第15話 悪い人も現れた(上)

 のんびり、のんびり馬車は進む。

 休憩も多く取るのは、お貴族様だから?

 領都までは、できる限り宿を取るようにして、どうしてもの時は野営をするスタイル。

 あの後も、時折魔物が出てくるけど、みんな強いから、サクサク蹴散らしつつ、僕もできる限り戦闘に参加しているよ。どの魔物にどんな弱点があるか、そんな講義も聴きつつの、ほぼほぼお勉強かな?じっとしたまま、褒め殺し(て、本人達はそんな気がないのが余計に辛いよね)の刑にあいつつ馬車で揺られるよりは、ずっと充実したありがたい時間だよね。決して、僕は戦闘狂じゃないよ。


 休憩場所では、他の旅人と一緒になることもある。

 護衛対象が貴族様だから、いろいろ優先されるけどね。

 身分社会、というのをものすごく感じるよ。良い面も悪い面もあるんだろうけど、そそくさと逃げるようにいなくなる人もいたり、危ないのに、森の奥に休憩場所を移しちゃう人もいたりして、ごめんね、って言いたくなるかな。


 会う人達も、普通は冒険者を護衛にしている。

 大体のそんな冒険者は、場所が場所だけに、領都を中心にしている人達が多いから、お互い見知った人の場合も多い。お互い、っていうより僕らのことを知っている人が多い、と言った方が正解かな。特に僕は、ほとんどダンシュタで生活しているからね。たまに依頼で、駆け出し冒険者の「お稽古の相手」をギルドからお願いされて、お相手を務める、というお仕事でトレネーのギルドに顔を出す程度。直接会うのは、低ランクの人の場合が多いから、護衛をするようなレベルの人達とは、ほんと会う機会は少ないかな。


 ヨシュ兄と今回もきていないアンナも、僕と同じでほとんどダンシュタでいる。

 二人は、ママのお手伝いをメインにやってるから、冒険者というより、今は商会の人みたいになってるよ。もちろんママもほぼダンシュタだね。


 残りの三人だけど、ゴーダンは指名依頼が絶えないし、パーティ宛ての依頼も多い。パーティで受けた方がいい依頼は、ゴーダンとミラ姉、セイ兄が受ける、って感じかな。時折ここにヨシュ兄や僕が加わる。そんな感じで三人は冒険者として、トレネーで生活する時間も長い。みんなランク高いし、憧れられてるみたいで、特にゴーダンは、こんな場所で会ったら、かなり感動されてる。


 でも、繰り返す内に、ゴーダンに寄ってくる冒険者の内、多くの人が、実は僕やママが目当てなんじゃないか、って気づいたよ。

 考えてみれば、レア度で言えば僕らの方がレアなのかも。

 昔、まだ僕らが子爵の所で奴隷だった頃、僕のことを「宵闇の至宝」、ママを「月光の雫」なんていう二つ名で、愛でられていたことがあったんだけど、なぜか、貴族の間に流れていただけのその名前が、今、冒険者にも流れてしまったらしい。

 現物を見られてラッキー、そんな感じで近づくにも、一番の障害はゴーダンだ。その辺りをよくわきまえている冒険者たちが、ゴーダンをよいしょしつつ、僕を抱かせてもらおう、ママを近くで見てみよう、なんて下心丸出しで、貢ぎ物や情報を出してくる。

 基本的には、ママがOKならOKになる、というのが、僕らのパーティ。ママがえらい、ていうより、危機察知能力が優れているからね。僕を抱かせて、って言った人にママがOKを出したら、その人は良い人。しっかりと交流する。

 ママがしぶったら、そこそこで、適当に接して、はい、さようなら。

 ママが僕を隠したら、敵認定。悪いことをしないか、警戒態勢を敷く。

 考えてみたら、パーティを組んでから、自然とみんなはそうやって行動してきたね。


 そんな感じで、上手にママ警報を駆使しながら、旅を続けていく僕たち。


 なんだかんだで、徐々に馬車がやっとすれ違えるような道は、徐々に広くなり、4台は併走できそうな広さになってきた。で、明日は領都、という時に、その事件は起こったんだ。



 この辺りまで来ると、馬車通りも多い。まぁ多いと言っても、普通に走っていたら追いつくとかはほぼないわけで、休憩場所でもない限り、すれ違いで出会うことはあっても、同じ方向に行く人とは出会うことはマレなんだけどね。

 それでも、僕たちはかなり遅いペースで走るから、追い抜く人達もいるし、少し避けて追い抜かさせて上げることは、マナーとしてやっている。後は、馬車でなくシューバやその他の魔物に乗って走る旅人なんかは、たまに抜いていくかな?

