第32話
感情に流されてしまわないように、千穂はあれ以来理屈で物事を考えるようにしていた。
ラブミルはそもそも恋愛禁止で、いまはグループ自体が存続の危機なのだ。
勝手な行動は許されず、自分だけ我儘を言うわけにはいかない。
そもそも美井は千穂の正体を知らないのだから、南であることを明かせば距離を置かれるかもしれなかった。
だから、自分の判断は間違っていなかったと、必死に思い込ませようとしているのだ。
そうしないと、心が壊れてしまいそうだった。
自分の選択を酷く後悔して、心が蝕まれてしまいそうだったのだ。
春風が吹く中で、千穂は桜川学園のセーラー服を着込んでいた。
胸元には卒業生の証であるリボンを付けられており、左手には卒業証書の入った筒が握られている。
既に寮の部屋に置かれていた荷物は、ラブミルのメンバーが共同生活をしているマンションへと送ってしまっている。
大学へ進学する予定はないため、明日からは芸能生活一本で頑張っていく予定だった。
あの日初日の出に照らされながらキスをして以来、およそ一年半もの間屋上へと足は運んでいない。
再び屋上へ行って、あの子と会えば。
せっかくの決心が簡単に崩れ去ってしまいそうだったのだ。
ろくに荷物の入っていないスクールバッグを持って、校門へと足を進める。
これから仕事があるために、マネージャーが車で迎えに来てくれているのだ。
ブラウンカラーのローファーは、ほとんど履いていないため新品同然だ。
桜の花びらが学園中を彩っており、それがひどく綺麗だった。
あの子も、この景色を見ているのだろうか。
「一緒に見たかったな……」
いまだ諦めきれずに、そんな思いに駆られてしまう。
日に日に想いは募り、美井のことを忘れた日など一度もない。
顔を上げて、普通科校舎を見やる。
屋上へ行けば、あの子に会えるのだろうか。
一年半も月日が経っているくせに、まだあの子を求めている。
どれだけ理屈を並べても、結局何一つ忘れられなかった。
門を潜って、停車しているマネージャーの車に乗り込む。
すぐに車は発進して、窓からどんどん遠ざかっていく校舎を眺めていた。
卒業してしまったため、もう2度とこの場所にやってくることはない。最後に一度だけでも、屋上へ行けばよかっただろうか。
もう、一年半も時が過ぎているというのに。
彼女のことが忘れられない千穂は、これから先もう2度と千穂として美井に会えない現実に胸を痛めているのだ。
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