第56話 恩人として、兄弟として
3人は、びっくりしながらも、僕をハグし、頭を撫でてくれたよ。
「ごめんな、ダー。泣かせちゃって。」
クジはそういうけど、全然クジは悪くないよ。
だって、普通に模擬戦して、普通に戦っただけなんだもん。
「僕こそごめんね。みんなが強くなってて、びっくりしちゃったんだ。」
「俺もか?」
嬉しそうにナザが言う。
「もちろん。ナザもニーもすごく強くなってて、もうビックリだよ。」
「ハハハ、そりゃ俺はダーのこと守らなきゃならないからな。強くならなきゃダメなんだよ。」
「うん。ママに聞いた。みんな僕と一緒にいるために強くなってくれるんだって。ありがとね。」
3人はびっくりした顔をしたよ。だってママはここにいないけど、僕がついさっき話したみたいに言うんだもんね。でも、僕もちょっと安心した。ママと話したのが夢じゃないかって、ちょっぴり思ったんだよね。
「ミミ様とお話ししたの?」
ニーが目を丸くして言った。
「うん。大人の人はヨシュ兄と戦ったんでしょ?」
「本当にお話ししたんだね。そうなの。誰も勝てなかったけどね。」
みんな面白そうに目を合わせている。どんな内容だったのかな。後で教えて貰おう。
「3人はアンナに選ばれたって?」
「そうだぞ。俺たちは一生お前についていくからな。」
「おいおい、アンナさんは、ダーが許す限り、そして、僕らが努力して側に立つに値する限り、って言っただろ?油断すると誰かに替わられるんだからな。」
「何それ?」
僕は、その話を聞いて、ダメじゃんて思ったよ。まだまだ子供のみんなが、未来をそんな簡単に決めるものじゃないよね。僕がそんな風なことを言ったら、3人は真面目な顔をして、顔を見合わせた後、代表してクジが話し出した。
「ダー、ううんアレクサンダー様。僕はダーが産まれる前からダーを見ていたよ。初めはずっと泣いていたミミ様がね、ダーが初めてお腹を蹴ったって笑ったんだ。その時のことは忘れない。」
ニーがうなずく。さすがにナザは知らないか。ちょっとふくれっ面をしているよ。
「僕らは自分が産まれる前のことは知らないけど、ミミ様を連れてアンが来た後のことはよく大人に聞かされた。アンが来るまでは本当にひどかったんだって。アンはミミが少しでも快適に暮らせるようにここを快適にする、って言ったんだって。最初は何を言ってるんだ、って笑ってたけど、すぐにそれは現実になった。だから、大人達はみんなアンに感謝していたし、アンを動かせるミミを大事にしたんだって。」
それは、みんなが知っていたのか。ナザも含めてうんうん頷いてる。僕は初耳だったけどね。アンナが家畜奴隷の境遇を変えた、そういうフレーズだけは何度も聞いていたけど、ママが大切にされるように、そんな風に言ってたんだ。感謝、だね。
「そのあとは、しばらくは静かだったけど、馬鹿息子が僕のママを、その無理矢理ママにした、そこからおかしなことが始まったって聞いてる。」
うん、それは知ってる。
母親が死んでおかしくなったカバヤの息子アクゼ。
ものの善し悪しが分からない、わがまま放題の放蕩息子が町に出て手当たり次第に女性を襲う、なんて馬鹿なことをした。父親のカバヤは領主のザンギ子爵に泣きついて犯罪をもみ消したが、屋敷に閉じ込めても、その敷地内では自由に動き回っていたんだ。その時に最初に被害に遭ったのが、クジの母親だ。それを知ったカバヤだが、これを好機と考えたんだ。奴隷でもいいなら、いっぱいいるじゃないか。手当たり次第だとさすがに、奴隷の反発が恐ろしい。だったら、言祝ぎを与える、という名目で、子を産めるようになった女を特別に屋敷に呼び、体を洗わせた上で、息子に与えればいい。うまくいけば奴隷に子ができ、ただで奴隷が手に入る。一石二鳥。そうして悪夢の習慣ははじまり、僕たちは産まれた。
ちょっぴりしんみりしたけど、打ち消すように明るい口調でクジが続ける。
「最初はね、生まれてくる赤ちゃんも、そのお母さんも随分と死んじゃってたんだ。」
