第31話 崖の向こう

 僕らの前に現れた、6人もの魔導師。

 唖然としていたら

 「ペンダントをどけるんじゃ!」

 有無を言わせない口調のドクの声が響いた。

 それに反射的に呼応したのか、長剣を持つ、ゴーダン、セイ兄、ミラ姉が、2人ずつ首元を薙ぐ。

 が・・・・


 ズブズブズブズブ


 少し遅かったのか・・・

 4人の魔導師の体が、嫌な匂いと、薬品で溶ける異様な音とともに、胸元が溶けていく。

 速度に秀でていることと、場所が近かったからか、セイ兄は1人目のみ、ペンダントの切り離しに成功。また、残った一人は、どうやらゴーダンの力任せの剣技で、魔法陣に傷をつけたみたいで、溶解が不発に終わった模様。


 セイ兄がはじき飛ばした、そのペンダントは、この魔導具の役割を如実に物語る。

 魔導具が魔石ごと一気に溶解し、証拠を隠滅するというもののようで、地面に落ちるか落ちないかぐらいで、ペンダントそのものが、赤と白の液体がぶくぶくと泡立ちつつ消えたんだ。


 「どうやら、魔力供給が消えると、魔導具自体を解かしてしまう、という術式のようじゃのう。」


 僕らが、そのはじき飛ばされたペンダントを見ていたら、もう一人の溶けなかった魔導師の胸元からペンダントを取りだして、いろいろ見ていたドクが言った。

 「これには2つの術式が組まれておる。おそらくは名指しじゃな。特定の人物から魔力を強制抽出するもの。そして、今言った魔力供給が消えると、魔導具を消失させるものじゃな。おそらく、この名前らしきものが、そこの各々の魔導師じゃろうて。」


 ドクの話を聞いて、僕の背筋にブルッと寒気が走ったよ。


 特定の魔導師を指定して、その人の魔力を強引に吸収し、なくなったら証拠隠滅?それが人間のやり方なの?普通は、魔力を消費し過ぎちゃったら、リミッターが働いて気絶しちゃう。たまに僕がやっちゃうやつだね。

 魔力は生命エネルギーでもあるから、これがスッカラカンになっちゃうと生命維持が出来なくなり、つまり・・・死ぬ。

 この魔導具はそんなリミッターを無視して、死ぬまで魔力を吸い尽くすってことでしょ?魔導師を使い捨ての電池扱い?いったい何をどうしたらそんな非道なことが出来るんだろう・・・


 「ペンダントにしたのは、これの消滅も兼ねてるんでしょうね。」

 溶けなかったペンダントの持ち主の服をめくって、体をチェックしていたヨシュ兄が、そんな風に言った。

 僕もそばにいって見てみたら、そこには壁に埋まっているミイラの胸のと似たような魔法陣が描かれている。

 慌てて、ミラ姉も、ペンダントをはじき飛ばした方(こちらは女性だったからね)の服をめくった。

 「こちらも魔法陣です。」

 同様の魔法陣が描かれているらしい。



 ドクが何回も往復しつつ、壁に埋まったミイラと、魔法陣が溶けなかった二人ものを解読している。


 その間、セイ兄とミラ姉が、トレネーに報告に行ったよ。6人、ミイラを入れたら7人の死体を運んだり調査したりするのは、人数がいるからね。死体なら、リュックに入れても問題ないんだけど・・・・あんまりやりたくないじゃない?そりゃ魔物の死体はいっぱい入れてるんだけど、なんか、人間はイヤだ、っていうのは僕のわがままじゃないよね?



 「おそらくじゃが、これは転移の魔法陣じゃな?」

 転移だって?それはできないはず、じゃなかったっけ?

