第35話

 

 桜川学園に通っていた頃、美井はいつも仲の良い女子生徒2人と一緒にいた。

 

 仲良し3人組として、高校生活の思い出には殆ど彼女たちの姿がある。


 卒業をして4年経つがその仲は変わらず、今なお時々会ってはあの頃のように笑い合っているのだ。


 あの頃、学園内で散々見合わせていた顔を見つけて、美井は大きく手を上げた。


 それに気づいて、友人である七瀬ななせさくが嬉しそうに手を振りかえしてくれる。


 「美井、久しぶりだね」

 「ね、元気してたの?」

 「もちろん。美井また髪色変わってる。可愛いね」

 「美容師本当大変だよ〜…咲は描くの順調?」


 咲は中学生の頃からの付き合いで、今は国内でも有名な難関美術大学に通っている。


 元子役という経歴を持っているだけあって、とても可愛らしい顔立ちをしているのだ。


 背も低いためつい可愛がりたくなる所だが、実際はしっかりものの彼女に美井の方がお世話されてばかりだ。


 「咲の絵また見たいなあ」


 本当に絵を描くのが上手な彼女は、芸術的センスに秀でている。


 ちょくちょくコンテストにも出しているらしく、以前見せてもらった絵も高校時代に比べて更に上達しているようだった。


 「リリ奈はまだかな?」


 待ち合わせ時刻を5分ほど過ぎたところで、咲がぽつりと言葉を漏らす。

 

 連絡を入れようかと2人で話していれば、駅のロータリーに見るからに高そうな高級車が入ってきたことに気づいた。


 その車は咲と美井が立っている場所のすぐ側で停車してしまう。


 中から背の高い女性が出てきて、後部座席の扉を開いた。

 見るからにお金持ちそうな風貌で現れたのは、正真正銘お嬢様の桃宮ももみやリリ奈。


 美井にとって、大切な高校時代の友人だ。

 

 「ごめん、待った?道が混んでて…」


 国内で有名なジュエリーブランドを経営する社長の1人娘である彼女は、高校卒業後は父親の会社のために経営学部のある大学に進んだらしい。


 更なる会社の発展のために他分野から色々と知識とノウハウを吸収して、いずれは自会社に反映させると息巻いていた。


 「なんかこう見るとリリ奈って本当にお嬢様なんだよね」


 同じ制服を着ていた時はあまり感じなかったが、改めてリリ奈がお金持ちの娘であることを再認識させられる。


 何も知らない純粋な頃だったからこそ、そんなことを気にせずに互いの性格で惹かれあって仲良くなったのだ。



 また、先ほどリリ奈より先に車から降りた女性は、近くで見るとより綺麗な顔立ちをしていた。


 パンツスタイルのスーツが彼女の長身にとても似合っている。恐らく、歳は同じくらいだろうか。


 「終わったら連絡するから。杏は好きにしてて」

 「かしこまりました」


 ぺこりと頭を下げる女性は、リリ奈のボディガードか秘書のどちらかだろう。


 お嬢様ゆえに、そういった存在の人が側にいると高校生の頃に聞かされたことがあった。


 「お待たせ、咲。美井」

 「美井…?」


 思わずと言ったように、先程杏と呼ばれていた女性が美井の名前を復唱する。


 当然、3人とも不思議そうに杏に視線を寄越していた。


 「失礼致しました」

 「杏、美井のこと知ってるの…?」

 「いえ、友人の友達の名前と一緒でして……大変失礼致しました」


 パンプスのヒールを鳴らしながら、杏は足早に車へと戻ってしまう。

 どこか焦るような態度に、リリ奈が疑うように眉間に皺を寄せていた。


 「なんか、杏らしくない…普通友達の友達の名前と一緒だからってあんな反応する?」

 「たしかに…ちょっと遠いよね。杏さんもうちの高校の卒業生だよね?たまにリリ奈と一緒にいるのみたよ」

 「そうよ。一つ上だから2人と接点は殆どなかったけど」

 「じゃあ、美井を知ってる杏さんの友達って誰なんだろう」


 咲の言葉に、2人とも押し黙る。

 在学当時、部活に所属していない美井に年上の友達なんているはずがなかった。


 リリ奈の口ぶりから、杏は下級生と接点があったようにも聞こえない。


 「私、同級生しか友達いなかったけど……」


 脳裏に浮かんだのは、愛おしいあの子の姿だった。


 苗字も、素顔も。

 所属するクラスも学年も知らない子が、1人いた。


 まさかそんなはずないと思いながら、期待で胸は震えていた。


 藁にもすがる思いで、リリ奈にある頼み事をする。


 「リリ奈、お願いがあるの」

 「なに?」

 「杏さんに、千穂って言う人は知らないか聞いて欲しい」


 益々訳が分からないと言わんばかりに、リリ奈が首を傾げている。


 もしかしたら勘違いかもしれない。それでも、不確かな事に賭けるしかなかった。


 全く接点の無くなったあの子について、何か情報が得られるのであれば、例え僅かな可能性でも信じたかったのだ。

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