第38話 操られた魔導師たち

 チリン、とガーネオが鳴らした鈴で我を忘れたような魔導師達。

 彼らは一斉に呪文を唱え出す。


 魔力って、普通の魔導師が魔法を唱えるぐらいなら、ほとんど外からは見えることはないんだ。だって、それはその人の体の中で練られ変換されるものだから。それが体から放たれた瞬間、外部から見える。けど、それなりの魔力の持ち主だったり、相性の良い波動の魔力を放出していなければ、力の弱い魔導師とか、そもそも魔導師でない人には、魔力が見えることはない。もちろん魔力が火だとか、土の弾とか、何かを操るとか、そういう形で変換された場合は誰にでも見えるんだけどね。

 だから、単なる魔力を放出しての技とか、あとは、風の魔法は重宝される。だって攻撃を受けるまで、分からないことも多いからね。風の場合は、空気が動くけど、風だ!と思ってそれを避けられる反射神経を持っている人がどのくらいいるか、って話。


 なんでこんなことを言ってるかっていうと、この「魔力はなかなか見えない」というのがあくまで一般論だってこと。

 ほら、今、目の前にいる魔導師達の体からは、ゆらゆらと赤黒い蜃気楼のような魔力が体から吹き出ている。魔力がほとんど無い人間にすら、可視化できるほどわき出ているっていうのが、どれだけ異常なことか、分かるでしょ?


 目の前にいる10人を超す、ゆらゆらと赤黒い蜃気楼を身に纏う魔導師たち。彼らは一斉に呪文らしきものを口の中でつぶやき、杖や、剣、そのほか様々な得物を媒介に、魔力を練っている。

 時間がかかるのは、それだけ強力な魔法を打ち出す予備動作。


 「アレクよ。儂が全部受け止めるから、例のあれで氷付けにできるかの?」

 ドクが、目線は魔導師のまま、僕に語りかける。僕とドクの前には、ゴーダン達3人が盾のように、どっしりと構えているけど、ドクの言葉に耳は向けているようだね。


 「あの人達が撃ってから?多分先にできるよ?」

 「いや、格の違い、を見せるのがあの手合いには必要なんじゃ。」

 「分かった。」


 一斉に、

 ・・・・・ではなかった。

 呪文が終わった順にだろうか、連携も何もなく、次々と撃ち出される、それこそ様々な魔法。

 風がまず飛び出しきて、当然ドクの結界に阻まれる。

 そして、火が土が、水が、次々と途絶えることなく、撃ち出され、結界に阻まれ、はじかれ、それが、この屋敷の屋根を貫いた。


 「やめろ!」


 叫んでいるのは、置いてけぼりの感が否めないザワランド子爵か。

 魔導師達を呼び出したガーネオに抗議して掴みかかろうとしたが、そのときに、ガーネオは強力な結界でも張っているのか、逆にはじき飛ばされて、部屋の片隅で転がったままだ。その尻餅をついた状態のままずっとやめろ、とか、命令をきけ、とか、色々叫んでいるけど、残念ながら、聞く者はいない。


 あれ?そういや、彼の部下もいなかったっけ?

 僕は見てみると、おそらく彼らだったのだろう残骸が、部屋の中央、魔導師達と僕たちの間に取り残されていた。


 この、一般の魔導師とは桁違いの、リミットの外れた魔導師達の一斉攻撃になすすべもなかったんだろう。


 「奴らは戦いのプロだ。自分の身ぐらい守れないのが悪い。」


 僕の斜め前にいるゴーダンが、そんな風に言ったよ。なんで、僕が彼らに気づいたのか、謎だけど、僕が守れなくても後悔はしなくていい、って、そんな感情が、流れてくる。

 うん、そうだね。今は、ここを切り抜けること。


 「アレク、いけるかの?」


 ドクから声がかかった。


 僕は頷くと、ドクが守りを薄くした上空から、魔導師の集まっている辺りに滝のように水を注ぐ。


 「水は無視して、風を防げ!」

 後ろの方で、様子をうかがっていたガーネオが、そんな指示をする。

 間髪を入れず、水を囲むように土壁が作られる。

 すごいね、あの大量の水を気にせずに、それだけの土魔法を使えるなんて、息をするのも大変だと思うけど、リミッター解除はそんなところでも役に立つんだね?



  でも



  残念。


 僕は、風の魔法は使わない。

 風なら土で物理的に防御できると思った?


 僕は、手のひらに火の魔力を集める。


 別に土の上からでも、熱は伝えられるんだ。

 ううん。土だと金属もあるんじゃない?ものによったら、もっと熱の影響を受けるんだよ?


