第17話


 四谷瑠美の加入が発表されるのは、来月のライブにて。

 サプライズ発表として、彼女が登場する予定だった。


 早速練習にも参加しているが、四谷瑠美はアイドルとして申し分ない特性を持っていた。


 ダンスはしなやかだけど芯があって、声が可愛らしいため歌声も聞いていて心地良い。


 顔だって申し分なく可愛いため、新メンバーとして加入しても拒否反応を示すファンは少ないだろう。


 もちろん5人のラブミルを好きなファンは複雑だろうが、それ以上に彼女はアイドルとしてのスキルを兼ね備えている。


 ダンスのフォーメーションや歌割りと、多少変更があったため覚えることが増えたのは大変だが、これに関しては仕方ない。


 最近は以前にましてレッスン量が増え、ゆっくりとする時間を中々取れずにいた。


 

 


 だからこそ、この忙しない日常の中の安らぎを、存分に味わっていたい。

 秋の香りに包まれた屋上で、彼女と共に居られる時間が酷く愛おしく感じていた。


 この場所では、千穂は五十鈴南として気張らなくて良い。

 17歳の女の子としてリラックスしながら、美井と接することが出来るのだ。

 

 あまりに心地良すぎるせいで大きく欠伸をすれば、隣に座っていた美井が心配そうにこちらに声を掛けてくる。


 「千穂ちゃん、最近眠そうだね。寝不足?」


 ここで返事が出来れば良いのにと思ったのは、一体何度目だろう。


 友達のように、他愛無い言葉を美井に返すことも出来ない。

 慣れたつもりでも、もどかしさは拭えなかった。

 

 こくりと頷いて意思表示をすれば、彼女がトントンと自身の肩を軽く叩いた。


 「ちょっと寝たら?」


 戸惑いつつも美井の肩に頭を乗せれば、優しく頭を撫でられる。


 子供扱いされているようでくすぐったいが、不思議と嫌ではなかった。


 石鹸のような香りが、彼女らしくて癒されてしまう。

 

 ふと目線を上げれば、美井の耳が真っ赤になっていることに気づいた。


 前髪越しの視界で手を伸ばして軽く指で触れれば、驚いたように高い声を上げている。


 「なに…?」

 『赤くなってる』

 「……恥ずかしくて」


 千穂の書いた文字を見ながら、恥ずかしそうに答えている。


 顔を背けてしまったため、彼女がどんな顔をしたのかは分からない。


 無性に、美井の表情を見たいと思ってしまっていた。


 耳から頬に手を添え変えて、こちらへ向かせようとするが、それは叶わない。


 「……ダメ。私ばっかり恥ずかしい顔見られるの、ずるい。千穂ちゃんも顔見せてよ」


 同じように美井が千穂の頬に触れようとしてきて、咄嗟に距離を取ってから自身の前髪を押さえていた。


 「やっぱり、まだ顔は見せてくれないの?」


 力強く頷けば、美井はそれ以上詮索してこなかった。

 いつも通りカラッとした表情で、潔く身を引いている。


 「なんでかなあ……普通友達の顔って知りたくて仕方ないはずなのに、千穂ちゃんだったらなんでもいいやって思うんだよね」


 一字一句聞き逃さないように、美井の言葉に耳を傾ける。


 その言葉を、千穂はずっと誰かから言って貰いたかったのかもしれない。

 

 前髪越しの視界から、ジッと彼女の口元を眺めていた。


 「千穂ちゃんの中身が好きだから。顔なんてどうだって良いって思うのかも」

 

 視界がユラユラと揺れ始める。

 きっと美井は深く考えていない、思ったままに吐いた言葉。


 だからこそ、こんなにも胸に染み渡る。


 「こんなに優しい女の子、初めて会ったよ」


 前髪とマスクで顔が隠れていて本当に良かった。

 泣きそうに歪んでいる表情なんて、見られたく無い。

 演技のような綺麗な泣き顔ではないのだから。


 千穂だって、初めてだったのだ。

 こんな風に、自分の中身をしっかり見てもらえたのは。


 五十鈴南としてではなくて、五十鈴千穂として。

 同世代の女の子として、向き合ってもらえたのが初めてだった。


 だからこんなにも、美井に対して執着してしまっているのだ。


 「今度さ千穂ちゃんさえ良ければどこか遊びに行かない?」


 震える手でペンを握って、『考えとくね』と書いて渡す。


 本当は行きたくて堪らない。


 だけど、一目のある場所でこの姿でいれば間違いなく目立ってしまうだろう。

 考えると言っても、それが叶うことはないと分かっていた。


 五十鈴南の正体が千穂だと知れば、美井はどんな顔をするのだろう。

 受け入れてくれるだろうかという不安と同じくらい、期待もあった。


 ありのままの姿で美井の前に立ちたいと、そんな風に強く考えてしまっているのだ。

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