10匹目 死神と死神


「ぼすの、しご、と、ぼくが、しすたーに、おしえて、いたんです」


 フェイの言葉にロイはしばし驚いたようだっだが、戦いに巻き込まれてはいけないと玄関までフェイを引きずった。


「…やっぱり、そうだったんっすね」


 玄関に着くなり、フェイの体を左に向けさせながらロイは答えた。そして荷物から適当に布を出し傷口にあてた。


「あのボスが言ってたことは半分当たってたんっすね。ただ、情報を流していたのが俺達じゃなくてこの街の本物の死神っだった。貴方は警備の穴や、強盗達の計画を死神に教えそいつらを喰わせた。

 疑問だったんっすよ。貴方がなぜディースさんを見て『死神』だと思わなかったのか」


 彼のボスはディースの姿を見て『死神』と呼んだ、それもそのはず。大鎌を携え、浮世離れした白い髪と肌、不気味な眼帯をつけた右眼と生気の感じられない蒼い左眼。まさに絵に書いたような死神の像だ。

 それなのに、フェイはマリの無線を信じ、ディースとは別の『死神』が子供の家に向かっていることを信じたのだ。


 フェイは素直で愚直なまでに人を信じる所があるが、目の前のいかにもな『死神』よりも伝聞の『死神』を信じだのだ。


 彼はロイ達を信じたのだろうか。

 いや、それよりももっと可能性の高いのはー


「本物の『死神』の正体を知っていたからこそ、ディースさんを見ても『死神』とは思わなかったんすね」


 ロイがたどり着いた時にはすでにバケツをひっくり返したような血溜まりができていた。

 意識が朦朧としているのかフェイはぼっとこちらを見るだけで反応がなかった。


 ーー脇には気ぃつけろ。こっから先の腕を切られたらここを押さえりゃいいが、脇をやられたら止血しにくいからな。


 ロイは蟲狩りの局長からの教えを反芻する。

 肩ごと乱暴に腕をもがれており、脇を走る動脈ごと切られている。直接出血している場所を押さえる他に成す術がない。が、それだけでは助からないことは明白だった。


 両手で必死に止血するが、ドクドクと脈打ちながら血は流れ続けた。

 また、助けられない。

 ロイはぎゅっと下唇を噛み締めた。


「こども、たちを、たすけ、て」


 フェイは最期の力を振り絞り声をだし、何も語らなくなった。


 ロイは血の止まらない肩からゆっくりと手を離した。

 ここで悲しんでいたら誰も助からない。1人でも多くの命を救うためにはここで立ち止まっていられないのだ。溢れそうだった涙を拭い、立ち上がって二階へと続く階段へと向かった。


ー☆ー


 気づけば戦いは二階の通路へと移動していた。

 激しい戦いの音に子供達も流石に目覚め、何人かが廊下を覗こうと扉を開こうとした。その度にディースが開けるなと怒鳴りレインが子供達に近づくのを阻止した。


「貴方の仲間、教会の地下でモあったワ。貴方達、何モのナの?私達ト同じ人を殺さナイとお腹スいちゃウの?」

「ああ、そうだ」

「じゃア、私達は仲間なのニ、何故邪魔してクるの」

「蟲の空腹は蟲を喰うことでも満たせる。だから俺はお前を喰う」


 蟲との戦いに慣れていないレインに対し、ドア一枚隔てた先に子供達を庇いながらディース。2人の戦いは拮抗していた。


「それにシても、面白イ鎌ね。影から沢山出て手を離すト消えルなんて」


 レインはディースが手に持っている鎌を指さした。


「こいつは寄生蟲が具現化した姿だ」

「寄生蟲?具現化?」

「人は寄生蟲に憑かれることによって蟲になる。寄生蟲は普段見えないし触れもしない。だが、蟲が人を殺す喰う時に素手じゃ限界が来る。ある程度の人を殺した喰った蟲は寄生蟲を具現化し更に効率よく人を喰えるようになる」

