの?僕たちがどうやって産まれてきたのか、誰も望まないそんな最底辺の産まれだって分かって言ってるの?」
僕の叫び声のような言葉を聞いて、乳兄弟達は、ただ涙を流していた。
まっすぐにランドルさんを睨むように見たまま、唇を噛んで、ただただ涙を流していた。ツーっと唇から赤い汁が流れ落ちる。6歳から12歳の小さな男女が口から血を、目から涙を流しながら、食い入るようにただその人を見ていた。
その人は、異様な様子に、一歩後ずさった。
ランドルさんだけじゃない、いかに自分たちの使命が素晴らしいか、ともにヒーローに、などと、にこやかにプレゼンしていた男女が、彼らに気圧されるように、息を呑んでいる。
「な、なんなんだ・・・」
かろうじて、言葉を紡ぐランドルさん。
「ねえ、ランドルさん。僕たちは力があったら、その力をみんなのタメに使わなきゃならないんですか?一生懸命がんばって身につけた力を、身につけたからって人のために使うべきなんですか?そりゃ悪いことに使っちゃダメなのは分かる。でも、自分が、自分の大切な人が、ただ幸せになる、それだけのために使うことが、責められなきゃならないことなの?」
「アレク。もうよい。おまえさんが、そんなことで苦しまんでもいい。おまえさんはおまえさんの好きなように生きるがええ。のう、ランドル。アレクは見逃してくれ。儂が必要なら・・・」
「ダメ!」
僕はドクの言葉を遮った。
この人達がドクを欲しいって言ったてあげないんだから。
だって、ドク、あんなにこの人達の所へ行きたくなさそうにしてたじゃない。こんな風に使命だとか、義務だとか、犠牲になるのがイヤで飛び出したんでしょ?ダメだよ。僕はドクを手放さない。
「ねえ、セスの人ってすごいと思うよ。誰かがやらなきゃならない、それも分かる。でもさ、誰かにそれを強要するなんて、ダメだよ。誰かの犠牲で誰かが繁栄する、そんなのヤダ。この国でさえ、あなたたちの犠牲で、エライ人がえらそぶってるんでしょ?やりたいなら止めない。犠牲でも使命でも好きに殉じたら良い。でも僕や僕の仲間に強要したら、僕は許さない。自分の立場が嫌なら、みんなでなんとかしようよ、って行動すべきだ。僕ならそうするよ。」
「何も知らない子供が分かったような口をきく。これもグラノフ、お前の教育の賜か。それともあのエッセルの教育か?よろしい。こんな小さな子供にとんでもない洗脳を施したお前達に、この貴重な人材を渡すわけにはいかない。セスの誇りにかけて、アレクサンダーは、立派な戦士へとセスで教育することが、人類のためだ。セスの戦士よ、彼らを捕らえよ。捕らえて子供は戦士に。大人はセスの民になるか、または密入国者として、国へと突き出せ。」
一瞬の間。
だが、長い間の長の命令は絶大で。
そもそも僕らを中心に、囲うようにして説得していたセスの民の戦士達だ。
ウオッー!!
雄叫びを上げて僕らに掴みかかろうとした。
僕は、
体をしっかりとセイ兄に抱きしめられるのを感じてはいたけど、
仲間に手を出すなら許さないと言ったはず。
頭の中がスパークした。
どこか思考の片隅で、仲間をドクとゴーダン、そしてリネイが守るのを感じる。
そして、真っ白になった僕の意識は、純粋な力として、四方八方に広がっていき、
すべてを飲み込んで、
辺りは、真っ白い世界に包まれた。
きれい・・・
僕は顔をしっかりセイ兄の胸に抱えられていたから、何も見えないはずなのに、
そのきれいな白い空間に向かってそうつぶやいた。
僕が覚えているのは、・・・・それだけ・・・・
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