第8話 僕はママの子

 ゴーダンと二人でリビングに戻った僕は、今、ソファに座ったゴーダンの膝の上にいる。

 まったく、いつまでも子供扱いして困っちゃうよね。僕、もう5歳なのに。


 赤ちゃんの時から、何か内緒ごと、というか、真剣な話をするときはずっとこの体勢だ。まぁ、普段からすぐに僕を抱っこしたがるんだけどね。寂しがり屋のおじさんです。


 内緒ごとでこの体勢になるには、まぁ、理由はある。

 僕が一番はじめに覚えたのは念話、まぁ、テレパシーなんだけど、僕から話しかけるのはもちろん、その人の心を読む感じで、会話ができる。心を読めるって言っても、ぼやっとした感情が分かる感じなだけだから、相手が会話しようと理論的に言葉としてイメージしてくれないと、会話は成立しないんだけどね。

 こういった念話は、僕のレベルまでは難しくても、それなりにできる人はいる。出来る人同士では、会話が可能なんだ。で、そのできる人の一人がこのゴーダン。僕が赤ちゃんでまだまともにしゃべれないときに、念話を使って会話をしているって気づいたのがこのゴーダンなんだ。

 その時には、僕が転生者でいろいろ考えることも会話も出来る、ということは二人だけの秘密だったんだ。ゴーダンは転生者であるひいじいさんの教え子だから、転生者についての知識があった。僕がそれだ、というのはすぐにピンときたんだって。


 まぁ、それはそれとして、僕は念話で話すときに離れていても出来るけど、一般には、できる人同士が体をどこか触れ合ってなければ、難しいらしい。うっすらと感情を読み取ったりは出来るらしいけどね。これを利用して、モールス信号みたいに、オンとオフの組み合わせで会話する、なんてことをやっている国とか、グループみたいなのもあるらしい。


 ゴーダンは、一般的な感覚では、ものすごくすごい魔導師=魔法使い、らしいよ。ちなみに魔法を使える人のことを魔導師と言って、とくにそういった職業があるわけではないんだ。でも、なんか魔法使い、て、いう方がロマンがあると思わない?僕は魔法使い、って勝手に呼んでる。ちなみにひいじいさんも、こっち派だよ。

 もひとつちなみに、の話だけど、僕ら宵の明星っていうチームでは、魔導師といえば、アンナにミラ姉、僕にママ、と思われてる。でもゴーダンなんかは超一流の魔導師だし、魔法の才能がない、と、言っちゃってるヨシュ兄や、セイ兄でも、一般的には、そこそこすごい、中の上か上の下レベルの魔導師、として認識されている。物理の方でも同じかな?アンナやミラ姉に勝てる剣士やなんかの前衛も、あんまりいないよ。まぁ、簡単に言うと、僕のチームは、全員、魔法も剣も一流どころが集まってる、てことだね。



 で、そんなゴーダンが、秘密の話をする気満々で、二人っきりのリビングなのに、僕を膝に乗せている、というのが今の現状なワケです。


 『依頼のことなんだが、聞いてるよな?』

 僕は頷く。

 『詳細は?』

 『ミサリタノボア子爵が領都へ行く護衛でしょ。それと、僕も領主の所へ出頭せよ、て感じ?』

 『まぁ、そうだ。で、内容は聞いたか?』

 『出頭理由、てこと?誰も言ってなかったなぁ。昨日は燻製のことばっかりだったし・・・』

 『一応、機密もある、という認識か。いや違うな。アンナの奴、相当キレてそうだ。』

 『なんか、怖かったよ、アンナ。』

 『まぁ、じじいの家族第一だからな、あいつは・・・』

 じじい、ってのはひいじいさんのこと。アンナもひいじいさんに世話になった一人なんだ。

 『ワーレン伯爵が無茶振りするとは思わないけど?』

 ワーレン伯爵というのは、ここトレネー領の領主様。ひいじいさんと昔仲よしだったみたいで、僕らのことも可愛がってくれてるよ。

 でも、ワーレン伯爵がらみとすれば、あれかな?領都に支店を再出店しろってやつ。昔、ひいじいさんが当主だった頃、ナッタジ商会の支店が領都にもあったんだ。ひいじいさんが死んじゃって、その後、廃止されたみたいだけど・・・以前、会ったときに、もう一回出店しないか、なんて、ママに言ってたよね。


 だけど、ナッタジ商会は、今、落ちてしまっていた評判を必死に回復しているところ。やっと、ダンシュタの町では、ママが当主になって、商品の質も従業員の質も向上し、名実ともにナンバーワン商会だって認められてきた感じ。僕がスモークとかに手をつけたのも、ナッタジ商会の新しい名物になるものはないか、と、一生懸命考えた結果なんだ。ナッタジ商会をもっともっと発展させて、ママに幸せになって貰うのが、今の僕の一番の目標なんだ。大人達はあんまり喜んでくれないけどね、昨日みたいに叱られることは、残念ながら日常茶飯事です、グスン。


