5匹目 蟲


 警備の説明をしてくれた男はトカゲと同じ様な体格で同じ様にこちらを睨みつけてきた。

 淡々と説明を終え、最後にトランシーバーを渡すと3人で引きずってきたトカゲを独りで担ぎ上げどこかへ消えて行った。


「さて、どこの部屋っすかね」


ロイはそう言いながら腕をまくる。


「たぶん、ロイさんの担当はー」

「違う違う。お目当の部屋っすよ」

「え、でもさすがにバレちゃいますよ」

「ここまできて、引き下がるわけにもいかないんっすよ」


 小声でフェイとやりとりしながらロイはゴソゴソとビー玉サイズの鉄の球体を何個か取り出す。何個かはディースに渡した。


「とりあえず、怪しまれるんで一旦持ち場には行きますけど、これは『動画撮り溜めくん』と言って監視カメラの映像切り替えができるんっす。これ使ってあとは現場を探す作戦っす。

これならバレることなんてないと思うので、フェイさん安心して仕事しててくださいっす」

「そ、そんなことできるんですか。それにその、ネーミングセンス…」

「ネーミングセンスの無さについては同感っすけど、俺達の技術班はすっごいんっすよ」


 誇らしげにロイは球体をコロコロと手の中で転がす。ただの新聞記者がそんな物持っているわけないのだが、それでもまだフェイは疑おうとしない。


 担当の場所に着くとすぐに『動画くん』を投げた。『動画くん』は折りたたまれていた羽を広げ虫のように監視カメラへと飛んで張り付いた。

 しばらく2人は監視カメラの前で警備しているフリをする。それを『動画くん』が録画し一定時間になると、監視カメラへと接続を始め先程までの映像ー2人が警備している映像を流し始めた。『動画くん』が緑色になり、監視カメラに接続したのを確認すると2人はすぐに、屋敷内を探索し始めた。


 廊下の監視カメラは『動画くん』で対処し、向かう途中はロイの地獄耳により人とハチ合わすことは楽に回避できた。こうして屋敷内を1時間ほど探索し、たどり着いたのは最上階の角部屋だった。