僕は頷いた。あの環境では赤ちゃんが生き残るのは難しい。母親だって出産に耐えられるのは少数だ。実際、この3人の母親は、もういない。
「母親がいない子を含めて、僕たちを一生懸命守ってくれたのもアンだった。僕たちが生きているのはほとんどアンとアンをそうさせたミミ様のおかげなんだ。」
みんなこんな話をよくしてるんだろうか。僕は、どんな顔をしたらいいか、ちょっと困ったよ。
「その後、ダーが産まれて、僕たちの環境は、さらによくなったんだ。ダーについてきた精霊様のおかげで、赤ん坊も死ぬことが減ったし、何よりミミ様の笑顔が、奴隷達もみんな笑顔にした。生きる、ということを考えた、そんな風に大人達は言ってたよ。それにダー、ダーだって僕たちを元気にした。」
「僕が?」
「産まれたばっかりのダーは、本当にキラキラで、こんなきれいなものがこの世にあるのかって、僕は震えたのを覚えているよ。柔らかくて壊れそうで、そんな僕たちに、ダーを触っていいよ、ってミミ様は差し出してくれた。あのときのダーの触り心地、今でも覚えてるよ。」
「私も、小さかったけど、覚えてる。他の子とはなんか違って、とってもきれいだった。大人の人が誰か宝石だなって言ってたのを聞いて、これが宝石なんだ、本当にきれいだなぁって、涙が出ちゃった。」
「俺も・・・」
「いや、それは嘘だろ。」
ナザはみんなにツッコまれる。その時まだ1歳じゃん。て、僕には1歳の頃の記憶があるけど・・・
「ホントだって!他は覚えてないけど、ダーのふわふわで夜空みたいな、キラキラかがやく髪は、ずっと覚えてるんだよ!」
「そういえば、暇さえあればナザって、ダーの頭、撫でてたよね。」
「え、そうなの?」
「そういえばそうだね。それによく食べてた。」
「え?」
「うん、食べてたねぇ。」
・・・どういうこと?僕とナザは首を傾げて顔を見合わせる。うーん、僕も全部の記憶が残ってるわけじゃないみたい。
「えっと、ナザが僕を食べてたの?」
「うん、ダーの髪の毛をハムってしてた。」
わぁーーー
「そ、そんなの知らねぇ。」
「二人とも赤ちゃんだったもんね。」
ニシシ、とニーが笑う。
「知らねぇったら知らねえ!」
しばらくはみんなの笑顔と、真っ赤っかになったナザで、和んだよ。
「精霊様のおかげで死なない人が増えて、帽子とか、色々よくなった。けど、その後、ミミ様とダーが買われていなくなっちゃった。」
ニーが言う。
「そのあと、暴れん坊のゴウが、めちゃくちゃやり出した。アンも気がついたらいなくなってて、それをおとなしかったレンがなんとかしようとしたけど、そのせいでゴウにレンがやられちゃった。そこからは、本当にひどかったんだ・・・」
何があったかまでは言いたくないみたい。ゴウってあのママに言い寄ってた、僕に意地悪ばっかりしてたおっさんだよね。僕のことをミサリタノボア子爵にチクッたのもあいつだって聞いた。レンは、あの頃も優しかった兄ちゃんだ。再会したときに隻腕になっててびっくりしたけど、まさか、ゴウにやられたの?
ゴウは、僕が戻ってきたときには、すでに姿を消していたんだ。
「そんな最悪な環境から救い出してくれたのも、ダーだった。だからダーは恩人なんだ。一生、ダーといたい、少なくとも今はそう思ってる。」
そんな風にクジは言って、ニコッと笑った。
2人も頷いて、ニコッと笑う。
「今は、でいいよ。僕はみんなが自分のやりたいように生きて欲しいんだ。」
「うん知ってる。そんなダーだから一緒にいたいんだ。僕たちを一緒にいさせてくれる?」
「もちろん。だって僕にとってはみんな大切な兄弟家族だもの。」
僕らはなんだか泣きながら大笑いしたよ。
僕は、大切なママを大切にしてくれた人達と、僕のことも大切にしてくれる人達を大事にしたいと思ったんだ。
だから僕は強くなる。
ママと、大切な家族を守るために。
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