第30話 最後のくさい場所
翌日。
僕らは、ソナーで見つけた、怪しい最後の場所へと、みんなででかけたよ。
確かに、ヨシュ兄が言ってたように、ピンポイントで見つけるのは難しいんだろうな。でも、いまだに名残が残っていて、わざわざ検索しなくても、僕にはあの強烈な匂いの残り香みたいなのが感じられた。
その匂いの元にたどり着くと、うっそうとした森の中でも、さらに生い茂った木々が、すべてを覆い隠すような場所だった。
折り重なる木々が、別の木々に纏わり付かれ、また、朽ちた木々からも、新たな木が生い茂っている。
大きな木の枝からは、蔓のような植物が生え下がり、大きな葉っぱがカーテンのよう。
そんな場所だったけど、僕には感じられる怪しい匂いがある。
そこで、僕は、ドクの指示と補助を受けながら、一番怪しい辺りに、風の刃をたたき込んだんだ。
たくさんの木や蔓が風の刃で飛ばされた向こう側は、大きな崖がそびえ立っていた。そして、地上付近にはぽっかりと大きな穴が。
穴は僕が背伸びして万歳したら、届く程度。
大人でも、少しかがめば充分通れる感じかな。
崖に開いた洞窟。
うん。怪しさ全開だね。
僕らは、隊列を組んで、警戒しながら中に入る。
洞窟の入り口付近は、よくよく見ると多数の足跡があるけど、この深い森の堆積物のせいか、そのつもりで見なければ気づかない程だった。
少し中に入ると、地面は岩だ。
土じゃないところを見ると、この崖の岩がそのままむき出しになったみたいだね。
「これは、魔法で掘ったもんじゃな。」
ドクは、岩肌を見て、そう言った。
「これもチェインでやったんじゃろう。」
入り口こそ、大人はかがまなきゃ、なサイズだったけど、中は、随分広くなっている。それこそ、馬車で通れるぐらいに。
僕は、なんとなく、島にある隠れ家のドッグを思い出した。
ひいじいさんが、いくつも作った隠れ家は、彼の趣味満載で、そのうちのとある島に作ったものは、こんな感じに岩をくりぬいて、でっかい船のドッグになってるんだ。しかも、馬車で通るために、立派な坂の道が、その中に作られている。
僕は、ここの、どうやら奥に行くにつれ登っているような勾配に、そのドッグから島に入る道を思い出したんだ。
ここは、あれと同じ、人工のものだ、って言われれば、うん、納得だね。
中に入って少し登りつつ、まわりを見ていると、突如開けた場所に出た。
広くなっているところは、所々くぼんだり、火の跡があったり、で、微妙な生活感、ていうか、野営跡みたいに見える。
食べた跡だろうか、隅の方に開けられた穴には骨とか皮とか、食材のクズも少し残っている。おそらくは魔物が寄らないように、ある程度火か何かで燃やしたんだろうね。その残っちゃったクズみたいな感じ。
人の気配はなかったから、ママがこの広場を魔法で照らしたよ。
そこはいびつな円。そうだなぁ、カウボーイが投げ縄するでしょ。その時、ちょっと楕円になるよね。あんな感じで、入ってきた道があの縄部分として、奥の方がちょっと太めの楕円と思えば良いかな?そんな感じ。
広場の向こうはどうやら行き止まりみたい。
注意しながら入っては来たけど、どうやらもぬけの殻、ってやつ?
そりゃあれから10日も経ってるけど、昨日は、なんか見返された気がしたのになぁ。
そんな風に思いながら、みんなで奥へと進む。
あれ?
今、何か視線を感じた?
僕は、立ち止まって、見られた気がした方を見る。
急に立ち止まった僕に気づいて、みんな僕の方を見てくる。
「どうした?」
「うん・・・なんか見られてる気がする・・・」
ゴーダンに答えながら、一番気になる辺り、最奥よりはちょっと通路寄りの壁を僕は見る。
僕が見た方へと、ヨシュ兄とミラ姉が緊張しつつ歩み寄った。
コンコン、ペチャペチャ。
拳骨や手のひらで、その辺りの壁を叩く二人。
「危ない!」
突然ママが叫ぶ。
反射的に左右に飛び退くヨシュ兄とミラ姉。
他の人達もママの声に身を小さくして防御態勢。
そして、僕・・・・
僕は、視線を感じるところを、何か分からないかとガン見していたんだけど・・・
何か得体の知れないモノの視線に捉えられて、あれ?動けない?
幻視だろうか。水に血が浮かんだような、そんな赤が僕に迫る。
赤い空間の中に、澱んだ赤い目が、あざ笑うかのように、ドゥーンと近づいてきて・・・・
ピカーン!
突如僕を包む、青紫の光。
と、同時に、パリンというガラスの割れるような音。
そして、幻視した、その一対の目が一瞬驚いたように見開かれると、空間ごと、まるで鏡が割れるように、ヒビが入った・・・かのように感じられ・・・・
カクン。
僕は吊られていたマリオネットのように足から崩れた。
「ダー!」
僕に走り寄る仲間達。
崩れ落ちた体はママが抱きしめていて・・・
ん?