 警備もおらず、監視カメラもついていないので誰も使っていないのだろう。死体があった部屋なんて誰も使いたがらないので当然だ。


「きっとここっすね」


 真新しい扉がついており、その鍵をピッキングで開けるとロイはウキウキしながら扉を開けた。


 中は一言で言うと大惨事である。

 掃除は一通りしたのだろうが、壁や床、天井にまで抉られたような傷があり、その修復は為されていなかった。また家具も全壊しており、諦めて放置さているような状況だった。


「やっぱり死神の殺害方法と一致しますね」


 ロイは懐から写真を数枚取り出す。写真には血溜まりと今いる部屋と同じ鎌か何かで削られた様な跡が多数にあった。


「写真のよりもこっちの部屋の方が傷跡が多いな」


 ディースは写真を見て言った。

 写真の現場では死体は細切れの状態で発見されたらしい。傷跡が多いこちらの現場ではきっとミキサーにかけられた様に限界をとどめていなかったに違いない。


「力を制御できなかったんっすかね。あるいはバーンズに強い恨みがあったか…」

「それに窓に鉄格子があったらしいな。これじゃ、窓からの侵入は無理だ」


 ディースは窓に近寄り、その縁を覗き込んだ。

 新しい窓ガラスが埋め込まれていたが、その下にはボロボロになった鉄格子が置かれていた。切れてはいないようだが、ひしゃげて使い物にならない。


「あ、やっぱりっすか。実はこの屋敷の窓ほとんどに変な跡あってなんかもともとなんか埋め込んでたのかなあって思ったら鉄格子はめてたんっすね」


 ロイは顎に手を当て考え込む。


「となるとっすよ、ドアから侵入して誰にもバレず3階まで来るか、」


「被害者に招かれたのか」


 自分達のものではない声にロイ達はびっくと体を震わす。

 バッと後ろを振り返ると、タバコに火をつけたトラが壁にもたれかかっていた。ドアの外には生まれたての小鹿のように足を震わせているフェイがいた。


「爪が甘いねぇ。そのトランシーバー、盗聴器入ってんだわ」


 トラはフェイの首根っこを掴むと、乱暴に部屋へと連れ込んだ。フェイは勢い余って前のめりで転んでしまう。


「そうか、俺らのこと嗅ぎ回ってたのはお前らだったのか。どこの島のモンかと思ったら乳臭いガキ供とは思わなかったぜ」

「泳がされたってわけっすね、俺達」

「まあ、見事にかかってくれて呆気なかったな」


 トラは泣きじゃくるフェイの上に跨り、彼の顔の近くでタバコの火を消した。


「さて、お前ら一体何もんだ」


 ロイは生唾を飲んだ。

 目線をディースに送ると、彼が静かに手を影へと伸ばすのが見えた。


「おっと、待て。変なことすればフェイがどうなるかわかってんのか。こいつ弱虫だからなぁ。きっともたねぇだろうな」


 トラはすかさずフェイの右腕を踏みつけ、手の平を床につかせた。そして親指をぐいっと天井へそしてそのまま、


 ーゴギッ


「ああああああああああ!!」


 フェイが叫び声を上げる。今まで感じたことがない痛みに頭が真っ白になる。バタバタと手足を動かそうとするがトラは全く動く気配がなかった。


 ロイは顔を真っ青にしながら、その声を聞いていた。反撃しようにも、少しでも動いたらまたフェイの指が折られる。いや最悪、指だけでは済まないかもしれない。

 必死に頭を動かしていたが、隣で微かに鼻で笑う音が聞こえた。


「おいおいおい、聞いてたか?ディースくんよ」


 薄ら笑いを浮かべる青年にトラも驚いているようだった。


「俺らが、そいつの犠牲を気にかけるとでも思ったのか」


 ディースの言葉にトラは「あ?」と返す。

 トラの手がゆっくりとフェイの人指し指に近づき、フェイはいやいやと顔を振るわせた。


「お前こそ爪が甘いな」


 次の瞬間、ディースの影から黒い柄が出てくる。それを掴み、一気にトラへと近づく。


「こりゃまさに死神だな」


 トラは彼の姿を見て口角を上げぽつりと呟いた。


 柄の先には綺麗な曲線を描いた黒塗りの刃があった。それは死神が持つに相応しい大振りの鎌。


 ボスは驚きはしたものの、フェイの上からは退く気配はなかった。刃がトラの首へと届きかけたが、上から影が落ちると同時に刃物と刃物が重なる音が響く。


「失礼な客人ですねぇ」


 そう言ったのはいつの間にか現れた白服の男だった。

 ニコニコと口元と目元は緩んでいるが、一重の奥の瞳はどこか陰っており男が心の奥底から笑ってるわけでないのは一目瞭然だった。

 彼には長い深紅の尾が生えており、その先にディースの鎌を弾いた大きな針を携えていた。ゆらゆら揺れる尻尾は作り物ではなく、血が通った本物だとすぐにわかった。


「蟲か」


 ディースは忌々しそうに呟いた。


「まずはご挨拶しましょう。私はサソリといいます。以後、お見知りおきを。貴方方はー」


 サソリの言葉を最後まで聞かず、ディースは斬りかかる。しかし、飄々と白服の男はそれを避けにやりとした。


「全く、躾ってものがなってないですねぇ」


 サソリとディースは傷だらけの部屋に更に傷をつけて走り回る。

 トラが2人の戦いに気を取られている隙にロイは体当たりで、その体をフェイの上から退かした。


「フェイさん、大丈夫っすか?」


 フェイを起き上がらせ、部屋の外へと逃げた。

 右の親指は腫れ上がり痛みはまだあるのだろうが、目の前で起きていることに呆然としているようだった。


「あ、あの人は…」


 フェイがぽつりと呟くと、隣で大きく笑う声がした。

 トラも部屋の中にいたら巻き込まれると、後から部屋の外へ出てきたらしい。彼が声を上げて笑ってるのだ。タバコに火をつけながら、ロイを見据えて言った。


「やっぱり、新聞で言ってたあの死神様っいうのは人間じゃなかったか。お前らも化け物を飼っているんだなぁ」

「か、飼ってるだなんて、蟲達を…ディースさんをそんな風に言うなっす」

「へえ、こいつら蟲っていうのか」


 ロイはトラを睨みつけた。


「サソリも最初は普通の人間だったんだがな。段々と仕事以外の殺しも増えてきてなぁ」


 普通の人間、とは言ったが話の内容から元からサソリはこの組織で手を血に染めていたのだろう。

 トラは懐かしそうに目を細める。


「手に負えないとわかって処分しおうとしたが、なんせあの回復力と人間離れした動きだ。それにあの尻尾。20人いた俺達はあっさりと返り討ちになった。俺もあの時死ぬ覚悟をしたんだがー」