 どっちにしても、ふつうの道でふつうの馬車が頻繁に出会う、というのはあんまり普通のことではないんだ。


 じゃあ、出会うとしたら、どういう場合か。

 一番多いのが、「待ち伏せ」ってやつだね。

 この辺り、随分と道が広くなってきたんだけど、それだけ森を切り開いているわけで、道でないところもかなり森が後退しちゃってる。その分、人が森に入りやすくなっていて、大人数が森で待ち伏せ、なんてことも可能になってきている。

 当然、待ち伏せ、なんて考える奴らが、まともなわけはない。

 森が薄くなったところは、魔物よりも、悪い人に注意しなきゃなんない。


 で、テッパンというかなんというか。

 僕らがゴトゴト走っていたら、森の奥から、突然弓が射かけられたよ。すぐに気づいて、ママが土のドームで馬車を囲む。

 中にいたのは、ミラ姉とセイ兄。

 外では、ゴーダンが、矢が飛んでくる所に向けて、土の弾を魔法で打ち付けている。ヨシュ兄の姿が見えないのは、もう、襲撃犯の所に駆けつけたからか。

 僕も、馬車を飛び出そうと、腰を浮かせた。


 「だめっ」

 と、ママがタックルをするように、僕にしがみついた。

 今まで、どんな強い魔物が出ても、ニコニコと僕を送り出してくれたママが、必死になって僕をつかんでいる。

 一体何が?

 「ダーは馬車で警護!」

 いつもダー君、と言うミラ姉が、そんな風に怖い顔をして言うと、セイ兄と二人で飛び出していった。


 気がつくと、ママが、僕を痛いぐらいに抱きしめて、外の様子を見ている。


 ミラ姉は、馬車の近くで、矢の方向に風の刃を投げつけつつ、迫り来る矢を次々と剣で落とす。セイ兄は、もうどこかに走って行っちゃったのか?



 そこで僕は気づく。

 ママ、なんでそんなに震えているの?

 僕は、ママの様子に不安になる。

 ママだって、立派な冒険者だ。

 そんじょそこらの敵に負けない。

 剣だけなら僕よりずっと優秀で、この前のジンバの子供だって瞬殺だろう?


 パリン!


 ママの様子に不安に駆られていると、可聴域ギリギリの高音で、ガラスが割れるような音がした。

 ママの結界が破られた?

 土は守護の性質を持つ。特にママの守りは世界一。

 その守りを破った、何かがいる?

 僕が頭の中で?を浮かべると同時に、ブシュッという鈍い音。火矢か!

 「馬車から出ろ!」

 叫んだのはゴーダンか。

 僕は僕をギュッと抱きしめるママと、馬車の中にいた子爵とジャンを咄嗟に、重力魔法の支配下に置きつつ、土魔法の重量押しで、馬車の扉を外向けに吹き飛ばすと、3人の体を馬車の外へ運んだ。

 すぐに、側にいたゴーダンとミラ姉が、僕らの前に立って盾になる。


と、同時に、森の奥から共に走り寄るセイ兄とヨシュ兄。

ママに抱かれたまま、様子を見ると、この馬車以外の2台の馬車に攻撃はいってなくて、2台の馬車を同行の兵士が守っているみたい。

 攻撃は少し離れた、この馬車に集中。

 「来るな!」

 とさっき聞こえていたゴーダンの声は、おそらく、そちらの兵士達にかけたものだろう。


 「大変です。奥でたくさんの魔導師が血を流して死んでいます。」

 「おそらくは、チェインです。」

 焦った顔のセイ兄、苦い顔のヨシュ兄が、ゴーダンに報告する。

 「チェインですって!」

 答えたのはミラ姉。

 チェインって、確か複合魔法、だよね。一人じゃ出来ない魔力がいっぱいいる魔法を複数人で詠唱等することで、可能にする魔法って習ったよ。

 なんでも魔方陣とか、魔法具とかで、むりやり一つにするから、相当感能力がないと、廃人になったり、下手したら死ぬって・・・死ぬ?まさか。ね。


 僕と同じ可能性にみんなとっくに至ってたみたい。

 死んでた魔導師って、チェインの失敗?


 「まさか、強制的に?」

 ミラ姉が、怖い顔で言った。

 どういうこと?

 そうこうする内に、セイ兄とヨシュ兄も僕らの所にやってきた。


 火矢で焼かれかけた馬車は僕が水の魔法で鎮火したけど、馬車はもうぼろぼろだ。

その馬車を後ろの壁にするように子爵と、ジャン。その前に僕を抱きしめたママ。そして、その3人を守るように立つ、ヨシュ兄、セイ兄、ゴーダン、ミラ姉。

 前にいる4人は同じ方向を見ている。

 僕もママに抱かれて後ろ向きになっているけど、そのザワザワと背筋を撫でるような、気持ち悪い魔力を感じる方向へと首をできるだけ伸ばした。

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