第21話


 ザワザワと、会場は戸惑いと喜びで騒めいていた。

 ラストの曲を終えれば、本来であればアンコールに備えてメンバーが一旦ステージを去るのが恒例だ。

 

 しかし、今日は違う。リーダーの風香を筆頭に、全メンバーがステージに残り続けているのだ。


 ピンク色のペンライトを、ステージ上からジッと眺める。南のメンバーカラーであるそれを、愛おしい想いで見つめていた。


 「実は、みなさんにサプライズ発表があります!」


 風香は喋るのが上手で、リーダーということもありMCは彼女の役目だ。


 喜ぶように、会場中が歓声に包まれる。

 ファンというのはサプライズ発表が好きなもので、皆嬉しそうにソワソワしていた。


 「実は、ラブミルに新メンバーが入ります!瑠美ちゃーん!」


 辺りが暗くなり、一箇所にスポットライトが集中する。

 照らされているのは、赤色の衣装に身を包んだ四谷瑠美だ。


 「新メンバーの四谷瑠美です」


 可愛らしくはにかむ瑠美に、さらに会場全体が盛り上がる。


 しかしよく目を凝らせば、アリーナ最前列のファンの方たちの中には戸惑った表情を浮かべている人も少なく無かった。


 当然だ。メンバーですら、いまだに酷く困惑しているのだから。


 「メンバーカラーは赤で、これからラブミルのメンバーとして頑張ります!よろしくお願いします」


 サイリウムの色が、いくつか赤色に変わり始める。

 水色から、黄緑から、そして南のメンバーカラーであるピンク色から。


 たった数秒で、瑠美に推しメンを変更した人が確かにいるのだ。


 「それでは、新たに6人体制のラブミルで……」


 リーダーの曲振りと共に、イントロが流れ始める。

 長年愛されている、ラブミルの代表曲。


 今までは南が歌い出しを担当していたが、代わりに瑠美がその曲割りを歌っていた。


 悔しくないはずがない。

 突然現れた新メンバーに曲割りや、ファンの人を奪われて。


 それでもステージの上では笑顔を浮かべなければいけない。

 この仕事に誇りを持っているからこそ、腹の底が何であろうとステージ上では歌って踊りきるのだ。






 ライブ後の控え室で、千穂はスマートフォンの画面に夢中になっていた。

 マネージャーからはメンタルをやられる要因になるため、控えるように言われていたエゴサーチ。


 画面には、ラブミルに関するSNSのツイートが沢山表示されていた。


 突然の新メンバー発表にファンの人たちの反応は様々だ。


 快く受け入れている人。

 推し変すると宣言している人。

 四谷瑠美に対して否定的な言葉を述べる人。


 皆がそれぞれの意見に基づいて、ラブミルのためを思って発信している。


 メイクシートで化粧を落としながらスマートフォンを弄っていれば、隣からメンバーに声を掛けられる。


 「南、今日ミス多くなかった?」


 その指摘に、ギクリと肩を跳ねさせる。

 新メンバー発表があったから落ち着かなかったのではない。


 如月美井が来ていないかと、その姿を一目見たくてソワソワしていたせいで、集中することが出来ていなかったのだ。


 先ほどエゴサーチしていたのも、四谷瑠美に対する意見が見たかったのではない。


 あの子のツイートがないかと、SNSアカウントを探し出そうとしてしまっていたのだ。


 美井は新メンバー発表をどう思ったのか、それが気になって仕方なかった。


 「はあ…」


 この想いを自覚して以来、ずっとこの調子だ。

 ため息ばかり吐いて、あの子のことしか考えられない。


 このままではダメだと分かっているのに、千穂の脳裏はすっかり美井で支配されてしまっている。


 もし推し変をしてしまったら。

 あの子に限ってそれはないと思うが、万が一と言うこともある。

 想像するだけで酷く嫌な気持ちが込み上げて、頭を抱えてしまっていた。


 「……嫌だな」


 自分のものでもないくせに、好きな人を取られたくないと思ってしまっている。

 

 あの子を独り占めしたいと、酷くわがままな思いに駆られているのだ。






 

 嫌な予感というのは、どうしてこうも的中してしまうものなのだろう。


 屋上へ行けば、美井との楽しい時間が待っていると思っていたのに。

 彼女から紡ぎ出される言葉に、千穂は耳を塞いでしまいたくなっていた。


 「それで、昨日新メンバーの子が発表されたんだけどさ、めちゃくちゃ可愛くてびっくりした」


 四谷瑠美は確かに可愛い。

 途中加入のメンバーとして納得するくらい可愛らしく、アイドルファンに受ける妹的な可愛さを兼ね備えているのだ。


 昨夜エゴサーチをした際は、瑠美に推し変をすると言った意見も少なくなかった。


 「瑠美ちゃん人気でるだろうな〜」


 いつもだったら、五十鈴南の話ばかりしているくせに。

 彼女の口から、他の女の子の名前が出るのが嫌だった。


 悔しさから体育座りをして、そのまま顔を埋めてしまう。


 「あれ、千穂ちゃん体調悪いの…?」


 心配そうに声を掛けられても、返事をせずにダンマリを決め込む。

 子供のようで、これでは美井に呆れられてしまうというのに。


 嫉妬というのは本当に恐ろしいもので、理性が介入する暇もなく感情的に動いてしまうのだ。


 他の女の子の話をしないでと言えば、美井はどんな顔をするだろう。

 何言ってるのと、呆れながら笑い飛ばしてしまうだろうか。


 我儘を言いたいのに、言って嫌われるのが嫌だから結局我慢をしてしまう。

 好きな女の子相手に、千穂は酷く臆病になっているのだ。

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