『私からこの仕事を取らないでください』


 サソリはいつもの丁寧な口調でそう言った。

 サソリの手には泡を吐いて息絶えた部下の頭がある。頷くしかなかった。何者かわからなくても、そばに置いておくしかなかった。


「それにあいつはどんな守りの硬い奴でも仕事してくれた。使いこなせばいい駒になってな。

それに死体を残すなんて馬鹿なマネはしない。とても賢い化け物道具だ」


 さて、とトラは何事もないように拳銃を取り出した。流れるような動作にロイは反応できず、銃口を見つめ返した。


「で、どこの回しもんだ。俺らの商売邪魔しやがって」

「商売の邪魔…?」

「とぼけんな。俺らの商売だよ。なあ、フェイ。強盗達相手に売ってた情報をまさか死神に売るとはなぁ」

「…へ?死神に情報を売る?」


 はっとしてロイは思わず視線をフェイにやる。

 フェイは咄嗟に顔を背けたが、明らかに動揺しているようだった。


「そうか、警備の仕事ならその家や店に強盗を招き入れることができる…」

「そう、警備の金も入り、強盗達からも金が入る一石二鳥の商売だ。

まあ、俺達が警備会社としての信用を無くさないようにするのは大変だったがな。金払いの悪い強盗達を裏切って警察に差し出したり、盗まれたことに気づかれないよう模造品を用意したり」

