2匹目 フォーグ

 日が昇った街は夜と一変して賑やかになる。

 ここフォーグはもともと煉瓦造りを基調とした街並みが美しく観光地として有名であったため、静かさとは無縁であったのだ。


 そんな街の大通りに面した洒落たBGMのかかっている喫茶店に彼らは居た。


「もう、この街に来てから1週間になるっすね」


 そう言いながら10代前半ぐらいの茶髪の少年はテーブルの上に乱雑に広げられた新聞の見出しの「止まない死神の裁き!34人目の犠牲者」と書かれた文字をトントンと指差す。


「なのに肝心のこいつだけは一向に見つからないっすね」

「まあ、そんなに焦ることないわ、ロイ」


 ロイと呼ばれた少年が目を白黒させる一方で、向かい側に座る黒髪の少女が諭すように言った。


 10代半ばから後半ぐらいの少女は、少し大人びた顔をしており癖のついた肩ぐらいまでの髪が小さい顔を更に小さく見せていた。

 すらりとした手足を持ち、大きくくりっとした青い瞳はまるでお人形みたいだ。少しカジュアルなワンピースを着た少女は清楚そのものもで、マグカップを優雅に取り紅茶の匂いを満喫している姿は絵になる。


「でも、マリさん。今回はただの任務じゃないんっすよ」


 ロイの言葉にマリと呼ばれた少女はため息混じり呟く。


「上も上でなに考えてるのかねぇ、こんな新人へっぽこ3人組を組ませるなんて」


 マリはそういうとずっと黙ったままでいる白髪の青年をちらりと見る。


 長髪の白髪を後ろで束ねる青年は全体的に色素が薄かった。淡い蒼い瞳はこの世のものとは思えないぐらい儚い存在に思えた。稀にしか生まれないアルビノと呼ばれる人種だ。

 その存在は地域によって神と扱われたり、不吉なものと扱われたり様々であったが、彼の右眼は眼帯で覆われており、どう扱われたは想像に容易い。


 青年は眠たそうに新聞へと目を落としており、マリの視線など気づいていなかった。


「今回はマーリンさんの指示らしいっすよ。だから誰も反対できなかったんでしょうね。あー俺もクラウスさん並みの情報収集力があればよかったっす」


 頭をかきながらロイは新聞の一面も文字を追う。


 死神の最初の被害者は黒い噂が絶えなかったとある地主だと言う。

 その地主は、まあ後ろ暗い組織と仲が良くそこに住む人達に理不尽な値上げをすることはもちろん、追い出すこともあったと言う。そんな彼が家で微塵切りにされたのが死神の始まりだ。