紫の光はまだ消えていない。
僕のお腹の辺りかに発せられ、それがお腹の方に収束していって・・・・
「ホッホッホッホッ。早速役に立つとはのう。」
笑い声が、洞窟に響いて不気味だけど・・・
ドク?
みんなの目が愉快そうに笑うドクへと向けられる。
「壁を見よ。」
そんな僕らを気にも留めず、ドクからしたら前方の、ドクを見ていた僕らからしたら後方の、先ほどミラ姉たちがコンコンやっていた辺りの壁を顎で差した。
僕らは振り返る。
なんだ、あれ・・・
壁が指1本分ぐらいの深さ分めくれ上がり、崩れ落ちている。
そして、まるで壁に直に掘られたのではないか、と思われるぐらいに壁と同一化した、おそらくは男性のミイラ。
それは周りの岩と同じような土気色の皮が張り付いた骨みたいで。
その、目の周りの骨と皮が、ブスブスと煮立っているように細かく浮いては沈みを繰り返している。
「なんだ・・・・?」
かすれて老人のような声だけど、そうつぶやいたのはセイ兄か?
「魔法・・・陣?」
ヨシュ兄が、そのミイラの胸に刻まれた模様を見て、いぶかしげに言った。
「おい。なんだ、これは?」
ゴーダンも、それから目を離さず、おそらくはドクに問う。
「これは、多分じゃが・・・生け贄の陣じゃな。」
「生け贄の陣?」
「魔力の高い者を生かさず殺さず、その者自体を魔導具として魔法陣を描く。古に潰えたとされる邪法よ。その身がひからびるまで、魔力を吸い取り強力な魔法を操る秘策じゃな。儂とて物語の中でしか知らぬが、可能であってもやる者が現れるとはのぉ。」
「邪法?」
「アレクよ。まだ、視線は感じるかの?」
僕は首を振る。
「さっき紫に光ったのは、お前さんのベルトにつけた魔石じゃて。そのベルトには新たにいくつか魔法陣を記してある。うちの1つが、儂が酔狂につけたものじゃったが、まさか役に立つとはのぉ。」
「さっきの光?」
「そうじゃ。あれは、返しの魔法陣が発動したものじゃ。おまえさんに対して、直接かけられた魔法を跳ね返す。治癒魔法を除外してあるから、なかなかにそんな魔法をしかけられることなどないとおもっとったんじゃがのぉ。」
「どういうことだ。」
ゴーダンが、険しい顔をしたまま、問う。
「何、術式そのものに、アレクを示す語を組み込んだ魔法を跳ね返すもんなんじゃよ。そんな魔法をわざわざ組み立てる酔狂がいると思うか?」
魔法陣や詠唱は、なくても魔法は使える。要はイメージを魔力に乗せられれば良い。僕は、前世のゲームなんかの呪文が簡単。ひいじいさんもゲーム好きだったみたいで同じ単語を使う僕を見て、ゴーダンやアンナなんかは、目を丸くしていたっけ。
ただ、これは集団無意識なのか、世界の摂理なのかは分かんないけど、決まった難しい絵や言葉を綴ると、意味とかが完全には分かって無くても、魔法は発動する。それが魔法陣であり、詠唱なんだ。これらは、模様や言葉が1つ1つ意味を持っていて、決まった並び順で並べると術が発動する。そうだなぁ。前世で喩えるとパソコンのプログラミング。あれって、○○が××のとき△△せよ、ってのを組み合わせて作るでしょ。あんな感じ。
普通はね、たとえば僕を傷つけたいなら、誰々をと指定するのを「人間を」とか「生物を」とか「術者が見ているものを」とかそんなふうにすればいい。そしたら、同じ呪文で別の人間だったり、見てるものだったりも傷つけられる。わざわざそこに「ダーを」ってかく必要性はないでしょ?ドクが酔狂って言ったのはそのこと。
わざわざ僕の名前(今回は正確には僕の魔力の形だったみたいだけど)を指定したら僕にしか効かないのにね。でも、そんなピンポイント指定に対しての反撃の魔法陣をわざわざベルトに仕込んでくれたドクにはありがとう、と言うしかないんだろうけど・・・
「唯一、個別指定の魔法陣を描く利点は、より強力な術となるということじゃ。儂もこれをベルトに仕込んだのは、もし仮にアレク名指しの詠唱をするような相手がいたら、自分で抵抗するのは無理だろうと考えたからじゃ。それ以外なら、自分で対処できるじゃろうからな。」
だって。
とにもかくにも、ドクの機転で、僕に対して作られた魔法陣はその役目を果たせず、術者にその魔法を返した、らしい。
だったら、いったいどんな魔法が?
そんな僕らの疑問はすぐに解けた。
次の瞬間、6人もの事切れた魔導師が突如現れたんだ。
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