第29話


 今回の件で、失ったものはあまりにも大きかった。

 仕事はもちろん、世間からの信用もガタ落ちしたのだ。


 そして何より、メンバーそれぞれへの誹謗中傷も日に日に増していた。


 掲示板などで悪口を言われるだけならまだマシだ。

 ブログやSNSでメンバーに直接悪意あるメッセージを送ってくるなど、嫌でもひどい言葉が目に入ってきてしまう。


 それ見兼ねてか、今日はラブミルのメンバー全員が事務所に集められたのだ。


 恐らく、メンバーのメンタルケアを目的にしているのだろう。


 「……もうやだ」


 一人、ぽつりと声を漏らす。

 頭を抱え込んで、酷く苦しげに声を溢していた。


 日頃から一番エゴサーチをしていたメンバーなため、誹謗中傷の言葉にかなり参ってしまっている。


 個人のSNSはもちろん、ブログのコメント欄にまで誹謗中傷のメッセージは届いてくるのだ。


 応援してくれるメッセージは確かにあるというのに、それ以上にアンチコメントが目に入ってしまう。


 100通の応援コメントより、1通の酷い言葉の方が今のメンバーの心には残ってしまっている。


 「私たち、もう終わりなのかな」


 弱音を吐いたメンバーの肩を、リーダーの風香が強く叩く。


 彼女もきっと酷く心配だろうに、表面上は取り繕っているのだ。


 「今出来ることは、辛うじて残ってくれている目の前のファンの人たちを大切にすること。そして、今まで通りのパフォーマンスをすればいい」

 「でも、私たちもグルとか…首謀者は南とか噂されてるんだよ?」


 ネットのフェイクニュースは、面白おかしく今回の事件を報道していた。

 千穂だって、自分が主犯格に仕立て上げられたフェイク記事はしっかりと目にしているのだ。


 声を荒げているメンバーに向かって、口を開く。

 中傷されて慣れたつもりでいても、ちっともそんなことはない。


 酷い言葉を見れば傷つくし、時には泣いてしまう時もある。


 もう辞めてしまおうか。

 今まで活動してきた中で、そう考えたことだって全くないわけではない。


 「…いま私たちがこれ以上弁解しても誰も信じない。公式の声明文と謝罪のブログ更新はもうしたでしょ?だから、後は結果を残すしかない」

 「え…」

 「やっぱりあの子達がいなきゃダメだなって思ってもらえるように、今まで通り…今まで以上に仕事に励む…誹謗中傷の言葉は見ないこと。もし見たらマネージャーにスマホ預かってもらうよ」


 平気なはずがなかった。

 散々悪口を書かれて、酷いものだと「死ね」などと言った残酷な言葉だってある。


 皆んな、今回の件で酷く参っている。

 それでも辞めないのは、ラブミルと…ラブミルを応援してくれる人たちのためだ。


 今回の件で、ラブミルのファンの人たちはきっと酷く肩身の狭い思いをしているだろう。


 あんなグループを応援していたなんてと、ファンの人たちを中傷する言葉だってある。


 だからこそ、取り返さないといけない。


 失った信頼を取り戻すのは、ラブミルはもちろん、ラブミルを応援してくれている人のためでもあるのだ。


 「ファンの人たちに……あぁ、この子達を推していて良かったって…いつか卒業する時に笑って見送らせてあげたいじゃん」


 やっぱりあの子たちは凄いんだ。

 ラブミルを応援していて良かった。


 そう思ってもらえるように、こんな所で終わるわけにはいかなかった。

 今は辛い時かもしれない。

 だからこそ、乗り越えていつか皆んなで笑い合いたいのだ。

 





 

 思い切り外の空気を吸い込んでも、ちっとも清々しさはない。

 同じ屋上だというのに、都会の喧騒にまみれたこの場所と、自然に囲まれた桜川学園の空気は全然違うものだった。


 人々がごった返して、どこかよどんだ空気が漂っている。


 気分転換のために事務所の屋上へやってきたというのに、これでは意味がなさそうだ。

 