 殺人鬼はそれよりも前からいたが、この異様な殺し方はここで初めて行われた。

 その後も続々と悪人達が同じような目にあっており、一部の人間からはまさに裁きだと囃し立てられている。


「一体、どうやって強盗なんかの犯罪を嗅ぎつけてるんでしょうかね?人の家に侵入するならまだしも、犯行中の強盗なんて見つけるのはほぼ不可能っすよ」


 夜中に出歩く人は激減した。

 一方で人目につかなくなったのをいいことに強盗は増加傾向にある。もちろん警察の警戒も強まっているが、数がとても間に合っていなかった。

 しかし、夜道を歩いているだけで止められるこの緊張感の中で獲物が来る場所を狙っているのだからなかなか辛抱強いやつだ。


「蟲って、こんな賢く立ち回れるもんなんっすかね…」


 ロイは呟いてからはっと口を閉ざす。すいませんと慌てて謝るが、対する2人はあまり気にしていないようだった。


「ある程度正気を保ってられる奴ってことでしょうね。もしかしたら私たちより強いかもね」


 マリの言葉に青年がぴくりと反応する。

 心なしか先ほどまで感じなかった生気が目の奥に見えた気がした。


「ディース、あんた無理に突っ込んでいく癖治しなよ。そろそろ死ぬわよ」


 マリは年上であろうディースを半目で睨む。


「お前もでしゃばるなよ、死にたがり」


 ようやく口を開いたと思えば、売り言葉に買い言葉だ。

 ロイが無言でバチバチと睨み合う2人の間に割って入ろうとした時、「やめてください!」と少女の声が耳に届いた。


 どこから聞こえたのかと辺りをキョロキョロと見渡すと、また声が聞こえてきた。どうやら店の近くの路地裏らしい。


 道ゆく人が平然としてることから他の人には聞こえてないらしい。人よりも優れた耳を持つロイが辛うじて聞こえたのだから納得ではある。


 ロイは金を近くの店員に急いで握らせ、釣りはいらないっすと言いながら店を出る。

 2人もロイの異変に気づき、急いでその後を追った。


 路地裏を少し進んだところにいかつい男が3人ほどおり、少女の腕をがっつり掴んでいた。

 少女はその痛みで顔を歪めているが、そんなことは関係ないとばかりに男達は少女に詰め寄り、にやにやと見下ろしていた。


「金ならやるから、いいだろう?嬢ちゃん。なぁ、お金に困ってるんだろ?」


 下品に笑う男達に虫酸が走る。


「やめるっす!!」


 ロイは男たちと少女の間に割って入る。

 今自分が掴んでいる少女と同じぐらい小さいロイの姿に男達は顔を見合わせさらに声を上げて笑い出した。


「今すぐその手を離さないと、痛い目みるっすよ!」


 声をを張り上げる小柄な少年に男の1人が立ちはだかった。


「ぼくぅ、正義のヒーローごっこかお友達とやりぶはっ」


 男は言い終えることなく情けない声を上げた。ロイの頭突きが男の顔面を強打し、ひっくり返ったのだ。


 予想してない出来事に他の男たちは呆然としていたが、すぐに怒りをあらわにし少女から手を離しロイに掴みかかる。

 が、ロイはその小ささを活かし男達の間をすり抜け、その背中に蹴りを入れる。バランスを崩した男達は無様に転んだ。


「おれに勝とうなんて10年早いっすね!」


 ロイは腕を組み、ふんと鼻を鳴らした。

 その姿は火に油を注ぐが如く、男達をさらに怒らせた。彼らは隠し持っていたナイフやらメリケンサックやらを持ち出す。それを見て、ロイの表情が翳った。


「お、男なら正々堂々素手で戦ってくださいっす」

「うるせぇええええ」


 男達がロイに一斉に殴りかかる。一向に男達の攻撃が当たる気配はないが、ロイも避けることで手一杯で攻撃に回れずにいた。


「あんたら、いい加減にしな」


 ぞくっと氷のように冷たい声が男達の背筋を撫でる。

 いつの間にか男達の後ろにマリが立っていた。押せば折れてしまいそうな華奢な少女が放った一言に何故か寒気が止まらず、思わず男達は固まる。


「急いで来てみれば、こんなくだらない…」


 マリが一歩男達に近づく。

 今日は半袖でも歩けるほどの暖かい陽気のはずだったのだか、マリの周りだけが真冬のようなのを男達は肌で感じ、その異様さに足がすくみ一歩も下がることもできないでいた。


「さっさと、帰りなぼくちゃん達。じゃないと」


 瞬きする間にマリが目の前にいた。その手にはナイフが握られ、男の首筋に当てられている。


「殺すよ」


 その言葉で男達はひいっと顔をさらに青くさせた。ナイフを突きつけられていない男2人は凄まじいスピードで逃げていくが、残された1人は白目を向いている。立ったまま気絶しているようだ。

 それでもお構いなしにマリはナイフを押し付け、挙句血が滲み始めた。それを見てロイは慌ててマリに近づく。


「ま、マリさん!それはダメっす!!抑えてください!ディースさんも止めてください!」


 静かに後ろで見ていたディースはひょいとマリを猫のように持ち上げた。一方のマリは「おろせ!バカディース!!」とバタバタ暴れていた。

 ロイはふうとため息をつくと、呆然としている少女に近づいた。


「大丈夫っすか?」


 その言葉に少女は安堵のためか咳を買ったように泣き出し、またロイはあたふたとし始めるのであった。

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