第2話 乳母と乳兄弟
「・・・ちゃま」
「坊ちゃま」
「ダーちゃま」
「ダー!」
ガコン!
イテッ!
僕は頭に衝撃を受け、目を覚ます。
ふわふわ、モフモフに包まれて、すっごく気持ち良かったのに・・・
まだ、半分夢心地に、うっすらと目を開ける。
あれ?
ここどこだ?
僕を上から見下ろす、複数の瞳。
「何、寝ぼけてんだよ!」
うち、一人のがたいのいい少年が僕の足を軽く蹴った。
「もう、だめでしょ。ダーちゃまは、私たちのご主人様なんだからね。」
蹴った少年にお小言を言う、同年代の少女。
後ろにはニヤニヤ笑う男女、いずれも同年代が3名。
僕を蹴ったのがナザ、注意したのがミヨ。二人は僕より1歳上。後ろでニヤニヤしているのが、ジク、ポム、エノだ。この3人はほぼ同い年。女の子のエノ以外、僕よりちょっとだけ早く産まれたから、なんだかお兄さん面してくるけど、はっきり言って二人が一番子供だ。まぁ、僕も5歳だし、人のことを言えないんだけど・・・
ちなみに彼らは僕にとって兄弟みたいなもの。
僕らはここで産まれ、ともに育った。同じお乳で、ね。
そう、僕らにお乳をくれたのは、僕の下敷きになってくれている、モーメー。僕のママがやってる商会の主力のミルクは、このモーメーのものなんだ。
このモーメーは、この世界のメジャーな家畜だ。大きさは普通に乳牛ぐらい。牛と違って、羊みたいなモコモコな毛が生えている。顔はちょっぴり怖い。鬼瓦か狛犬か、そんな感じ。でも優しくおとなしいよ。
僕らはこのモーメーのお乳で育った、いわば乳兄弟なんだ。
と言っても、僕は赤ちゃんの時に、みんなとわかれて、再会したのは約2年前。僕が3歳になる直前だった。
年長の二人には、僕の記憶がうっすらとあったらしい。本人達の申告だし怪しいとは思ってるけどね。そうは言っても、僕は5人とも覚えていた。5人だけじゃなくて、産まれた時に僕の近くにいた赤ちゃんは、もっともっとたくさんいた。けど、ほとんどは、僕と再会する前に死んじゃったんだ。そう、僕らはとっても過酷な環境にいた。僕らの父親ははっきりしないけど、たぶん同じ人。違う子もいるかもしれないけど、全員が腹違いの兄弟、かもしれない。そんな環境で僕らは産まれた。そう、僕らはこのモーメー達と同じ家畜小屋で産まれ、家畜小屋で寝起きする家畜奴隷の母から産まれた、家畜奴隷。だったんだ。
今は、違うよ。2年ちょっと前に、僕やママ、そして仲間達とナッタジ商会を取り戻したんだ。家畜奴隷だったママ。だけど、本当はこのナッタジ商会を作ったナッタジ家のたった一人の生き残りだったんだ(詳しく知りたかったら『私の赤ちゃん』を読んでね)。僕らは無事ナッタジ商会を取り戻し、家畜奴隷は解放。希望者はナッタジで雇用することになった。こうして残った人達の一部が、かれら乳兄弟、ってわけ。
それにしても、君たち、僕の扱いがひどいよね。
人が気持ちよく寝てるのに、殴ったり、蹴ったり・・・まぁ、本気じゃなくて軽くじゃれた感じではあるんだろうけど、一応僕ってば、みんなの雇い主側なんだけど・・・
「たく、おまえが集合、言ったんだろうがよ。」
腕組みしつつ、ナザが言う。
あ、そうだった。試供品!
どうやら、僕は本当に寝ぼけてたみたいだね。
でも、けっこう働いて、ついつい待ち時間で寝ちゃったんだよ。モフモフが気持ちよすぎるのが悪い!いえ、僕が悪かったです。だから、こぶしを振り上げないでよ、ナダ兄ちゃん。
僕は、みんなを小屋の外に連れ出した。
えっへん、と、その小さな小屋を紹介する。
「えっと・・・これは何かな、坊ちゃま?」
ミヨが、不思議そうに聞いてくる。
「火事、じゃないの?」
と、心配性のポム。
ポムは僕ら5歳組の中で、どころか、ナザよりも体はデカいのに、なんだかとっても臆病で、いつも大きい体を申し訳なさそうに縮めてる。
まぁ、初めて見るんだから、仕方ないよね。
僕は、僕の身長ぐらいまで、石レンガを組み上げて作ったその小屋を眺めながら、にやりと笑った。ポムの心配もまぁ当然かな?石レンガの隙間から、モクモクと白い煙が出ているんだから。
「でも、なんか良い匂い、しない?」
エノが鼻をピクピクさせながら言った。
そうだろ、そうだろ。これを探すのに森に何日潜ったか。一人でこっそり行ったのがばれて、仲間のアンナに大説教くらったのも、この日のための試練だったんだから。
みんなの目が、期待と不安でいっぱいになりながら、僕に早く見せろ、と、訴えている。
僕は、にやり、と笑って
「グラビテーション。」
と唱えた。
小屋の上にのせていた、大きな板状の石がゆっくりと浮かび上がる。僕が魔法で重力を操作して、持ち上げているんだ。
うぉーっ、て、みんなが唸ってくれる。僕がこういうことをできるのは、全員承知の上。でも、いつだって驚いてくれるから、こっちもとても気持ちいいんだよね。
僕は板をぐぐっと持ち上げる。
板の下には、金属で作った網を3段に繋げて吊している。もちろんこれも僕のお手製。
その網の上には・・・・
「チーズ?」
ミヨが言った。
そう、正解!
