第34話 ミモザ

 「きゃあ、ダー君、大きくなったねぇ。覚えてる?ダー君のおねぇちゃんでちゅよー。わぁ、思ってたより、ずっとかわいいねぇ。赤ちゃんの時よりかわいいって反則じゃない。ねぇ、覚えてる。おねぇちゃんだよぉ。」

 わしゃわしゃと髪を撫でられ、ほっぺをギュウギュウされ、全身ぐらぐらと揺すれら、おそらくハグという名の、拘束を受けながら、「なんだこれ」って僕はぼんやりと思ったよ。


 僕らの護衛任務は、無事何事もなく、っていっても、ちょっとした魔物の出現ぐらいあったけど、まぁ普通に考えて何事もなくといえる範囲で終了した。で、依頼完了の報告をこの町の冒険者ギルドにしつつ、宿を取り、そして依頼主のトッドさんに招待されて、トッドさん傘下のレストランにやってきた僕ら護衛メンバーなんだけど・・・・

 なぜかぼくは、ちょっぴり年上の女の子の膝の上で、わしゃわしゃとされて呆然としています。


 そして、しばらくの後。

 なんとか膝の上から下ろして貰って、その子の隣の席に座っているんだけど・・・


 「はぁい、アーン。これはね、お魚をすってかためて蒸したものなんだよ。おいしい?」

 うん、かまぼこだね。僕は口に放り込まれたそのすり身をもぐもぐしつつ、無感動にそう思う。

 僕、自分で食べられる、って何度も言ったんだ。

 そしたらね、「そんなに私のことが嫌いなの。私、ダー君のお姉ちゃんだよ?」とか言いながらね、そのつぶらな瞳にぶわぁーって、涙が浮いてくるんだよ。

 美蝶のお姉さん達からは、「ダー君が女の子いじめた!」とか言われるし、僕、仕方なしにあーん、ってやってます。

 なのにこの子は・・・

 さっきのは嘘泣きだったの?て言いたくなるぐらいの笑顔でフォークを付きだしてくるんだから、とっても複雑だよ。


 このやたら絡んでくるこの子はトッドさんの娘さんで、ミンクちゃん9歳。

 前回、妊娠中のお母さんを不幸な事故で亡くしたところに出会い、僕のことを産まれてくるのを楽しみにしていた弟(妹だったかもだけど)の代わりに、可愛がろうとしたって子なんだ。最後は僕を怖がって会えなかったけど、本当はこっそり挨拶に行った僕を見ていたんだって。その時は、僕が怖くて出られなかったんじゃなくて、僕と会えなくなるのが悲しくて、バイバイを言いたくなかったみたい。この道中にトッドさんに聞いた話。


 ミンクちゃんは、今でも僕のことを弟だと思ってるんだって。本当は違うのは知ってるけど、僕にお姉ちゃんになってあげる、って言ったから、自分は僕のお姉ちゃんなんだ、ってずっと言ってるらしい。なんか、今まで全然思い出したことなくて、ごめんね。

 それでね、僕のお仕事のことは知ってるけど、こっちにいる間は、できるだけ一緒にいてやって欲しい、って、トッドさんにお願いされちゃった。

 「違うよパパ。私が、ダー君と一緒にいてあげるんだよ。」

 そう唇を尖らせたのは、ご愛敬です。



 このお願いなんだけど、ちょっぴり困っちゃいます。

 僕らは今後、依頼を終えてバカンス中の冒険者、として滞在予定だったんだよね。  

 特に僕・・・

 自分で言うのもなんだけど、この髪のせいもあって僕は目立つ。そもそも僕を狙ってる敵さんだから、僕がウロウロするときっと食いついてくるよね。で、その釣られた人から、敵さんに近づこう、という、おとり大作戦。

 普通に代官屋敷に潜り込む、とかも、もちろんやるけど、僕の担当はそのおとりなんだから、困っちゃったんだよね。

 だって、僕のやることっていったら、単なる町ブラ。ミンクちゃんのお誘いを断って、一人遊んでるのって、ミンクちゃんから見たら悲しいと思う。しかも、一人じゃなくて、ブラブラするのは、その日あいているお姉さんの誰かの予定だから、なおさら、です。


