4匹目 ボス
殺された地主ーガスパー・バーンズは裏でとある組織と手を組んでいた。それはフォーグで最も大きいと言われるマフィアだ。
警察にも影響力があり、圧倒的力を持つ組織には殺人を生業としてる者は勿論いるだろう。今回騒がれている死神の正体は組織の一員ではないかと囁かれている。死神様なんぞに比べたら現実味のある話ではある。
情報収集が上手くいかなかったのもそれのせいである。誰も組織のことを口にしたがらなかったのだ。
「なので、これが唯一の希望だと思ってくださいっす。ディースさん」
夕暮れ時。
彼らは物々しい建物の前にいた。街でよく見られる赤い煉瓦に特殊な鉱石を混ぜて黒くした高級な煉瓦をふんだんに使った建物で、広さは街1番と言って差し支えないだろう。
流石に組織の本拠地を大通りに置くわけにはいかなかったらしく、街の東、少し大通りから離れた場所にあった。
ロイはふと先ほどのフェイとのやり取りを思い出した。
「さっきも言った通りバーンズの家というか屋敷は今、別の方々が使ってるんです」
バーンズと仲の良かったマフィアのことだ。これのお陰で殺害現場に行けなかったのだから。
「だから、そこに行く理由が皆さんには必要なんです……そうですね、僕が仕事を紹介したことにでもしておきましょうか」
しばし考え込んでからフェイがそんなことを言った。「ん?」と思わずロイは聞き返してしまう。
「あのーフェイさんは、そいつらとどんな関わりがあるんっすか?」
「あの、そうですね。そこで働かせてもらってます」
フェイはもごもごと答えた。
それを聞いた3人とも驚いた顔をする。彼がマフィアの一味と聞いて驚かずにはいられないだろう。先ほどの人の信じやすさと言い、素直になんでもしゃべる姿と言い、裏の世界とは全くの無縁に思える。
「そのいろいろなご縁があって目をかけていただいてて…お給料もたくさんくれますし、それに僕達だけで生きていけてるのはあの人達の力のお陰でもありますし」
金だけでなく多少の援助をしてもらっているのか。通りで街の大人達は子供達で暮らしてることに何も言わないわけだ。
組織にとってこの人を騙せなさそうないかにも純粋に見える少年は使いどころを選べばいい駒になるだろうし、金をちらつかせれば有無も言えぬ所も孤児で尻尾切りに最適な所も買われてるのだろう。
なんともかわいそうなことだと思わず哀れんだ目をしてしまった。
「と、とにかく、仕事を紹介するって言えば通してくれるはずです。ただ見たい部屋を観れるとは思えませんけど」
「いや、屋敷に行けたら、そこから先は俺らでなんとかするっす」
とは言ったものの、途方もなく大きい屋敷を見てロイはため息をついた。
「これじゃ、現場探すのも大変っすね」
隣にいるディースも少し眉をしかめながら屋敷を見ている。今回はマリは置いてきた。フェイ曰く彼らは女に仕事は任せないのだそうだ。
フェイとの待ち合わせはこの屋敷の前で約束の時間より少し早めに着いた。門番はいないが監視カメラが設置されており、長い時間居座れば怪しまれるだろう。
早いところ来て欲しいところだったが、フェイは少し遅れてきた。
「ごめんなさい。子供達が中々離してくれなくて」
息を切らして言うフェイは頭を下げた。
「そういえば、子供達って何人いるんっすか?」
「僕入れて10人です」
「お、多いっすね」
「昼間に僕が連れてきた5人は家で家事とかをやってくれてて、僕を含めた他の5人は仕事をやってるので普段昼間に家にいないんですよ」
息を整えて、フェイは屋敷に向かいながら答えた。
今日はたまたま仕事が早く終わったので帰ってきたところ、ちょうど買い物終わりの5人と会い一緒に帰ってきたのだと言う。
「フェイ、そいつら誰だ?」
屋敷の門を抜けドアを開けたところ、目の前に男が立っていた。屈強な体を黒いスーツで覆ったその姿はまさにと言った感じだ。
「友達です。仕事を紹介してほしいんです」
「ほう、友達なんていたのか?」
がはははと豪快に笑う男にフェイは「僕にだっていますよー」と少しぎこちない笑顔を返してる。本当に嘘をつけない少年なのだなと後ろで待機していた2人は内心ひやひやしていた。
男は入れと言いながら長い廊下を進み始めた。
「長い時間外で待ってるから怪しいやつらだと思ってたけど、まさかフェイの知り合いとはな。危うく締め上げる所だったぜ。まあ、最近はウチも大忙しなんでトラのオヤジも仕事紹介してくれると思うぜ」
男はトカゲと呼んでくれと言った。明らかに偽名だが気にしないことにした。
