第43話
映画の原作者が撮影の場に顔を出すと言うのは、何も珍しいことじゃない。
作品を生み出した親として、どんな風に完成するか気になって足を運ぶのだ。
しかし、撮影が始まって以来美井は一度も現場に顔を出していなかった。
千穂の出演シーンはもちろん、主人公が謎解きをするクライマックスシーンですら、見学に来ていなかったらしい。
現役の美容師なためそんな暇がないのかもしれないけれど、せめて一度くらい来てくれるのではと期待していた。
結局、美井とは会うことはなくクランクアップを迎えてしまったのだ。
辺りはざわざわと賑やかで、皆お酒が入っていることもあって盛り上がっている。
飲みの席にも関わらず、千穂はまったく盛り上がることができずにいた。
撮影スタッフはもちろん、演者全員が揃った打ち上げ。美井のことが気になって仕方ない千穂は、先ほどから作り笑いを浮かべてばかりだ。
「じゃあこれからビンゴしまーす」
「景品あるんですか?」
「もちろん」
有名エステの優待券や人気レストランの食事券など。景品を掛けたビンゴをしても、まったく乗り切れない。
お酒も殆ど飲んでいないため、このテンションが苦痛にすらなってきていた。
用事があると言って帰ろうかと企んでいれば、監督が声高らかに叫んだ言葉にピタリと動きを止める。
「今日、原作者の如月さん来るらしいよ」
半分ほど浮かせていた腰を、再び椅子に戻していた。
机に置きっぱなしにしたいたビンゴカードを掴み、場に参加しているフリをする。
周囲も原作者の登場に喜んでいるようだ。
「じゃあ、次24番!」
きっと周囲とは違う意味でドキドキしてしまっている。
番号を叫ぶ声なんて、心底どうでも良かった。
それよりも、あの子に会えるかもしれないということで胸は踊っている。
「ビンゴだ!」
男性俳優をしきりに、次々と声が上がっていく。
半分ほど聞き逃していたせいで、千穂は最後の二人まで残ってしまっていた。
「南ちゃん意外と運ないね」
俳優から揶揄うような声をかけられて、愛想笑いを返す。
結局最後まで残った2人として、残念賞のスナック菓子を貰うことになっていた。
ビンゴも終わって皆が荷物を片付け始めても、まだあの子は来ていなかった。
「監督。そろそろお開きですけど……如月さんは?」
「あ、ビンゴに夢中でいうの忘れてた。本業の方が忙しくて来られなくなったみたいだよ」
千穂の心情なんてお構いなしに、周囲から次々と声が上がり始める。
「いやー、やっぱり人気あるんだね」
「みたいですよ。僕も切って貰いたいなあ」
ここまで来ると、自分の気持ちが分からなかった。
美井の今を知りたくないと思っていたはずなのに、こんなにも内心はあの子に会いたくて堪らない。
小説家と美容師という、二足の草鞋を履いた今の美井と、本当は会いたいのだ。
そのくせ臆病な心は、あの子の気持ちが自分にはない可能性に怯えている。
会いたいのに、会うことでこの想いを拒否されることが怖くて仕方ないのだ。
『ゴースト』の一番最後のページには、この話はフィクションですとしっかり記載されていたから。
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