 「どうなるのかなー……」


 メンバーの前では強がっていたが、千穂だって不安なのだ。


 いずれラブミルの活動が再開したとしても、快く受け入れられる保証なんてどこにもない。


 もしかしたら今以上にバッシングが来るかもしれないし、その可能性の方が高いだろう。


 憂鬱な想いを抱えてから屋上を出て、再びみんなが居る部屋へ戻ろうと足を進めていた時だった。


 「瑠美……」


 そこにいたのは、四谷瑠美だった。

 相変わらず可愛らしい顔立ちで、長い黒髪のロングヘアはとても綺麗だというのに。


 彼女の瞳は、まるで生気が吸い取られてしまったかのように虚な瞳をしていた。


 千穂と目があって、気まずそうに瑠美は視線を逸らしてしまう。


 マネージャーは瑠美とプロデューサーを契約解除にすると言っていたため、恐らくそのために呼び出されたのだろう。


 「……すみませんでした」


 酷く、小さな声。まさか謝られるとは思わなかった。

 この子のことだから、自分に非はないと開き直っているとばかり思っていたのだ。


 自動販売機で飲み物を2本購入してから、無理やり備え付けられたソファに座らせる。


 瑠美の隣に腰を掛ければ、怒鳴られるとでも思っているのか酷く怯えたような顔をしていた。


 「本当にすみませんでした……まさかバレるとは思ってなくて…私、有名になりたかっただけで、まさかここまで大ごとになるとは……」


 どこまでが本音なのか分からない。

 それを判断するには、この子の事を知らなさ過ぎるのだ。


 生意気な言葉ばかり吐いていた彼女は、目に入る物全てを見下しているようだった。


 「アイドルなら普通だって言われたけど……周りの子、誰も枕営業してなくて…やめたいって言ったら、枕営業のことバラすって……」


 涙ながらに語る言葉を、黙って聞き入れていた。

 目が眩んで、悪い大人に騙された瑠美は被害者かもしれないが、グループの顔を奪われて泥まで塗られた千穂にだって言い分がある。


 泣いている彼女に平手打ちの一つや二つしても、誰にも文句は言われないだろう。


 「私は、このグループのために活動してるの」

 「え……」

 「メンバー全員と、応援してくれるファンのために全部賭けてやってる。沢山のこと犠牲にして、ここまで積み上げてきた」

 

 ラブミルだって最初から人気があったわけじゃない。

 小さなステージから始まって、皆んなで切磋琢磨したからこそ大きな舞台にファンを連れて行ってあげる事ができた。


 どんな理由があろうとも、その人たちを傷つけた事に変わりはない。

 だからこそ、瑠美に対して慰めの言葉を掛ける気になれないのだ。


 芸能界というのは、瑠美の言う通り綺麗事では成り立たない。


 一般社会以上に強い信頼と繋がりを求められ、積み上げられてきた結びつきには簡単に割り込めるものではない。


 千穂のように子役から活動していれば、長い付き合いになる同業者やスタッフから、前評判が良かったからと再起用して貰える時がある。


 大女優の綾瀬椿に好意的に接してもらえているのも、子役時代に彼女と共演したことがきっかけだ。


 演技力や、頭の回転はもちろんのこと。


 どの世界よりも人との繋がりを大切にする業界だからこそ、人間性を磨き続けなければいけない。


 人を見下して、誰かを傷つけるような人間であってはならないのだ。


 「グループにおける責任感とか……これから、ここで学んで反省してもらいたかったけど、もうあなたが解雇になる事実は変わらない」

 「すみません……ッ」

 「本当に申し訳ないと思っているなら、これから行動で示すんだよ」


 ソファから立ち上がり、上から彼女を見下ろす。

 涙で濡れているその瞳を、真っ直ぐに見据えた。


 「言葉で謝るのは、簡単だから」


 好きも嫌いも、ありがとうもごめんなさいも。

 言葉では幾らでも言えるのだ。


 たとえ行動が伴っていなかったとしても、謝罪の言葉さえ述べれば許されることもある。


 しかし今回は違う。ごめんという言葉だけでは済まされないことを、彼女はしてしまったのだ。


 だからこそ、そんな薄っぺらい言葉で許されると思ってほしくなかった。 


 それがきっと、世間が抱くラブミルに対しての意見だから。


 今回の件は、あの子だけに非があるわけではない。

 まともな大人は、当時19歳の瑠美にあんな提案を持ちかけない。


 怒りの矛先をどこへ向ければ良いのか分からないからこそ、こんなにもやるせなくて堪らないのだ。

 

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