「私はできないワよ?」

「出来るやつと出来ないやついるからな。お前には才能がなかったんだろ」

「何ソレ、ズルいわね」


 嬉しそうに笑いながら、レインはディースの鎌を避けた。


「死ぬ前にお前が一体何になったのか知りたいだろ。それにお前は具現化できるようになる前に死ぬ」


 なるほど、だから蟲についてめんどくさそうにしながらも説明してくれているのか。なんて律儀な青年なんだろう。

 最初は消えたり現れたりする大鎌に苦戦していたレインだったが、ディースを見ている限り自分の影からしかその「具現化した武器」とやらを取り出せないらしい。なので、そこさえ見ていれば急な大鎌の出現にも反応できるし脅威に感じるほどのものはないように感じた。

 だが煩わしいのも事実だった。


「こうしまショウ!」


 レインはパッと顔を輝かせながら言った。


「イマこコニいる子供タチノ半分ヲ、あなタにアゲマス。ダカラ、ココは見逃シテモラエないかシラ?」


 ディースは無言で大鎌をレインに足元スレスレに投げた。レインが飛んで避けた瞬間、鎌はその形を無くし、溶けて黒い影となった。同時にディースは自らの影から大鎌を取り出しレインの着地地点の床を鎌で叩き割った。

 ボロボロの木製でできた床はあっけなく崩れて、一階のリビングに2人は着地した。


「変ナ人、怒ってイルノ?」

「黙れ」


 ディースはドスの聞いた声で言うと、地面を蹴りレインに近づく。レインはあっさりとそれを避けた。


「攻撃がサッキヨリ単調ニナッてるわね。ヤッパリ怒っテルノ? 人ヲ餌ではナく、人ト思っテルなんテ見タ目ト違ッテ優しイ人ナノネ」


 レインはくすくす笑いながら、真っ直ぐ向かってきたディースに向けて突風を放った。冷静なら避けられたであろうがまともにくらい弾き飛ばされてしまう。レインはすぐさまディースの腕をミシミシと音を立てて捻り上げた。


「だカラ、死んジャウの」


 思わず声が出た。ゆっくりと腕の骨が「ひび」割れていくが、その「ひび」は蟲の回復力ですぐ治ってしまう。ゆえに永遠に折れず、その痛みが続いていた。


「アナタハ、傷ノナオリガ早イノネ」


 レインは地下でマリと対面した時のことを思い出した。

 たしか、マリは風で吹き飛ばした時も頭を打ってしばらく血を流していた。それと比べると骨がゆっくりと折られていくそばから治るディースは回復が早い気がした。


 ーーあんた無理に突っ込んでいく癖治しなよ。


 ふとマリが昼間言っていた言葉を思い出した。

 的を得ているからこそ腹立たしかった。

 表情が乏しいからよく勘違いされるが、感情の起伏は激しくそれに振り回されることは往々にあった。戦いに於いてそれは間違いなく短所であり、自覚もしていた。しかし性格なんぞは一朝一夕で直るようなものでもない。


 ディースは覚悟を決め、一度歯軋りすると床にできた己の顔の影から鎌の柄を出した。


「ナニスル気?」


 動かないようにディースの締め上げていない方の腕を足で踏み潰しながらレインは言った。彼はそれでもお構いなしに口で柄を噛むとそれを思いっきり引っ張る。影から出てきたのは片手サイズの鎌だった。鎌の刃は天井を向き、影から出てくる。そして刃の先にあったのは捻り上げられている腕の根本。


