第18話


 赤いワンピースを着て、満面の笑みを浮かべながらカメラに向かってチョコを差し出す。

 季節はまだ11月だというのに、来年のバレンタインに向けたコマーシャル撮影を行っていた。


 制服を着た姿の女子高生が、好きな人を想ってバレンタイン用のチョコを作るというストーリー仕立てのCMで、ありがちだが大衆受けは良いはずだ。


 宣伝用のポスター撮影も無事に終わり、ホッと一息を吐く。

 

 「いやあ、南ちゃんもルナちゃんと違う魅力でいいね。思い切って路線を切り替えてみて正解だったよ」


 カメラマンである男性の言葉に、皆から好かれる五十鈴南の笑みを貼り付けてからお礼を言う。


 昨年まで、このチョコレート商品のコマーシャルは後輩モデルであるルナが担当していた。


 沙仁という本名とは対局のルナという芸名で活動しているが故に、彼女はクールで大人びた路線を世間から求められている。


 そのため、昨年のバレンタインCMも彼女の良さを最大限に活かした、同性受けを重視したものだったのだ。


 「ルナちゃんも世界に羽ばたいちゃったからねえ。いつか世界のルナとか言われる日が来るのかな」

 「あの子なら、本当にそうなりそうですよね」


 一つ年下とは思えないほど、沙仁は大人っぽい魅力に溢れている。


 まだ16歳の若さでフランスの有名ブランドモデルに起用されるほど、実力と魅力を兼ね備えているのだ。


 そんな偉大な後輩の仕事を受け継いだからこそ、今日の撮影は俄然やる気で満ち溢れていた。


 「南ちゃんも大女優になれるよ。CMが放送されたら、また反響あるんじゃない?」

 「……ありがとうございます」


 改めて周囲の人に頭を下げてから、スタジオを後にする。


 千穂なりに納得の演技をすることが出来た。同世代の中では上手い方とはいえ、業界全体で見れば南の実力は飛び抜けているわけではない。


 だからこそ、慢心せずにこれからも実力を高めていかなければならないのだ。


 楽屋までの道のりを歩いていれば、尊敬している女性の姿を見かける。

 小走りで駆け寄ってから、礼儀正しく挨拶をした。


 「椿さん、お疲れ様です」

 「お疲れ様、これから帰り?」

 「はい、丁度今撮影が終わって…」

 「良かったら、これからうち来ない?取り寄せたお菓子が思ったより多くて食べきれないのよ…ついでに夜ご飯もご馳走するから」


 願ってもない誘いに、二つ返事を返す。

 椿のことは個人的に慕っており、色々と話を聞きたかった。


 女優として、元アイドルの彼女にもらえるアドバイスはどれも参考になるものばかりなのだ。







 かつて大人気アイドルであった綾瀬椿が結婚した当初、世間からは格差婚だと揶揄する声が上がっていたという。


 彼女の婚約相手が、当時全く無名の脚本家男性だったからだ。


 「今日は主人がいないのよ。下の子も部活の合宿だし」


 椿のマネージャーが運転する車に揺られながら、彼女はそんな所帯じみた言葉を口にした。


 大人気女優とはいえ、プライベートでは人の親だ。脚本家の男性と結婚をした彼女は、現在2人の子宝に恵まれている。


 女の子と男の子が1人ずつで、上の子は千穂と歳も近いと聞かされていた。


 「南ちゃんはクリスマス誰と過ごすの?」

 「仕事だと思います」

 「あら…可愛いのに恋人作る気はないの?」

 「アイドルですから。椿さんはアイドル時代恋人いましたか?」

 「いなかったわよ。その時から主人に片想いしてたもの」


 今となって椿の旦那は有名脚本家として活躍しているが、その芽が出たのは遅かったらしい。

 

 既に女優として地位のあった椿と、売れない脚本家。

 散々格差婚だと騒がれていたというが、今は誰もそんなことを言ったりしない。


 お似合いのおしどり夫婦だと、巷ではそう囁かれているほどだ。

 

 「今は可愛い子供2人に囲まれて、幸せよ」


 心の底から嬉しそうに、椿が微笑む。

 綺麗な笑みに見惚れていれば、同時にあることに気づいた。


 「あれ…」


 どうして気づかなかったのだろう。

 あの時、美井に対して抱いた違和感。


 誰かに似ていると、確かに既視感を覚えたのだ。

 パーツ一つ一つが、よく見ればしっかりと面影がある。

 美井は、綾瀬椿に酷く似ているのだ。


 「あの、娘さんの名前って……」


 全てを言い終えるよりも早く、車が目的地に到着する。

 先に降りた椿の後を追いかけながら、一つの疑惑はどんどんと大きく膨れ上がっていた。


 家に入れてもらってから、ゆっくりと聞こう。

 娘の名前くらい、何気ない世間話の流れで教えてもらえるはずだ。


 椿が自宅のインターホンを押せば、すぐに玄関の扉が開かれる。


 「ただいま」

 「おかえり、ちょっとお母さんいきなり呼び出しといて何……」


 そこまで言って、出迎えてくれた彼女の娘が口を紡ぐ。

 母親の背後にいる千穂を見て、言葉を失っているのだ。

 

 驚愕で立ち尽くしている彼女の娘を見つめながら、千穂はやっぱりと腑に落ちていた。


 「お母さんね、たまには美井とご飯食べたくなったのよ」


 屋上で何度も顔を見合わせた、五十鈴南をこよなく愛する如月美井。


 綾瀬椿の娘は、千穂の予想通り彼女だったのだ。


 

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