第7話 予想外の速度

 目が覚めて周囲を見回す。まだ薄暗い。


 昨日、俺たちはジャンヌの住むプロテスト侯爵領に向うこととなった。


 俺は生活のために人里に入る必要があったし、ジャンヌは急いで戻らないといけないらしい。

 ジャンヌは森の入り口まで兵達と共に十日近くかけて馬できたらしいが、その後ドラゴンに蹴散らされ、逃げた兵達に無事な馬は持っていかれたそうだ。


 どうやって帰るつもりだったのか?


 気合いで走って行くつもりだったらしい。

 まさかの根性論。


 歩兵もいたらしいので、多分一日進めても40~50km位。


 トータル400~500km位かな?


 昨日食ったカレーを気合い一発ひねりだし、トイレが便を分解するのを待つ。


「アンタも今のうちに出しとけ」

「なッ!?」


 そんなに驚くことだろうか?

 旅路が長くなることを伝えると、渋々同意してジャンヌはトイレテントに入った。


「覗かないで下さいよ?」


 俺は何だと思われているのだろう?




 結局起きてから一時間、主にトイレの分解待ちだが、その他片付けなんかもする。


 朝食はカロリーバーのチョコ味と水。

 ジャンヌが目を輝かせていたが、のんびり食べている場合ではない。


「これに乗るのですか?」


 警戒している相手を隣に乗せるのはためらわれたが、仕方ない。

 他が空いてないし。


「ああ。ちなみ俺まだアンタのこと信用できてないんだが……縛って良い?」

「……それで気が済むなら。」


 ジャンヌはこの車が洞窟に入る際の速度を見ていたらしく、理屈は分からんがこの車がそれなりに速く走ることは理解しているらしい。

 動かし方は俺しか知らないから、嫌々従ってくれる模様。


 ではありがたく。


 腕と足をワイヤーで縛り付ける。

 一応血が止まらない程度にゆるめで。


「じゃ、行くぞ。」

「……はい」


 そうして俺たちは洞窟を後にした。


 どうやら、この辺りはティラノの縄張りだったらしく、あの巨体に木がなぎ倒されていたおかげで車で走り続けることができた。


 途中ヴェロキラプトルみたいな奴等が三体ほど妨害してきたが、銃でご退場頂いた。


 近くの茂みでガサゴソ音が聞こえたので、他にもいたかもしれないが、多分逃げたのだろう。


 折角なので死体を回収したらヴェロキドラゴネットの死体 ✕3と表示された。


「あのドラゴネットをこんなにあっさり……」


 ジャンヌがめっちゃ驚いていたが、残りの銃弾は8発。


 余り俺Tueeeできる身分でもない。

 何か訊きたそうにこっちを見ているジャンヌを目の端に捕えながら、無視して進んだ。




 車で森が抜けられるかが勝負だったから、ここに転移したのは結果幸運だったのかもしれない。

 ティラノ様の開発事業に感謝だ。


 森を抜け、視界が開ける。

 鬱蒼と草の伸びた平原がアホみたいに広がっている。


「どっちだ?」

「ええー、あっちです。」


 方位磁石を見ながら、ジャンヌが方角を縛られた手で指し示す。

 こっちにもあったのね。


 そして俺の記憶では、この車にはそういえばなかった。

 是非イサギリ工業異世界進出の際は、忘れず持ち物に方位磁石を入れてあげて頂きたいと思う次第である。


 時刻は朝の十時。もう少しスピードアップを図りたいところだが、急に岩とかあったらドカンだしね。


 時速40km位で走る。


「馬が走ったときと同じくらいの速度が出てません?」


 そういえば異世界にも馬がいるのね。

 あ、馬刺しが食いたい。




 獣たちも流石に初見の車に警戒しているのか。

 あれ以来特に妨害なく進んでいる。


 暫く走って草の高さも低くなってきた。

 時刻は昼、そろそろ腹も減ってくる時間帯。


「休憩にしたいが……どこか良いところない?」

「いえ,私にも心当たりは……」

「ここまでどうやって来たの?」

「休憩は兵達と交代で見張りをしながらとっていました」

「さいで」


 2人じゃなあ……


「腹は減ったが……もう少し行って、安全なところで休憩にしよう」

「そうですね」


 草の背丈も低くなっている。

 もう岩にドカンも警戒しなくてよさそうだ。


 森は抜けるのに時速約20kmの安全徐行運転で四時間程度、平原は時速40kmで二時間。

 ざっくり計160km走ったことになる。


 時速80kmで走れば三時頃には人里が見えてくるかもしれない。

 六時間ぶっ続け運転で流石に疲れてきたが、仕方ない。


「じゃあ、飛ばすぞ」

「え、ええ……ええ!?」


 アクセルを踏み込む程にジャンヌの顔が引きつっていく。

 この速度は馬じゃ出ないもんね。




「凄い……一日でここまで……」


 どうやらジャンヌのよく目にする光景が見えてきたと言うことだろう。

 時刻は午後三時。


 そろそろマジで休みたい。


「ねえ、そろそろ休める場所ないんか?」

「えー、そうですね。もうすぐ関所に着きますが……いえ、このまま入るのは……うーん」


 何か悩み始めた。


「分かりました、ひとまず左に曲がって下さい。その先に河原があるはずです」

「そこは安全なの?」

「多少のモンスターや野獣が出ますが」

「安全とは?」

「あの森や草原ほどではありません。この近くにある関所から時々兵士が派遣され、モンスターが近寄らないように定期的に討伐をしていますから」

「じゃ、その関所で……ああ」


 自分が間抜けな事を言ったことに、言葉の途中で気付いた。

 俺はこの車をどうやって街中に持ち込む気なのか?


 とはいえ全部置いていくのはもったいなさ過ぎる。


 というか俺、ここで所謂一文無しなのではないですか?


 どうすっかなー……て考えている内にジャンヌの指定する場所に着いた。


 まばらに木の生えた河原。

 水は綺麗そうだ。そのまま飲む気にはなれないが。


 ひとまず飯食って考えよう。


 気は進まないがジャンヌの拘束を解き、しっかり距離をとって飯の準備をしていたらジャンヌからのご提案。


「ここで、暫く待っていて下さい。私が関所を通れる様に手配します」

「え? マジで?」

「数日かかると思いますが、それで宜しければ」

「とんずらして終わるパターンじゃね? それ?」

「縛られた辺りから大分自分がどう思われているかは分かりましたが、ここは信用して下さい。アナタは結果的に私達の大恩人です。必ず迎えに来ます」


 信用する気は全くないが、他にアテも全くない。


「分かった、ひとまず飯ぐらい食っていけ」

「宜しいので?」

「ああ。」


 飲むわけじゃないから鍋に川の水を入れてガスコンロで沸騰させてレトルト焼きそばを温める。水と皿を用意し、焼きそばを渡す。


「箸は使えるか?」

「箸?」


 ダメっぽい。プラスチックフォークを渡し、俺は箸を使う。


 遠慮なくズルズルとすする。

 ジャンヌはすすらずパクパクと食べている。


 途中むせていたので多分挑戦しようとはしたんだろう。


 そういえば麺をすすれない外国人がいると聞いたことがある。

 ジャンヌもそのクチかもしれない。




「では行って来ます」


 盗む気はなかったので剣を渡す。


 人質ならぬ物質にリンゴを預かろうかとも考えたがやめた。

 関所を入った後も暫く面倒見て貰わないと、どっちにしても生きていけない。


 ここは良い感情を持って貰おう。


「ところで、生命の実は渡さなくても宜しいので?」


 イタズラっぽく笑うジャンヌ。


 見抜かれてましたか。

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