この世界、旅をしようと思ったら、いろいろと不便なんだ。特に食事。干した肉やら芋やらを持って、それをかじるのが普通。もちろんよく通る街道沿いには、良い感じで宿場町があったり、お金があれば食事用に食材を運ぶ馬車を追加で連れて行く人がいたりする。でも、仮に食事専用車があったところで、生鮮食料品なんて連れて行くのは難しいから、天日干しやあって塩漬けの食材、となる。
僕も、昔、よく旅をした。
だから、この辺りの大変さはよく知ってる。と言っても、僕の場合はチート、と言ってもいい道具を持っていたから、さほど苦労はしてないんだけどね。うん、俗に言うアイテムバッグ。この機能を持つリュックが僕の旅のお供なんだ。
何はともあれ、少しでも旅の食事の質をアップさせるのは良いことなんだ。それに、旅だけじゃなく、普通に保存食料の備蓄にも有用でしょ?頭の中には瓶詰めや缶詰、なんてのもあるし、フリーズドライなんかもそのうち作りたいな、なんて思ってる。だけど、誰でも作れて、商会の力で大量生産できる、ということを考えて思いついたのが、これ、燻製、だったんだ。
燻製、は、前世であったし、食べたことがある。木を燃やした煙であぶる、なんてのもテレビかなんかで見たことあった。だけど、自分で作ったこともないし、何よりどんな木をどんな風に燃やしたらいいのか、まったく知識がなかった。そもそも、木の生態系が違うからね、うっすら覚えている桜のチップとか檜のチップ、とか、該当しそうな木すら分かんない。いやぁ、苦労したよ。
しかし、です。
遂に完成!
僕の味見ではなかなかの出来、だと思う。
そこで、本日、この悪ガキどもを召喚し、燻製の味見をさせよう、というのが僕の計画です。
で、あまり商売用にできない、残念なチーズたちをこっそりゲットし、今、ズズーンと、網に乗ってその姿を彼らの前にお披露目、ってわけ。
みんなの目は見慣れたチーズがちょっぴりひからびているのを、困惑と残念そうに見つめている。
うん分かるよ。知らなきゃおいしそう、とか思わないよね。じっさい縮んでひからびてるし。
だけど、諸君、まずは食べてから文句があるなら言ってくれたまえ!
僕は、チーズを取り出すと、1つずつ、彼らの手のひらに乗せていった。
「「ん、まぁーーぃ!」」
「「「・・・・?」」」
ナザとエノには、好評で、他の三人はよくわかんない、て感じかな?
うん、君たちにはちと早い、かも。
「これは、旅の携帯食にするんですか?」
ミヨが言った。
「うん。チーズだけじゃなくて、肉や野菜でも魚介でも長持ちさせることができる、ハズなんだ。」
「へー、それはすごい。」
「すごいけど、実験、するんだろ?勝手にやると、またゴーダンのおっさんに叱られるぞ。」
ナザが、顔をしかめつつ言った。
ゴーダン、というのは冒険者で、僕の、保護者みたいな人。国でも数少ないAランクの冒険者。僕は彼の見習い冒険者として、まぁ世話になってる、かな?僕のおじいさんたちと昔一緒にパーティを組んでたんだって。僕は、彼つきの見習いとして、色々教えて貰ってる、いわば師匠でもある。んだけど、怒らせると、かなり怖い。
ナザの言葉にみんなちょっと引き気味になる。うん、僕らみんなで正座させられたり、ゲンコもらったり、それなりに被害に遭ってるからね、気持ちは分かるよ。でもさ、乳兄弟の仲でしょ?怒られるときは一緒だよ。もうチーズ食べて秘密を共有したんだから、共犯だよ。
いやぁ、持つべきものは、仲よし乳兄弟だね、エヘ。
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