第16話
長丁場の握手会を終えて、ぐったりと疲弊しているラブミルのメンバーは事務所の一室へと集められていた。
本来であればそのまま帰る所を、マネージャーの運転する車でわざわざ連れてこられたのだ。
室内にはメンバーだけで、大人がいないのを良いことに、皆が不満そうに機嫌を悪くさせてしまっている。
「早く帰って彼氏に会いたいんだけど」
「声大きいよ、ここ事務所なんだから…聞かれちゃったら」
メンバーの1人に苦言を呈せば、その通りと思ったのか素直に小さな声で謝られる。
ラブミルのメンバーは決して仲が良いわけではないが、悪いわけでもない。
皆それぞれのスキルには尊敬しているし、三年以上一緒にいるのだから、それなりに情は湧いている。
売れない頃から切磋琢磨した仲間で、ビジネスパートナーとしては良い関係を築けているのだ。
「でもさ、うちら何で集められたの?ドッキリではないよね…?」
そもそも何故こうして集められたのか、誰も分かっていないのだ。
「ドッキリならこのペットボトルのラベルは外されてるよ。そもそも、テレビ局でやるはず」
「じゃあなんで…?私たち何かしたっけ…?」
今さっき問題発言をしていたばかりだろうと、コッソリと心の中で指摘をする。
しかし何度注意しても聞く耳を持ってもらえなかったため、もう諦めの領域に入ってしまっていた。
言い方は悪いが、バレてはいないため器用にやっている。せめてそれが救いだと、情けないことに目を瞑ってしまっているのだ。
それから5分もせずに、マネージャーが室内に現れる。
「ごめん、待たせたな」
マネージャーの後ろに可愛らしい女性が一人いることに気づいた。
見たことはないが、髪の質感や出立ちから一般人でないことは明らかだった。
皆の視線が、興味深そうに彼女に注がれる。マネージャーもそれを分かっているのか、メンバーをここに集めた要件をすぐに教えてくれた。
「握手会終わりに悪いな…ラブミルの新メンバーとして、彼女が入ることになった」
「は?」
露骨に戸惑いの声をあげたのは、リーダーの風香だった。
しかし声にはせずとも、他のメンバーだって同意見だ。
突然発表されて、何も感じない方がおかしい。
ここまで5人でラブミルは活動をして、実績を築き上げてきたのだ。
にもかかわらず突然そんな発表をされて、戸惑わない訳がないだろう。
「なんで…今まで5人でやってきて、人気だって十分あるのに…!」
「上が決めたことだから…ほら、挨拶して」
「
決して友好的ではない雰囲気だというのに、瑠美は全く気にしていない様子でニコニコと挨拶をしていた。
彼女の言葉に拍手を送ったのはマネージャーと、千穂を除けばもう一人のメンバーのみ。
「じゃあ、瑠美はもう行くぞ」
雰囲気から何かを感じ取ったのか、そそくさとマネージャーは瑠美を連れて部屋を出て行ってしまう。
いくら仕事とはいえ、アイドルなのだから相性というのは酷く重要だ。
友達にはなれなくても、表面上は親友のように取り繕わなければいけない。
無理をしてでも、仲の良いように接さなければいけないのだ。
再びメンバーだけになった室内で、メンバーの一人がぽつぽつと声をあげ始める。
「どう思う?」
「私あの子知ってる。元々地下アイドルであんまり評判良く無いよ」
「良くないって…?」
「上に取り入って、枕じみたことしてたって聞いたことある。関係者しか知らないだろうけど…」
十分立場のあるアイドルグループに、突如加入した新メンバー。
瑠美はとても可愛いのだから、ラブミルに良い風を吹かせてくれるかもしれない。
新規のファンを獲得するきっかけにもなるかもしれないし、新メンバー加入というだけで十分話題にもなるのだ。
「……あの子の前で、恋人の話はしない方がいいかもしれない」
千穂の声に、メンバー全員の視線が集まる。
「なんで?」
「私が、何で皆んなが彼氏いるのを黙ってるか分かる?」
「いや…」
「なんだかんだ、3年以上一緒にいるから。本当だったら彼氏がいるなんてアイドルにあるまじき行為、解雇とか休止にされてもおかしくないくらいだからね」
言い返す言葉が出ないのか、皆が押し黙っていた。
根は悪い子達ではないため、アイドルとして間違ったことをしているという罪悪感はきちんと持っているのだ。
「けど、あの子は私たちに何の情もない。何かあれば情報が売られるかもしれいないし、下手すれば最初からそのつもりかもしれない」
「なにそれ…」
「その可能性もあるってだけ。とにかく、今までみたいに彼氏の話を大っぴらにするのはやめて」
珍しくキツい言葉で諭す千穂に、メンバーが次々と頷き始める。
皆んな、ラブミルを守りたいと思っている。
だからこそ、急遽現れた新メンバーにも戸惑い、拒否反応を示してしまっているのだ。
一度話題が落ち着いたタイミングで、再びマネージャーが室内に戻ってくる。
今度は彼一人で、四谷瑠美の姿はなかった。
「マネージャー、どういうことですか。私たちだけでも十分やっていけるのに…!」
「上が決めたことなんだ。なんでか分かんないけど、急に四谷瑠美をラブミルに加入させるって…結構反対してる人もいたんだけど…」
「だからって…!」
「やめなって。マネージャーはそんな権限ないよ」
彼だって、結成当初からラブミルのマネージャーとしてここまで支えてきてくれた。
だからこそ、今回の大人の事情が絡んだ新メンバー加入に複雑な心境を抱いている。
所詮、マネージャーもアイドルも、会社の駒でしかない。
それを分かっているからこそ、ここにいる全員がやるせない表情を浮かべているのだ。
大きくため息が零れ落ちる。
何か、嫌なことが起きるのではないかとそんな気がしてならないのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます