第42話


 雑誌撮影の合間に、千穂は新たに抜擢された映画の台本を読み込んでいた。


 ミステリー小説を原作にしたもので、トリックが緻密でかなりおもしろい。千穂は主人公ではないが、女性警官役として中々に重要な役どころだ。


 本当は主人公である女探偵を演じたかったのだが、惜しくもオーディションに敗れてしまった。


 悔しい思いは確かにあるが、今は与えられた役を精一杯やり切るため役に入り込もうとしている最中だ。


 ただ、警官役ということで専門用語も多く、覚えるのが大変そうだった。


 「それ、面白いよな」


 近くにいたマネージャに声を掛けられて顔をあげれば、水の入ったペットボトルを渡される。


 むくみはもちろん健康のため、積極的に水分は摂取しているのだ。

 マネージャーとはラブミルの時からの付き合いで、卒業後も引き継いでマネジメントしてもらっている。


 彼は本当に敏腕で、どうすれば五十鈴南が輝くかをよく分かっているのだ。


 「役作りにと思って、原作小説の方も買っておいたから。良かったら見たら?」


 渡された本はハードカバーということもあり、ずっしりと重い。


 お金が掛かっているのか、表紙はキラキラと輝いて綺麗だ。

 特殊な加工を施されているようで、ザラザラとした手触りを楽しもうと這わせていれば、ある一点で指を止めてしまう。


 「え…」


 作者名には、確かに『如月サキ』と書かれているのだ。

 

 信じられない気持ちで慌てて表紙を捲れば、すぐに作者の紹介欄が載っていた。


 性別は女性で、小説の新人賞で受賞したのを機にデビューしたと記載されている。


 「……嘘でしょ…?」


 似ているだけで、まだ確信したわけではない。

 ただ、どうしようもなく心がざわついていた。


 何か情報を得ようと『如月サキ』とネットで調べれば、一番上にはサイン会の応募ページが表示されていた。


 どうやら今回の映画化を機に、初めてサイン会を開催するらしい。


 「……ッ」


 多数の応募が予想されるため、抽選で必ず参加できる保証はないというのに、気づけば応募を完了させてしまっていた。

 

 サイン会など、こういったイベントに応募するのは生まれて初めてだ。

 締め切りが明後日と迫っていたこともあり、衝動的に応募してしまったのかもしれない。


 ろくに考える間もなかった。ただ彼女に会いたい一心で衝動的に動いてしまっていたのだ。





 現役美容師の、大人気新人小説家。

 それが如月サキのキャッチコピーで、インタビュー記事には夢を諦めきれずに応募した新人賞で見事に受賞したと書かれていた。


 ここまでくれば、疑いようがない。

 如月サキは、美井だ。


 確かにあの子は、美容師の他にもう一つ夢があると言っていた。

 不安定な職業で、目指すのが怖いと。


 「……夢、叶えたんだ」


 ベッドに横たわりながら、本屋で購入した美井の本を捲る。


 出している本は3冊で、そのうち2冊はミステリー小説。

 映画化する小説の本編と、その続編だ。


 そして、もう一冊は彼女のデビュー作。

 『ゴースト』というタイトルからは想像できないが、まさかの恋愛ものらしい。

 

 評判も良いこの作品の主人公は、女子高校生だ。

 どこにでもいる平凡な女の子だけれど、少しだけ自信が持てずにいる。


 最初は淡々と読んでいたけれど、ページを捲るにつれてあることに気づき始める。


 「あれ……」


 主人公は、自分に自信がない。

 両親が大人気なモデルと俳優だから、平凡な自分に対して悲観してしまっている。


 そんな時、学校の屋上にお化けがでると噂が立つ。

 長い前髪で顔を覆った、女の子のおばけ。


 「嘘……」


 その正体は、今をときめく大人気アイドル。

 まったくそのことに気づかなかった主人公は、何も知らずにおばけと仲良くなってゆく。


 そして、女性同士だというのに想いを寄せ合うようになるのだ。


 「これって……」


 名前や設定は少しだけ違うけれど、話の大本は間違いなく千穂と、美井の話だ。


 途端に、ジワジワと目の前がぼやけ始める。

 口元を押さえながら、必死に声を押し殺していた。


 「気づいてたの……?」


 千穂の正体に、美井は気づいていたのだ。

 離れ離れになってから知ったと主人公は語っているため、美井は自ら真実を導き出したのだろう。


 アイドルの髪でヘアアレンジの練習をした思い出に、初日の出を見てから離れ離れになったしまったことも。

 

 全て、かつて起こった出来事と類似しているのだ。


 「……ッ」


 緊張しながら、ページを捲る。

 バッドエンドを迎えた2人の結末を美井がどう描いたのか、気になってしまっているのだ。


 固唾を飲んで、2人を見守る。


 一度離れ離れになった2人は、大人になって再開する。

 そして、想いを伝え合って結ばれると言う、王道のラブストーリーだった。


 物語の中だけでは、千穂と美井は幸せになれたのだ。

 千穂が望んでいた未来を、送ることが出来ている。


 余韻にジンと浸っていれば、スマートフォンからメールの通知音が鳴り響く。

 友達も殆どいないことに加えて、最近は連絡手段といえばSNSが主流だ。


 一体誰からだろうと不思議に想っていれば、送信元は以前応募したサイン会の抽選結果だった。


 「外れた…」


 期待して応募したというのに、その思いは報われなかった。

 誠に残念ながら、という文面を見ながら更に涙を溢す。


 これが、ファンの人の気持ちなのだ。

 期待をして応募するが、希望通りに行くわけではない。


 どれだけ想いがあっても、結局は運だから。

 好きな人と会いたくても会えないファン心理を、千穂は初めて知ったのだ。

 

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