ちらちらとこちらを見る視線には明らかに警戒が含まれていたが、フェイと背丈が変わらない子供と線の細い青年2人なら大した問題は起こせないという判断でここまで通してくれているのだろう。
長い廊下を通り屋敷の二階へ進むとやけに大きい扉があった。開けるとパーティーなんかができそうな広い広間があった。
「トラのオヤジ! 失礼します。フェイが友達を連れてきましたよ」
「あ、あの、ご無沙汰してます」
中央に立派な木製の机とそこに足を乗せてタバコを吸っている男の姿が目に入った。スーツをだらしなく着崩し、力なく椅子に座っていても威厳が感じらる。短く切り揃えられた黒髪の中に混じった白髪とサングラスの奥の鋭い瞳が貫禄を醸し出す。
きっとここのボスだろう。トラと呼ばれているがこちらも明らかに偽名だ。
「おう、久しぶりだな」
「あ、あの実は友達に仕事を紹介してほしくて」
トラの声は意外にも落ち着いたものだった。
「いいぜ。紹介してやる。警備の仕事でいいか」
「も、もちろんっす…です」
話が何も言わずとも進んでいくのにロイは驚いた。フェイの紹介というだけで、こんなにも上手くいくものなのだろうか。少し警戒心が足りないような気もする。
「じゃあ、フェイと同じとこが」
「なぁ、待ってくれ」
ディースがボスを遮り声を出す。
敬語もつけない話し方にトカゲは怒りを露わにし、ロイも小突くが本人は気にせずにそのまま話す。
「ここの警備はやらしてくれないか?」
「あ?」
仕事がほしくてやってきた若造がタメ口で仕事を選ぼうとしてる姿にトカゲが思わず不満の声を漏らした。
「おい、坊主。ここの警備は俺らがきちんとやってんだ。必要ねぇよ。お前は黙ってトラのオヤジの指示通りにしろ」
「まあまあトカゲ。そんな怒るな」
トラはふうとタバコの煙を吐きながらディースを見据えた。
「なあ、白い兄ちゃん。ここにはそこのトカゲみたいのがたくさんいるんだ。それでもここの守りが不十分だって言いたいのか?」
「ああ」
「そりゃまたなんで」
「こいつら弱いからな」
「ああ?」
我慢できなくなったトカゲはディースの胸ぐらを掴み、気の弱い人なら失禁してしまいそうなほど睨みつけた。
ディースは動揺一つ見せずその目をしっかりと見据える。何も伺えない瞳にトカゲは更にイライラを募らせた。
「フェイの友達だかなんだか知らねぇが、俺らのこと馬鹿にうお!」
ディースがトカゲの手を掴んだかと思った瞬間、横へと受け流されそのまま転がされたのだ。
油断していたトカゲは驚きで目を見開いていたが一瞬で顔を真っ赤にした。
トカゲは腰を低くしたままディースにつかみかかるが、それもディースに受け流されてしまう。
「避けるんじゃねぇぞ」
またディースに掴みかかろうとするが全て軽く流されてしまい、トカゲは息を切らした。
ロイは心配そうにトラの方をちらりと見ると楽しそうに2人を眺めており止める気配はなさそうだ。ちなみにフェイは隣で顔を青くしながらオロオロしている。
「弱虫で攻撃できねぇのか!」
トカゲの一言にディースはぴくりと眉を動かす。
そして、トカゲの腕を流しつつ懐に入り、掌底を叩き込んだ。
予想以上に強い衝撃にトカゲはなす術もなく意識を手放した。
「ほお、お前強いんだな」
トラは伸びているトカゲを見ながら興味深そうに呟いた。
「白い兄ちゃん、名前、なんて言うんだ?」
「ディース」
「それだけか?ラストネームは」
「ない」
「ふーん。そっちのチビ助は?」
「ろ、ロイっす。ロイ・パーカーです」
「ディースとロイな。わかった。お前らにはこの屋敷の警備についてもらう。詳しいことについては後で他のやつからきけ。それとフェイ、お前は今日はこいつらと屋敷の警護につけ」
「え? わ、わかりました」
トラは戸惑うフェイに追い討ちをかけるように顔を近づけ、小声で続ける。
「お前の紹介だ。もし、あの2人が怪しい動きを少しでもしたら、わかってんだろうな」
「あ、いや、で、でも」
「わかってんだろうな」
可哀想に。無言で何度も頷く姿は壊れた首振り人形のようだった。
「部屋でたらすぐそこにいるやつに適当に仕事の説明をしてもらえ。以上だ」
机に戻り、入ってきたときと同じような姿勢でタバコを吸い始めたトラは早く行けと手をひらひらさせ、ついでのように言った。
「ああ、それとトカゲも持っててくれ」
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