 火は、熱。熱は運動エネルギー。

 そして、氷は水と同じもの。水から運動エネルギーを取り除き、分子を動かなくすれば良い。

 前世の知識だからできる、この魔法。

 火は熱を与えるだけじゃない。熱を奪うのも火の魔法なんだよ。

 こちらの人は、これを知らない。


 はじめ、火、なんかを手のひらに集めた僕を馬鹿にするように、にやにやしていたガーネオだけど、見る見る水が凍っていくのを見て驚愕を浮かべる。


 そうなんだ。

 この世界で、氷の魔法を操る人は少ない。水を風で冷やしていくだけだから。せいぜい、雪とか雹とか、そういうものを扱うのが氷の魔法と思われている。巨大な魔力を用いてしょぼい結果しか出ない。火で簡単に溶けちゃう。コストと成果が割に合わない魔法、って考えられているんだ。


 ドクでさえ、はじめはそうだった。

 僕は、冷蔵庫とか冷凍庫とか、氷でやればいいのに、ってポツンと言ったことがあったんだ。その時、こっちの現状を知った。僕が、水と氷、湯気は全部同じもので、密度が違うだけだって説明したけど、ドクでさえ、この辺りは完全には理解してないみたい。目に見えない、「分子」は理解が難しいようなんだ。

 でも、僕がこの理屈を言えば、一緒に水から熱エネルギーを火の魔法の応用で抜くこの方法を、僕が使えるように一緒に考えてくれた。


 なぜ水に火を当てて氷が出来るのか、みんな唖然としている。


 「フォッフォッフォッ。見たか!これが本当の氷魔法じゃ!」


 高笑いしているドクには悪いけど、魔導師、みんな氷詰めだよ?


 ドクの高笑いに、唖然として固まっていたガーネオが、ふと我に返る。

 そして、クルッと回れ右をすると、がれきになった代官屋敷の壁を僕らと反対の方へ向かって駆け出した。



 ビュン!


 その時、どこからともなく矢が飛んできて、ガーネオの右肩を貫通した。

 反動で、思わず転けるガーネオ。そのまま、コロコロ転がって、なんとか起きよう

とするも・・・


 ビュン、ビュン


 再びの矢。今度はなんとか魔導具が反応したようで、手のひら一つ分離れたところぐらいで、矢ははじかれた。


 「くそっ。」


 矢が飛んできた方向へと、杖を向け、魔法を撃つガーネオ。

 空中で魔力は崩壊するも、その瞬間を利用し、また駆け出す。

 魔導具のためか、気がつくと、気配を絶つガーネオ。


 「ちっ、逃がしたか。」


 ご、ごめん。僕の作った魔導師入り氷の壁が邪魔して、追いかけられなかったね。

 ガゴン!

 バンジーが殴りつけた土の壁が崩れる。

 さすがに人の入った氷は殴って壊さないみたいだね。


 「待ちな!」


 離れた所で声がしたと思ったら、逃げようとした子爵をマリンさんが殴りつけてたよ。ちなみに、マリンさんは素手っていうかナックルっての?そんな戦闘スタイル。暴れ者のはずの、体重は倍以上ありそうな子爵を一発で戦闘不能にしてるよ・・・美人なだけに・・・・何も言わないでおこう・・・


 「お前ら、後悔するぞ。魔導師をつかまえたつもりかもしれんが、そいつら全員死ぬぞ。魔力を使い切っておだぶつだ。しかもな、2人、ジョーカーがいる。

 いいか、2人はな魔力切れと共に、ドカン!だ。俺なら、それが誰か分かる。どうだ取引しないか。今、俺に付けば、代官屋敷でこんな悪さをしたのはガーネオ一人だ。俺なら助ける方法を知っているぞ。それともみんなで心中するか?どうだ?お前ら冒険者だろ?俺を助けろ。依頼してやる。」


 いやはや、この期に及んで、まだそんな元気あるんだね。

 ああ、マリンさん、そんな凶器でそんなにぶっちゃ、さすがに死んじゃうよ。って、しっかし子爵はあれで気絶もしないって、本当に丈夫だね・・・


 て、のんびりしすぎ?


 ううん。


 ほらね、やってきた。


 虐殺の輪舞のダムさんは凄腕の斥候職。

 昨日、ていうか、ここ数日、ダムさんを中心に、この屋敷を検査して、ちゃんとペンダントは、調整済みだよ。

 ウォンさんからの情報と完全な形のペンダント。そして、ペンダントから取った型を原型に作成したものを研究した、溶解の魔法陣を壊す線。ドクにかかれば、魔法陣の一部を発動させないように筋を入れる方法を考えるのなんて朝飯前。

 虐殺の輪舞のジムニー、うちのセイ兄、そして不屈の美蝶ナージさんといった、凄腕剣士がその筋を全ペンダントに刻んできたって寸法だ。


 ダンさん、ジムニーさん、セイ兄、ナージさん、4人が、順番に到着。

 順番に凍り付けの人間を見て、いちいち驚くのもご愛敬。


 そうこうするうちに、ガーネオを弓で狙った不屈の美蝶サマンさんと、アル、ミラ姉、そしてネリアさんが、町から憲兵を連れてきたよ。みんな氷付けに驚いて・・・以下同文。


 後は、いったん憲兵さんにお任せ。って、あ、どうやって氷を溶かそう・・・

 僕が火魔法を、と思ったけど、丁寧にその作業から外れるよう説得されちゃいました。ドクを中心に、セイ兄とか、ネリアさんとか、そのほか火魔法を使える人達が、どうやら、ちまちま溶かすみたい。僕がやったら早いんだけどなぁ・・・・


 残った憲兵さんが、子爵や子爵邸にいた人を一応連行。溶けたら魔導師達も連れて行くんだって。これは、憲兵さんにあらかじめご領主の命令書で指示されていたからなんだけどね。ワーレン伯爵は、ザワランド子爵のボスになるから、憲兵さん達喜んでお仕事してたよ。


 さてさて、僕たちは、今日は解散、だね。

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