 『商会の誘致もあるにはあるが、一番の目標はおまえさんみたいだぞ。』

 『僕?』

 『ティオ様が、おまえの完全な取り込みを考えてる、という噂が立ったらしい。』

 ティオ様っていうのは、この国の王様だよ。このひともなんだかんだで、ひいじいさん関係者。でもって、僕におじいさまと呼ばせようと必死になってる、ワケ分かんない人。

 でも、あんまり無理強いする人じゃないけどなぁ。


 『どうやら、ティオ様がこの国の至宝なんて言った赤ん坊に、他国からも、つばをつけよう、という動きがあるようだ。で、他国にかっさらわれるのはかなわん、てことで、どこぞの養子に、という動きが出てきたらしい。』

 なんだそりゃ?

 確かに、昔、そんなことを大々的にやらかしてくれた、お馬鹿な王様がいたよなぁ。なんて、僕は遠い目になるほかないよね。

 ママが正式にナッタジ商会を受け継いだとき、あの王様、僕を抱いて、国の至宝だからみんなで育てよう、なんて馬鹿な宣言しちゃったんだよね。おかげで、僕は貴族の中でもヘンに有名になっちゃった。あちこちから、自分の養子に、とか、娘を嫁にやるとか、とんでもないよね。


 でも、そんな風に僕の所に集まった貴族達は、王様から怒られて、おかげさまで、今まで穏やかに片田舎のダンシュタで過ごしてきたんだけど・・・

 これには、ワーレン伯爵や、これまたひいじいさん関連の知り合い貴族シーアネマ伯爵令嬢なんていう人達の尽力もあったってことは、聞いてるよ。もちろんAランク冒険者なんていう、貴族に匹敵する力を持つゴーダン達だって、防波堤になってくれてるし。


 『まぁ、他国が出てきたとなれば、ティオ様も穏やかじゃないだろうからな。どこか有力貴族の養子に、なんて話が再燃しても不思議じゃない。なんだったら、直接王家に取り込むことすら考えてる、なんていう噂だ。』

 ハハハ、僕生まれは奴隷、だよ?貴族だ王家だ、なんて、ボクワカリマセン・・・


 僕がムスッとした顔をしているのを見て、ゴーダンはため息をつきつつ、乱暴に頭をなでてきた。

 『なぁ、ダー。今回、ひょっとしたら、ワーレン伯爵と共に王都に行くことになるかもしれん。それだけじゃない。ミサリタノボア子爵もワーレン伯爵も、おまえさんに強引に養子の話を押し込むかもしれん。俺としては、おまえさんが、そんな場でキレて暴れださんか心配だよ。』

 僕が、暴れそうなことが起こるかも知れない、と?

 ハハハ、次の依頼、僕はパスで。

 『そうはいかないから、悩んでる。だがな、勘違いするなよ。おまえさんが希望しない養子縁組なんかは、絶対に阻止する。その上で、だ。どうだ。おまえさんとしては、誰かの養子になってもいい、なんて考えはあるか?言っても大貴族の仲間入りだ。将来を考えると悪い話じゃないしな。』

 ・・・・

 『ゴーダンは、僕が貴族の養子になるの、賛成なの?』

 『いや、正直言うと、賛成でも反対でもない。おまえの希望を優先させるべきだ、というのが、すべてだ。』

 『僕の希望は、たった一つ。ママと幸せになること。僕のママは、ミミセリア・ナッタジただ一人。それを否定する奴は、誰だろうと敵だ!』


 ククク、と、喉の奥でゴーダンは笑った。

 それが、徐々に大きくなり、しまいには、ワハハハ、と狂ったように笑い出す。

 なんだよ、ゴーダンのおっさん。おかしくなっちゃったの?


 「いやぁ、笑った笑った。そうだよな。おまえはそういう奴だ。よし、分かった。絶対におまえとミミを離ればなれにさせたりはしない。だからな、よく聞いておけ。全部俺たちに任せておけ。養子云々言う馬鹿どもがいたら、全部俺、ゴーダンに任せてるって言うんだ。いいか。自分で解決しようとするな。自分で答えることも禁止だ。貴族なんて生き物は、こっちの理屈と違うところで思考するからな。うん、そうだ。全部任せろ。おまえを貴族なんかに絶対渡さねぇ!」


 ハハハハ、とご機嫌に笑いながら、僕をもみくちゃにするゴーダンに辟易としながらも、やっぱりこの人が僕の保護者筆頭だな、なんて、ちょっぴり感謝する僕だった。

 

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