 「理論的にはできないことはない。ほれ、ダンジョン内転移は、あるじゃろ?」

 確かに。僕も何度もお世話になった。

 「アレク達もナッタジ・ダンジョンは潜ったじゃろ?転移のペンダントを使わなかったかの?」

 そうだった。ダンジョンの不思議で片付けちゃった、あれだよね。


 ナッタジ・ダンジョンていうのは、これまた、ひいじいさんが絡むやつなんだけど、ひいじいさん、とあるダンジョンを攻略して、その持ち主になってました。で、好き勝手にダンジョンをいじりたおして、しかも最下層に別荘、もとい、隠れ家まで作ってたんだ。ちなみに僕の2歳の誕生パーティは、その隠れ家で盛大に祝って貰ったんだ。


 それは置いておいて、ダンジョンでは不思議なことが起こる。

 その一つが、転移陣。

 転移、はできない世界。だけど、ダンジョン内では時折、トラップとしての転移陣の発動が起こるんだ。


 「転移が出来ない、というのは、おそらくじゃが魔力量の問題じゃ。エッセルは重力が空間をひずませて、などと言っておったのぉ。アレクは分かるかのぉ。ブラックホールにワープ。未来の転生者ならこの理論を使えるかもしれん、と、言っておったぞ。」

 あー。

 なんとなく聞き覚えのあるそんな単語。

 ブラックホールって星の始まりだか終わりだかで、光さえも飲み込む超重力、だっけ?ワープは空間をジャンプする、あのSF用語だよね。

 うっすらと、本当にうっすらとだけど、超重力は空間までもひずませ、果ては時間も逆行できる、みたいな説があった気がする。エライ学者が主張していたそんな理論もあって、SFでは結構使われてるんだっけ?ひいじいさんの生きた時代を考えると、SFも好きな人だったのかもね。


 「残念だけど、僕の知識でも、それは物語の中の理論だね。」

 本当は、ちゃんとした学者も主張してるけど、あくまで主流じゃないもんね。僕が生きた時代でも、ワープもタイムトリップもできた、という記憶は無いなぁ。


 「そうか。それは残念じゃのお。まぁ、それは良い。ダンジョンの中で転移ができる以上、転移という現象そのものを起こすことは不可能じゃないはずなんじゃ。分かるかのう?して、足りないものは何か。ダンジョン内にあって外にないもの。使用可能な魔力量じゃとは思わんか?」

 「じゃあ、博士は、その魔力量を確保するために、この魔導師たちを犠牲にしたと言うのか?」

 いまいましそうに、ゴーダンが吐き捨てた。

 「この壁に埋まった方は、出入口を示すもののようじゃのお。そして、現れた魔導師たちの方は、もう1つの出入口とここの出入口を結ぶ道の開設、と言ったところかのお。」

 「6人分の魔力をその転移の道を作るために使ったってこと?」

 「おそらくのぉ。アレクの魔力に反応してこちらの魔法陣の扉が開く。それに反応して、この者達が魔力をもう一方の扉の魔法陣に注ぐ。すると、アレクが、あちらの魔法陣に召喚される、そんな計画かのう?」

 そんなことのためにこの人達は死んじゃったの?

 僕を掠おうとした人達の仲間かもしれないけど、僕は、ものすごく理不尽だって思う。大体、僕を連れて行く、それだけのために死ぬ覚悟なんて、この人達にあるはずないよね。脅されたか騙されたか。そんなところなんでしょう?そんなこと、許されるはずはない。


 この人達は6人で、この扉を繋げようとしたんだよね。

 すごい魔導師かもしれないけど・・・・

 ドクが言ってたんだ。アレクの魔力量は並の魔導師の10倍じゃからのぉ、って。そう。昨日、ベルトを強化したって自慢しながら、そう言ってたじゃないか。

 だったら・・・・


 「ダメーッ!」


 1歩踏み出した僕の体を、大声で叫びながら、ママが上から覆ってきた。

 「ダー、行っちゃダメだよ!」

 涙声のママ。


 そのとき、僕は無意識に、死者とミイラの魔法陣に自分の魔力を注ぎ込んで、崖の向こうへ乗り込もうとしていた自分に気づいたんだ。

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