第16話 悪い人も現れた(下)

  気がつくと、そこにはローブを被った、細い、男女不明の人間らしき者と、その両脇をかためるように、フルメタルに身を包んだ兵士らしき2人。

 明らかに、単純な強盗じゃないと分かる、高そうな鎧を着ている。


 「貴様の仕業か。」

 ミラ姉が吐き捨てるように言う。

 「美しいお嬢さんが、そんな言葉遣いはふさわしくありませんな。それとも、さすがに辺境伯から出された不要者に仕える冒険者だけある、ということでしょうかな。フッフッフッ。」

 ローブの者が言った。声からして男か。思ったより若いかもしれない。

 それにしても、こいつは馬鹿か。ミサリタノボア子爵が辺境伯から養子に出された者だと知っている、と暴露するなんて、自分は貴族に関わり合いがある、と言ってるようなものじゃないか。


 「チェインは、あなたの仕業で間違いないですよね。」

 ヨシュ兄が、ローブの男の言葉を無視して、重ねて言った。

 「仕業、とは、また下品ですね。彼らは無能なりに自分の役割を果たせたのです。仕業しわざ、ではありません。私の御業みわざと言ってください。」

 「つまり、てめえが術のために死なせた、と言うことで良いんだな。」

 と、ゴーダン。

 「ええそうですよ。そこのお嬢さんの結界は生半可な魔法では打ち消せないとの情報でしてね。それなら、物量勝負というわけです。残念なことにどいつもこいつも無能で、魔力も生命力も吸い尽くして、あの人数でやっと、壊せた、というところですけどね。」

 ママが、ピクッと震えた。

 ママの結界を壊すために、死なされたのか?心優しいママが穏やかなはずはないじゃないか。僕は、カッと頭に血が上った。

 ママをいじめるんじゃない。


 「ああ、こちらに切り札はまだありますからね。ああいう輩をまだ複数組用意している、ということですよ。努々ゆめゆめ、攻撃しようなどとは思わないでくださいよ。」

 剣を握りしめたみんなに牽制するように言う。

 まだ、使い捨てにするための魔導師を隠し持っているって言うのか?あり得ない。僕たちを脅すために、自分の味方の命を突き出すのか?こいつは、本当に人間か?


 「私は、ある人から命令されていましてね。是非ともそこの坊ちゃんを迎え入れたい、そう申し使ってきたんですよ。本人が望むなら、母親も世話係としてついてきてもいい、そう申しております。どうです、坊ちゃん。我が領主は寛大でしょう?」

 いやらしい口元をにやりとさせて、そいつは僕に語りかけてきた。

 僕?

 ひょっとして、これは僕を掠うために仕掛けたことなの?

 嘘でしょ?

 僕のために、ママをこんなに震えさせて、僕のためにいっぱい魔導師を殺して、僕のために、これだけの人に迷惑かけて?

 僕の頭の中は、ありえない、ありえない、ありえない!とリフレインしている。


 あんなに怯えていたのに、自分の結界を壊すためだけに大勢の魔導師が死んだって、自分を責めていたのに、ママが僕を優しく抱きしめる。ダーは悪くない、ダーのせいじゃない、ずっとそう心で語りかけてくる。ううん、声を出して言ってるのかもしれない。


 でも、僕の心は麻痺したように、それを遠くに感じているだけだ。

 あいつが、ママをいじめた。

 あいつが、僕のために人をあやめた。

 僕は、そいつを、そいつと一緒にこっちを狙うあの鎧たちを、絶対に許せない。許すわけにはいかない。あいつらを逃がしたら、僕の、僕とママの穏やかな生活は壊されちゃう。ダメだ。ダメだ、そんなことはさせない。


 「ダー、落ち着け。大丈夫。大丈夫だから。誰もおまえを奪ったりさせない。落ち着け、おちつけ、いいから深呼吸だ。」

 遠くで聞こえるのはおっさんの声か。そんなのどうでもいいか。敵を倒さなきゃ。


 「ミミ、ダーを渡せ。大丈夫、悪いようにはさせない。」

 一瞬、ためらった様子のママだが、僕は柔らかいママの腕から、無骨ながっしりた腕へと渡されたのを遠く感じている。

 でも関係ない。そんなの関係ないよ。

 

 「ミミ、俺とダーに回復をかけ続けろ。」

 「いたいのいたいのとんでいけ~!」

 いつもなら、ほほえましく嬉しくなるママのちょっとすっとぼけた詠唱。

 今は、何も感じない。

 

 だけど、間もなく、何か暖かいものに包まれる感じがする。


 でも、そんなのいらない。


 僕は、やつをやっつけるんだ。


 !!!!!


 と、頭の中を閃光が走った。

 体が光と同化したのか。

 閃光を僕が放出したのか、それとも僕が閃光なのか。

 とにかく、僕は・・・・・・

 



  意識を失った。

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