第24話
ライブのために、フォーメーションや振り付けを軽く変えるのは珍しいことではない。
セットリストや立ち位置など、ライブのたびに覚えることは沢山あるのだ。
それに加えて新メンバー加入に伴い、今までの振り付けにも大きな変更があったのだ。
覚えることは山積みで、この日もラブミルのメンバーはレッスン場に篭って練習に励んでいた。
厳しいレッスン合間の、束の間の休憩時間。
壁にもたれ掛かりながら飲料水を飲んでいれば、リーダーである大井風香の怒鳴り声が聴こえてきて、驚いてそちらに視線を寄越した。
「あんた良い加減にしなさいよ!」
3年以上活動を共にしているが、こんな風に感情をむき出しにしている姿は殆ど見たことがない。
他のメンバーも驚いたように、風香に駆け寄っていた。
千穂も慌てて立ち上がり、彼女の側まで寄る。リーダーである風香が怒りを露わにしている相手は、新メンバーである四谷瑠美だ。
「風香、何してるの」
「この子が…っ!」
「本当のこと言ったら、逆上してきただけです」
「なんて言ったの?」
なるべく感情的にならないように尋ねれば、瑠美は悪びれることなくあっさりと答えて見せた。
自分は何も悪くないと、彼女の態度がそれを表している。
「風香さんってリーダーなのに全然人気ないですよねって言ったんです。新メンバーのくせに私の歌割りが多くてムカつくって言ってきたので」
「それは怒るに決まって…」
「だって本当のことですよね。南さんとか他のメンバーの方に言われるならまだしも、風香さんにだけは言われたくない」
あまりにも直接的な言葉は、簡単に人の心を傷つける。
たとえその真偽がどこにあろうと、相手を悲しませるような言葉なんて吐いて良いはずがない。
瑠美を咎めようとするより先に、レッスン室の扉が開かれる。
現れたのはラブミルのマネージャーで、室内の異様な雰囲気に何かを感じ取ったようだった。
「おつかれ…あれ、なにかあったのか」
「なんでもないですよ」
先ほどとは打って変わって、猫撫で声で瑠美が返事をする。
そして、擦り寄るようにマネージャーの元まで駆け寄っていた。
「どうかしたんですかぁ?」
「新曲のデモが完成したらしくてさ。聴くか?」
元気の良い瑠美の返事を聞いて、マネージャーがこちらに手招きをしてくる。
風香はすぐに目元を拭った後、舌打ちをしてから彼の元へ向かっていた。
メンバーが全員集まったのを確認してから、次の新曲となるイントロダクションが流れ始めた。
アップテンポなもので、アイドルらしく可愛らしい。
今までのラブミルのイメージを壊さずに、かといって変わり映えがしないわけでもない。
流行りの曲調を取り入れつつ、上手くラブミルのイメージも調和させた音色だ。
「すごい、可愛い」
「春っぽいね、爽やかな感じで……」
皆も同意見なようで、次々に好意的な言葉が上がり始める。
先ほどのピリついた空気も薄れ出して、ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間。
マネージャーの言葉に、先ほどとは比べものにならないほどの重い空気が場を支配した。
「この新曲…センターは、瑠美でいくことになった」
誰もすぐにその言葉に返事をしなかった。
重苦しい雰囲気の室内で、いまだにデモ曲は鳴り続ける。軽快なリズムがあまりに不似合い過ぎた。
デビューしてからずっと、センターは南だった。人気や全体的なバランスから、ラブミルのセンターとしてここまで頑張ってきたのだ。
皆も流石に我慢が出来ないのだろう。
納得いかない様子で、次々とメンバーが不満を口にし始める。
「なんで?明らかに推されじゃん……」
「こんなやり方じゃ反感買うに決まってる!」
「おかしいって。絶対瑠美なんかしてるでしょ。マネージャーだってめちゃくちゃ複雑そうな顔してるじゃん」
少女達の悲痛な叫びに、マネージャーがキツく眉根を寄せる。
そして「もう決まったことだから」と苦しそうに言葉を吐き捨てていた。
瑠美は、どれだけ不満をぶつけられても表情を崩さなかった。
それどころか、酷く堂々としており、センターを任されているというのにちっとも狼狽える様子がない。
まるで、こうなることを事前に知っていたかのように。
あの後レッスン場の雰囲気は最悪で、酷く居心地の悪い空間が作り出されてしまっていた。
リーダーの風香に至っては心底瑠美を嫌っているようで、下手すればファンの人に勘付かれてしまいかねない。
どうにかしなければいけないと分かっているが、そもそも瑠美が態度を改めない限り対処の仕様がない。
自ら起爆剤の様に煽る言葉を吐き続けられて、大人の対応をしろという方が無理があるのだ。
センターを外されたというのに、不思議とそこまでショックは受けていなかった。
たしかに納得はいかないが、はらわたが煮え繰り返るほど悔しくもない。
なぜだろうと不思議に思うが、その答えが分からずにいるのだ。
ラブミルとして練習や活動をする際に流れるギスギスとした雰囲気とは一変して、美井といるときは優しい空気感に包まれる。
嬉しそうに今日起こった出来事や、五十鈴南について語っている美井が、堪らなく可愛く見えて仕方ないのだ。
南として胃を痛めてしまいそうな日々を送っていたとしても、彼女を見れば一瞬で辛さが吹き飛んでしまいそうになる。
好きな人の力は本当に偉大だ。
今日の美井は、以前千穂が握手会で身につけていたバングルを特定したと饒舌に語っている。
彼女の観察眼と特定能力に驚きながら、今更ながらに一つの疑問が浮かんでくる。
『どうして五十鈴南を応援するようになったの?』と紙に書いて渡せば、美井は躊躇うことなく答えてくれた。
「うーん…なんだろう、最初はこの子めちゃくちゃ可愛いって…動画サイトで見かけて、そこから色々漁るようになってさ」
楽しそうに、ワクワクと南について語る美井は何度見ても飽きない。
格好を付けずに、ありのままに想いを打ち明ける姿をずっと見ていたいと思ってしまう。
「一つしか違わないのに頑張ってすごいな、とか格好いいとか…南ちゃんを見ると、すごく心がわくわくして…応援してると幸せな気持ちになれるの」
その言葉を忘れないように、しっかりと胸に刻み込む。
好きな人からそんな風に言ってもらえて、嬉しくないはずがない。
「何か特別なきっかけがあったわけじゃないよ。けど、すごく好きだなって…好きだから応援してる。応援したいって思わせるほど、南ちゃんは本当に魅力的で凄い人なの」
どうしてセンターを奪われて、大きな嫉妬心が芽生えなかったのかようやく納得がいく。
好きな人がここまで言ってくれるから、心に余裕が生まれているのだ。
好きな人がいて、その人が心の底から南を想ってくれている。
それが分かっているから、以前よりハングリー精神が弱まっているのかもしれない。
たとえ1番になれなくても、美井が好きでいてくれるならそれでいいと…アイドルにあるまじきことを考えてしまっているのだ。
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