第27話


 事務所には瑠美以外のラブミルメンバー全員が集められていた。

 マネージャーを筆頭に、皆が顔色を悪くさせて俯いてしまっている。


 皆で囲んでいるテーブルの上には明日発売の週刊誌が置かれていて、中身にはしっかりとあの記事が掲載されていた。


 まだ見てはないが、恐らくSNSは誹謗中傷にまみれているのだろう。

 テレビのニュースなど、地上波でも放送される様になればもっと加速するかもしれない。


 「記事で見た通り…瑠美は、プロデューサーと枕営業をして、ラブミルに加入したらしい」

 「……そんなの、みんな分かってた!オーディションもせずにいきなり加入して……マネージャーだって気づいてたでしょう?あの推され具合異常だったもん」


 我慢できないと言ったように、メンバーの1人が声を荒げた。


 アイドルというのは連帯責任で、所属メンバーが何かをすれば連動して評価に影響される。


 良いようにも悪いようにも、自分以外のメンバーの行いで風向きが大きく変わってしまうのだ。


 しきりに、次々と声が上がり始める。皆今まで抑えていた我慢を溢れさせているのだ。


 「明日の生放送どうなるの?これから年末にかけて仕事たくさん入ってるじゃん……っ」

 「年内と年明けの生放送は、全部欠席することになった。プロデューサーと瑠美はもちろん解雇される。これからは、新しいプロデューサーを筆頭に……」

 「だからって…私たちまで枕してるって思われるでしょ?いまSNSで、ラブミルすっごい叩かれてるんだよ」


 連帯責任ゆえに、一人が失態を犯したせいで他のメンバー全員に火の粉が降りかかる。


 四谷瑠美がここで辞めたとしても、話題が沈静化されるわけでもない。


 特にラブミルに興味のない人は、これから長いことラブミルに対して悪いイメージが付いて回るだろう。


 テレビに出るたびに枕営業のグループと叩かれて、それを払拭するのは並大抵のことじゃない。


 仕事を欠席することで、たくさんの人に迷惑を掛ける。

 ラブミルを期間限定のイメージキャラクターとして起用していた企業に至っては、今後もう二度と関わろうともしないだろう。


 「……恐らく、来年の4月頃までラブミルは活動休止になると思う」

 「え……?」

 「個人の仕事は続くけど、グループ名は出せない。これからソロ仕事の時は、ラブミルと名乗らないように…上からお達しがあった」


 絶句したように、皆が息を呑んでいた。


 千穂以外のメンバーは一般オーディションからラブミルに加入したため、アイドルではない自分たちを想像出来ないのだ。


 「……絶対にラブミルを見捨てないから…少しの間堪えて欲しい」


 頭を下げるマネージャーに、一人、また一人とメンバーが涙を流し始める。


 皆んな、ラブミルが好きなのだ。


 何年も一緒に切磋琢磨して、ここまで大きくした物をたった一瞬で全て壊された。


 悔しくて、やるせなくて。

 それでもまだ藁にもすがる思いで、ラブミルの存続を願っている。


 それくらい、このグループに愛着が湧いているのだ。


 「……私、彼氏と別れる」


 マネージャーの前だというのに、はっきりと風香がそう口にした。


 力強い瞳で、彼女の強い決心が伝わってくる。


 「……ずっと、バレないならいいだろうって思ってた。でも、もしバレたら…今度こそラブミルは終わっちゃう。そんなの嫌だ」

 「私だって…」


 他のメンバーも次々と風香と同じ想いを吐露し始める。


 バレないなら良いと言う考えがいかに姑息で、甘いものか、今回の騒動で身に染みたのだろう。


 「これからちゃんとするから…お願いします」


 号泣しながら、頭を下げるメンバーもいる。

 きっと皆、心の中は同じで一つなのだ。


 「ラブミルがなくなっちゃうのだけは、嫌だよ」


 皆、心の底から思っている言葉。

 辛いことも沢山あったけれど、それでも力を合わせてここまで上り詰めた。

 

 アイドルとして、好きな人はもちろん、恋人を作らないなんて当たり前のことだ。


 応援してくれるファンの人を裏切る行為だと、デビュー当初から理解してきたつもりだった。

 

 千穂だって分かっていたはずなのに、心は酷く掻き乱されている。


 両思いのあの子に残酷な答えを返さなければいけないと、そんな場違いなことを考えてしまっているのだ。






 『暫くは男関係に気をつけること。共演者やスタッフとの連絡先は交換しないこと』という、至極当然の約束を取り付けられた後、ようやくあの場は解散となった。


 再びマネージャーの運転する車に揺られながら、学校へと戻る。


 「やんでる……」


 時刻はもう夜で、夕方ごろに降っていた雪は完全に止んでいるようだった。


 結局、クリスマスイブは殆どあの子と過ごすことが出来なかった。


 ラブミルの緊急事態で仕方ないことだと分かっているのに、五十鈴千穂として美井を求めてしまう自分がいる。


 「南は1人だけ全日制だから…まさかとは思うけど、学校とかで彼氏がいたりしないだろうな」

 「いませんけど…」

 「最近は記者が桜川学園に通う生徒のSNSにメッセージを入れて、情報を仕入れようと模索してるらしい。ここで人気メンバーの南まですっぱ抜かれたら、本当に終わりだからな」


 今までだったら、分かってますよと笑い飛ばしていた。

 自分には関係ない。プロ意識の高い五十鈴南なら絶対に有り得ないと。

 

 あの頃のままで入られた方が楽だったかもしれない。


 美井に出会わず、あの頃のまま合理的に生きられた方がよっぽど楽だった。


 理屈で自分の心を制御出来ない。少しでも気を抜けば感情的になって、最低な決断をしてしまいそうだ。


 好きなあの子と両想いなのに。


 一筋、涙が零れ落ちた。

 

 運転中のマネージャーは前を向いているから、気づかないだろうと踏んで、声を押し殺して涙を流す。


 アイドルとして生きてきたから、あの子と出会えた。


 出会ったからこそ、こんなにも胸が苦しくて堪らないのだ。

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