第12話


 あれはデビューしてまもない頃に発売した生写真セットに封入されていた、限定写真。


 こちらは2周年記念にコラボカフェで販売された、南のデザインしたうさぎのぬいぐるみだ。


 五十鈴南の大ファンを名乗っているだけあって、如月美井の部屋はグッズで溢れていた。


 ブルーカラーを基調とした彼女の部屋は清潔感があるが、戸棚には五十鈴南のグッズが沢山並べられている。


 初めて訪れた美井の部屋は、彼女らしさで溢れていた。


 「……美味しかったなあ」


 先ほど持ってきてもらったオムライスは美井お手製のものらしく、卵が半熟でふわふわとしていて美味しかった。


 ケチャップライスはまったくべちゃべちゃしておらず、気づけば完食してしまっていたのだ。


 美井は料理が上手なようで、こんなに美味しい料理を毎日食べられる同室者を羨ましく思いながら、同時に苛立ちが込み上げる。


 「……見てなさいよ」


 そんな優しい女の子を、泣かせるまで傷つけた同室者は絶対に許せなかった。


 ちらりと時計を見やれば、時刻はまだ21時で就寝にはまだ早い。


 計画は、同室者が眠ってから決行される予定だ。


 長時間1人でいるのも飽きてきて、大きく伸びをしていれば、扉がガチャリと開いてから部屋の主人が入ってくる。


 「千穂ちゃん、一人で閉じ込めちゃってごめんね」


 当然その言葉に返事をできるわけもなく、首を横に振ることで意思表示をする。


 巻き込んでしまったことに罪悪感を抱いているのか、美井は申し訳なさそうに眉根を寄せてしまっていた。


 「言われた通り、ちゃんと伝えたよ」


 この計画を成功させるために、美井に頼んだことは酷くシンプルだ。


 度々桜川学園に現れる髪の長い女の幽霊。


 それは過去にいじめを苦に自殺した、ここの元在校生。


 加害者生徒を酷く恨んでいるため、校内でいじめが起こるといじめている生徒の前に現れて呪い殺す…といった、何ともありふれたガセネタだ。


 5分もあれば思いつきそうなホラを、同室者生徒に吹き込んでもらったのだ。

  

 「強がってたけど、結構怖がってたよ」


 ホラー映画を観れないほど怖がりなのであれば、このデマも簡単に信じ込むだろうと千穂は踏んでいた。


 予想通りデマに踊らされているようだし、あとは同室者が眠るのを待つだけだ。


 普通科の生徒は2人1組で部屋を使うと言っても、共同して使うのはリビングだけで、きちんと個人部屋が用意されている。


 プライベートが確保されているというのに、それでもここから逃げ出していた美井は、よっぽど同室者の言動が苦痛だったのだろう。


 「……咲とか、リリ奈…友達にも心配掛けたくなくてさ。同室者の子ね、結構教室でも浮いてて…」


 優しい美井は、更に同室者の子が嫌われないように庇っていたのだ。


 周囲からすれば何十倍にもなってやり返してやりたい所だが、優しい美井はそれを望まない。


 それがまた彼女の良さであり、魅力なのだ。


 「……美容師の夢ばかにされた時ね、言い返せなかったんだ……私の気持ち、見透かされてる気がして」


 今は、遮るよりも彼女の言葉を引き出す必要があると思ったのだ。


 文字を連ねずに、ジッと美井の声に耳を傾けていた。


 「実は、私美容師よりももっと…本当に叶えたい夢があって。すごく不安定な職種だから、美容師になるのは言わば保険なの。私のズルさを見抜かれてるみたいで…それに関しては言い返せなかった」


 体育座りをしている美井の足の指がギュッと丸め込まれたために、綺麗なペディキュアが見えなくなる。


 屋上ではずっとローファーを履いていたから、そこまでオシャレを仕込んでいたことを今初めて知った。


 体の隅までオシャレを欠かさない女の子らしさが、彼女らしいと思ってしまう。

 

 「私ね、お母さんとお父さんが本当に凄い人で……だから、周囲の人からの期待も結構あったんだ」


 少しずつ、美井の声が小さくなっていく。

 か細い声を聞き逃さないように、震える彼女の口の動きをジッと見つめていた。


 「……けど、私はお母さんほど綺麗じゃないし……お父さんほど頭も良くなくて。中途半端っていうか…だから、親がすごい人ってことを必死に隠そうとしてた。期待されるのが嫌で……もう一つの夢のことも、誰にも言ったことが無いんだ。どうせ無理だろって思われるのが嫌で」


 自分自身の柔らかい部分を、曝け出してくれている。


 言わば急所のような、自分の心の中で簡単には振れてほしくない所。


 些細な接触で傷ついてしまう箇所を、こちらに向けてくれているのだ。


 いつもの明るさとは打って変わって、彼女は酷く悔しげに涙を浮かべさせている。

 

 「私に自信がないのは、私のせいなの。私が……満足いく自分になれてないから」


 言葉の代わりに、そっと、頭を撫でてやる。

 

 何度も、優しく。視線を壁に映してから、安心させるように美井の髪を撫でていた。


 鼻を啜る音が聞こえて、それがより一層彼女の心情を表していた。


 「……悔しいなあ」


 本当に、美井は純粋なのだ。

 真っ直ぐで、優しすぎるからこそ、簡単に傷ついてしまう。


 だからこそ、優しいこの子を傷つけるものが許せなくて堪らない。

 美井を傷つける全ての者から守ってやりたいと、柄にもなく考えてしまっているのだ。

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