第25話

 

 女性から絶大な人気を誇る『RuuM』というファッション雑誌。


 雑誌業界全体が売り上げに伸び悩むこのご時世で、女性読者から根強い支持を得ているのだ。


 その表紙にラブミルのメンバー全員で載ることが決まって、皆酷く喜んでいた。


 それぞれメンバーカラーのワンピースを着て、おしゃれで大人っぽいヘアアレンジを施される中。

 その中心にいたのは、真っ赤なワンピースに身を包んだ瑠美だった。


 突然現れた大型新人と盛り上がるファンもいる中で、瑠美に対してマイナスな印象を抱くファンも少なくない。


 日に日に不満が募っているようで、「なんで瑠美ちゃんがあんなに推されてるの?」と握手会でもファンの人からたびたび言われていた。


 「……大丈夫なのかな」


 この状況下で瑠美がセンターの新曲が発売されれば、間違いなく彼女にアンチの目が向いてしまう。


 加入して間もない彼女が、一人で世間からのバッシングを抱え込まされてしまうかもしれないのだ。


 新曲のレコーディング撮影の合間に、千穂はこっそりとマネージャーに声を掛けていた。


 「あの、瑠美のことなんですけど…」

 「ごめんな、今まで南がセンターだったのに」

 「それはまあ、仕方ないとは思うんですけど、このままだと瑠美にヘイトが向いちゃうんじゃないかなって…」


 分かりやすく、マネージャーは頬を引き攣らせていた。

 そしてグッと声のボリュームを落として、内緒話をするようにこっそりと教えてくれる。


 「皆んな、そう思ってる。何であの子がいきなりラブミルに入って、南を差し置いてセンターなんだって……けど、プロデューサーが言うから何も言えないんだ」

 「え…」


 直感的に何か不味いことが絡んでいるのがわかった。

 マネージャーだって、きっと気づいている。

 汚い権力に物を言わせて、誰も逆らえない状況下でプロデューサーが好き勝手しているのだと。


 丁度電話が掛かってきたことで、マネージャーが場を後にする。

 入れ替わる様に千穂の隣にやって来たのは、先ほどまで話題の中心にいた瑠美だった。


 「嫉妬ですか?」

 「瑠美…」

 「そうやって心配するふりして瑠美の足引っ張るのやめてください。瑠美の方が可愛いから抜擢されたんですよ」


 まさかそんなことを言うなんて思いもせず、マジマジと彼女を見つめてしまう。


 初めて会った時に比べて、彼女の瞳が濁っている事に気づいた。

 どこか虚ろで、不安定な瞳。


 「元子役でお高く纏ってるから、足元すくわれるんですよ。この世界、真面目じゃなくて要領良い子が生き残るんですから」


 思い出したのは、メンバーのある言葉だった。

 瑠美が地下アイドル時代、枕営業をしていたという噂。


 あの時はガセネタだろうと軽く流してしまっていたが、もしかしたらと嫌な考えが過るのだ。


 まさかと思いつつ、それを完全に否定出来ないことが怖くて堪らない。


 もしかしたらこの子は、踏み入れてはいけない一線を越えてしまっているのではないだろうか、と。





 テレビの天気予報で、クリスマスイブ当日は雪になるだろうと報道していた。

 ロマンチックなホワイトクリスマス。


 今まではくだらないと一瞥していたというのに、美井と一緒にいられると思うと楽しみで仕方ない。


 顔は隠さないといけないから、思うようにおしゃれはできないだろう。


 好きな人と過ごすクリスマスだというのに。

 顔を隠さないとあの子は一緒にいてくれないのだ。


 12月というのはクリスマスに加えて、年末年始の生放送番組と仕事が立て込んでいる。


 そのため、こうしてスポーツジムにやってくるのも久しぶりだ。

 ジム仲間の杏と並んで、ホットヨガのプログラムに備えて軽い柔軟を行う。


 その間も当然会話は交わされており、話題は美井についてだ。


 「へえ、じゃあクリスマスは美井と過ごすんだ。めっちゃ進展してない?」

 「友達としてだから。結局、私が五十鈴南ってあの子は知らないし」

 「やっぱり美井ってこの子と好きなの?」


 素直に頷けば、意外そうに杏が声を上げる。

 あれほど頑なに認めなかった千穂の変化に、驚いている様子だった。


 「やっと認めたんだ…」

 「いつから気づいてたの?」

 「割と最初から?千穂、美井って子に対してめちゃくちゃ執着してたじゃん…告白するの?」


 千穂だって、言えるものなら言ってしまいたい。


 この想いは日に日に大きくなって、両手で抱えきれないほど膨らんでしまっている。


 美井が愛おしくて、可愛くて堪らないのだ。

 

 彼女に本気だからこそ、簡単にこの想いを打ち明ける気にはなれなかった。


 「……私、アイドルだし」

 「でも、好きなんでしょ?」

 「それに女の子同士で…あの子が私を好きなのは、そう言う意味じゃないから」


 美井が好きなのは、アイドルの五十鈴南だ。

 それも恋愛感情ではなく、純粋な憧れからくるもの。


 そんなあの子に、この想いをぶつけられるはずがなかった。

 言ってしまって、関係が崩れてしまうという恐怖心があるのも確かだ。


 「けど、このまま言わずにいるの…苦しくないの?」


 千穂だって言えるものなら言ってしまいたい。

 正体を明かして、彼女にこの想いを全て打ち明けてしまいたいけれど、勇気が出ないのだ。


 五十鈴南じゃなくても、慕ってくれる存在。

 千穂の内面を、大好きだと言ってくれる人。


 優しくて、可愛くて。

 そんなあの子を、失いたくなかった。

 あわよくばずっと一緒にいたいと…そんな子供じみた願いに駆られてしまっていた。

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