「だけど、それを死神に邪魔されたんっすね」

「そう、そうだ。あのクソ死神の野郎が強盗達を殺しまくるんで、俺達は強盗相手に信用をなくなっちまった。更には俺らが死神を飼ってるんじゃないかと噂までたった」


 トラは話しながら苛立ちを思い出したのか歯軋りが止まらない。


「で? お前らはどうして俺らの邪魔をする? いったいお前ら誰なんだ」


 フェイとは今日初めて会っているので、フェイが裏切り者だというのはトラの思い込みだがディースの姿を見て、それを連れてきたフェイを疑うのは当たり前だ。

 誤解を解くことはできない。もう彼らー子供の家の子らがこの街で安全に生きていくことはできなくなってしまった。

 悪いことをしてしまったな、とロイはフェイを庇うように前にでた。


「俺らはが誰だって…? 俺らは正義の味方っす」

「…はははは! ガキだなぁ。まあ、いいさ。お前に聞かなくてもフェイやあの白いやつにでも聞くさ」


 ロイの言葉に一瞬間の抜けた顔をするがすぐに笑い出し戯言を言う少年の眉間に銃口をむけた。その引き金を引こうとした瞬間だった。


「ぐっ」


 部屋から呻き声が聞こえた。


「ディースさん!」


 部屋の中に視線をやると、ディースが部屋で蹲っていた。サソリが彼の目の前で小馬鹿にしたように尻尾を揺らす。


「やはり同じ化け物同士、回復力が高いのか効果が出るのは遅かったですが、きちんと毒はきくようですねぇ」


 ディースが目線を上げると、目の前に大きな針があった。針は近くで見れば濡れており、これが毒であったのだろう。

 深く傷をつけられることはなかったがかすり傷はもらっていたのでそれで毒が入ったのだ。


「それに貴方の攻撃はその鎌を振り回すワンパターン。見切るのは簡単だし、貴方とっても弱いのですねぇ」


 ディースはその言葉を聴くと怒りで目を見開いた。

 持っていた大鎌をサソリに向かって振り、サソリはそれをスキップでもするように大鎌の間合いから離れる。しかし、ディースは彼に向かって大鎌をぶん投げた。


 予想外の表情をしながらもサソリはジャンプしてその鎌を避ける。


「武器を手放すなんて、馬鹿なんですかねぇ」


 留めだと尻尾をディースに向け勢いよく伸ばす。

 針が胸に届きそうな瞬間、ディースは腕を下から上へと振り上げた。


「なっ!?」


 いつの間にかディースの手の中には先程投げたはずの大鎌が握られていた。

驚きと同時に熱い痛みが身体中を走り回る。

着地もうまくいかず床へと転がり落ちると、目の前には先程まで自分にくっついていた赤い尻尾が落ちていた。


「貴様っ、よくも、よくも私の尻尾を」


 痛みで息も絶え絶えになりながら、サソリは唸りながら言う。

 一方のディースも毒が全身に回っているのか苦しそうだった。


「殺してやるっ!! 殺してるっ!! 私の毒で苦しめるだけではない!! 指を一本一本引キちぎってやるっ! 腕モ! 足も! 全テ引きチギッテてヤル! ソシて、ソシテーー」


 サソリが言葉を紡がなくなった。

 目線が宙を彷徨い、口がパクパクと痙攣したように震えている。


 ディースは留めを刺そうと思ったが、腕が上がらない。息をするのも苦しくなってきた。


「オナカ、スイタ」


 ガバッとサソリは起き上がると、一目散に部屋の外、トラの元へと向かった。

 一瞬の出来事にトラも対応できなかったのだろう。

気がついた時にはサソリの腕が深々とその胸に刺さっていた。


「お、まえ」

「イタダキマス」


ーザシュ


 腕を勢いよく抜くと、血飛沫があたり一面を赤くした。自分が仕えていた男の心臓を手に取りながらサソリは満足そうに笑う。そしてサソリは顔を上げその心臓を丸呑みにしようと口を開いたが、乾いた音が廊下に響く。


 戦闘の音でさすがに異変に気がついた屋敷の警備員達が集まってきていた。そして、血塗れのボスと心臓を丸呑みしようとしている男を見て彼らは銃を撃ったのだ。


 この世のものとは思えない光景に手が震えていたのだろう。弾はサソリの致命傷になりうる場所には当たらなかった。


 サソリは手に持っていた心臓を手放すと、男達に向かって走り出す。男達も怯えたように銃を乱射するが、弾は当たらない。そしてー


「フェイさん、こっち来るっす!」


ロイは地獄絵図を見て腰を抜かしたフェイを引っ張り部屋の中へと入る。鍵をしめ、慌ててディースの元へと駆け寄る。


「解毒剤なんてないっすから、細胞活性剤で我慢してくださいね」


 ロイは荷物から小さい注射器を出すと、それをディースの腕に刺し中身を注入した。


「これで蟲の回復力が高くなって、毒を抑えてくれるはずっす…とにかくマリさんに連絡を…」

「な、なんだったんですか、今の」


 ロイは今度は荷物から小さなイヤホンを取り出し、それを右耳にはめていた。

 フェイの質問にロイは少し考え込んだ。


「彼らは蟲って呼ばれる力を持った人なんっすよ。でも、その力の代償っていうか、なんていうか彼らはその『お腹が空く』んっす」

「『お腹が空く』?」

「はい。俺は蟲じゃないからその感覚わかんないっすけど、空腹に近いらいっす。その、あの、はっきりと言うならば『殺人衝動』っす」

「さつじ…え?」


 フェイはロイの目を見る。真剣な彼の目は嘘を言っているようには見えなかった。


「蟲は特別な能力が使える代わりに、どうしても人を殺さないと生きていけないんっすよ。

人の血肉を口にしなくても命を奪えれば欲は満たされるらしいっすけど、大きな傷や能力を使い過ぎるとその『空腹』が強まってさっきみたいに食べたくなる時もあるらしいっす」

「この、人も、やっぱり、蟲なんですか?」


 フェイは恐る恐るディースを指差す。今は気を失っているようだが、先程のサソリの姿がちらついた。


「そうっす。ディースさんも蟲っす。でも、蟲達を専門に狩る蟲。蟲狩りなんっすよ」


 そういうと、フェイの瞳が揺らいだ。

 ロイが何かと口を開こうとした時、やっと耳からマリと通信が繋がる音がした。


「マリさん!大変っす!ディースさんが動かなくて」

『そのバカ連れて今から『子供の家』に行きなさい!』


 イヤホンをつけていないフェイにも届く程の声の大きさだった。ロイは慌てて耳からイヤホンを外すが、右耳はしばらく聞こえそうにない。


「な、なにがあったんすか」


『死神が出たわ!』

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