「ーっ!!」


 柄を噛んでいたので情けない声は出なかった。

 自分の鎌で自分の腕を切り落とし、レインからの拘束から逃れると、呆けているレインを蹴飛ばした。


 口から手へと鎌を移し、よろけるレインの首目掛けて斬りつけようとした。


「ビックリシタ。危ナイジャナイ」


 咄嗟に手で首を守り皮一枚切れただけで致命傷には至らなかった。


「デモ、貴方ノ方ガ重症ネ」


 ディースは落ちている腕を拾い、それをさっきまでくっついていた傷口に無理やり合わせた。レインはディースの行為に思わず顔をしかめた。

 切り落とされた部位がくっつくなんて今までなかった。自分でも試しでやったことはあるが、蟲でも流石にそれは無理なのを知っている。


「ソレ、クッツクワケナイジャナイ」

「いや、これぐらいしか取り柄がないからな」


 ディースは自嘲する。

 ディースが抑えている手を離すと、切り落とされたはずの腕は落ちずにくっついていた。確かめる様に手を握る。


「驚イタ。本当ニ回復力ガ高イノネ、凄イワ。デモソレダケ。特別強イ訳ジャナイ。貴方相手ナラ私デモ勝テソウダワ」


 そう特別強い訳じゃない。むしろディースは弱い。


 蟲は人外的な身体能力と回復力。さらに特別な力を持つとされている。レインならば風を操る力。サソリならば毒を有する力。マリならば傷を移す力。その力を自覚していない者もいるが、人を喰らっているうちに誰しもがいずれかはその力を自覚するものなのである。


 だが、この青年には自分の力が何なのかわからなかった。


 焦る気持ちとは裏腹にいくら喰らえどもその力は一向に顕現しなかった。

 あるのは他の蟲達と同じ程の身体能力と、寄生蟲を具現化できる力と他よりも気持ち高い回復力。死神などと仲間内からも呼ばれているが、その由来はこうだ。


 ーーあいつと組むと足を引っ張られて死ぬぞ。


 そんなことないっす、とロイは言うがディースは言い返せなかった。出来損ないと一番よくわかってるのは本人だった。


『ディースさん!避難終わりましたっす!』


 無線から聞き馴染みの声がした。考え事をしている場合じゃない。

 一階で戦っている間にロイが二階の子供達を外へ避難させたのだ。これで思う存分戦うことができる。


 ディースはリビングの机の上に置いてあった蝋燭を小さな鎌を投げつけ倒した。ぼっと燃え広がる炎にレインは眩しそうに目を細める。


「火ジャ私ヲ殺セナイワヨ。ソレトモ、建物ゴト私ヲ埋メル気?」

「いや」


 ディースはゆっくりと鎌を構えながら動く。それに合わせてレインも間合いを取り、互い瞬きもせず様子を伺う。ディースが炎を背にした時に事は動いた。


 両足で地面を蹴り、真っ直ぐレインは向かう。レインは警戒しつつ腕を上げ突風で突き飛ばそうとした。


 ーーガギィ


 奇妙な音がした。風と大鎌が重なり合い火花を散らした。刃物と刃物を合わせた様な音が響く。


 ーー弱いことは知ってる。

 だからこそ負けられないのだ。

 だからこそ勝って喰わねばならぬのだ。


 勝って、蟲を喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って。


 最後にはを殺さなければならないのだから。


「ーっ!?」


 ディースの鎌が砕けると共に風が切られ、レインは今まで以上に驚いてみせた。まさか全力で抉りに行った風が押し負けるとは思わず、後ろへと後退を余儀なくされる。一歩後ずさった時だ。何かが足に引っかかり、不意をつかれバランスを崩し尻餅をついた。


 ーー自分の影からしかその「具現化した武器」とやらを取り出せないらしい。


 先程自分の中で至った結論を思い返した。

 ディースの影は蝋燭の光を受け、レインを越えて長く床へと伸びている。レインの後方に鎌を具現化し、それに躓いた。

 何が起こったか理解する時にはすでにディースは影から伸びた鎌を掴み、それを思いっきり上へと引き抜いた。


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアア」


 とても人間とは思えない金切り声が喉から溢れてだ。何とか身を捩ったが、肩から腰あたりまでの右半身はほぼもっていかれた。次の一振りで絶命するだろう。


 いつだってこうだ。

 私が助けて欲しい時には誰も助けてくれない。

 いつだってこうだ。

 救いはみな平等に与えられるものではない。


 視界の端で鎌がギラリと光る。


 ーー私がもっと強くならなくちゃ。

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