 でも、トッドさん、僕らがここに遊びに来たんじゃなくて、悪者退治に来たのは知ってるよね。安全のために誰が相手だ、なんて伝えてはないけど、僕と一緒だと危ないことぐらい知ってるハズ。いや、ひょっとしたら、商人の情報網で僕らの相手も気づいてるかもしれない。

 そんななのに、大事な一人娘を僕と一緒、なんて、言っちゃダメでしょ。ねぇ。


 だいたい、このおとり作戦、普通にメンバーで話し合ってたら、他のパーティの人が怒鳴りつけたんだよね。特にバンジーさんはめちゃくちゃキレて、ゴーダンの胸ぐらまで掴んできたもの。僕みたいな子供になんて無茶させるんだ、ってことらしいけど、僕、そこそこ強いよ?

 そんな見習いとはいえ、冒険者である僕でも心配されるのに、普通の女の子巻き込んじゃダメだ。

 僕のそんな気持ちは分かっていそうなんだけど、トッドさん、僕に頭を下げるんだ。

 「ダー君に置いて行かれてショックを受けた、あんなミンクはもう見たくないんです。」


 そこに口を挟んだのはドク。

 「ええんじゃないか。せっかくきれいな町を地元のかわいこちゃんが案内してくれる、言うんじゃ。お言葉に甘えたらええ。のぉ、お嬢ちゃん。ダーとついでにこのじじいも案内してくれんかのぉ?」

 「おじいさんも?うん、いいよ。ダー君と一緒に案内したげるね。」

 ニコニコと快諾するミンクちゃん。


 そもそもドクがこの事件の国王じきじきに命じられた総責任者だ。

 みんな渋い顔をしつつも、そんなドクの意見に頷いたんだ。



 翌日から、毎日。

 朝から、ミンクちゃんは僕とドクを迎えに、宿へとやってきた。

 はじめは、港や露天商から始まって、パパラテ商会の関係するお店に行ったり、珍しいところでは、海の水から塩を作る工場まで見せて貰ったよ。

 あと、船にも乗せて貰ったよ。

 普通の漁船って初めてだ。

 すごく水面に近くて手を伸ばせば届きそう。

 「ダー君は小さいからまだ触っちゃダメですよ。」

 なんて、お姉さんっぽく言うミンクちゃん。それに微笑ましそうに笑いながら、いかにも海の男っていう船長さんが僕を抱いて、海を触らせてくれたり、普通に観光を楽しむ日々が続いたよ。


 一週間も経つと、顔なじみの人達も増え、歩くだけで、屋台とかから食べ物や飲み物の、試食という名のプレゼントを貰ったり、時間によって変わる素敵な秘密の場所を近所の子供達に教えて貰ったり、すっかりミモザ通になっちゃった。


 そして、8日目の夕方。

 その日も、夕日が岩にかかるとろうそくみたいに見える、という素敵スポットの観光を終えて、ミンクちゃんと分かれ、ドクとブラブラしていたとき。


 うん。

 目指す獲物が釣れたようです。

 「アレク、人気の無いところへ誘い出すぞ。」

 ドクが、僕をダーじゃなくアレク呼び。久しぶりだ。

 他の人がいると混乱するから仕方なくダーって呼ぶって言ってたけど、今は僕らだけ。完全に冒険者モードのドクは頼もしい。

 周囲の警戒はドクに任せて、僕は念話でゴーダンに今の状況を報告。


 太陽が完全に沈んで周りが闇に包まれたのを見計らい、海辺に誘い出した僕らの周りに、怪しい奴らが姿を現した。

 思ったより数が多い。

 でもこんだけ待ったんだ。

 しっかりと情報はいただくからね。

 僕は、僕らを囲むその人影に対して、腰の剣を構え、深く息をついた。

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