第16話なあ。幽霊が見えるだけで、どうしてそんなに避けられるんだ?
「なあ。幽霊が見えるだけで、どうしてそんなに避けられるんだ?」
放課後。駅前の喫茶店。
私は目の前の席に座っている同級生の男子に唐突に質問された。
とうとう訊ねられてしまったか――さっきまでの楽しい気持ちが嘘のように吹き飛んでしまった。
まあ楽しいと言っても、私が一方的に幽霊の話をしていただけだけど。
「なんでそんなこと訊くのかな?」
せめてもの抵抗を示すように私は訊き返した。言いたくないことだって、言外に言っているつもりだった。
「いや。気になるからさ。ただそれだけなんだ。僕は今年転校して、去年のことは知らないから、知っておこうと思っただけなんだ」
そう言うと彼は紅茶を一口だけ含んだ。
私は言うべきか葛藤していた。言えばもしかして彼も離れてしまうかもしれない。せっかくできた友達が居なくなるのは辛いに決まっている。
しかし同時に言いたい気持ちもあった。可能性は低いけど、受け入れてくれるかもしれなかったからだ。
それを確かめるには言うしかない。言うべきなんだけど、それでも怖い。
幽霊を見ることより怖い。恨み言を言う幽霊よりも怖い。
一人きりだった頃と比べると、弱くなった気がした。
「……一つだけ約束してくれる?」
すっかり弱くなってしまった声で私は彼に言った。
「私を嫌いになったりしないで。私から離れてもいいけど、それでも嫌いにならないで」
私の決意を込めた頼みに彼は真剣な表情で頷いた。
「分かった。約束するよ」
それを聞いて、少しだけ安心ができた。
「それじゃあ話すね。入学して間もない頃だけど、私は自分の担任を追い詰めたの」
私は端的に自分の所業を伝えた。
「うん? 追い詰めた? どういう意味なんだ?」
察しが悪いとは言えなかった。私が伝わりにくい言い方で言ってしまったからだ。
「言葉どおりだよ。私は自分の担任を追い詰めたの。この『霊感症状』で」
私は自分の罪を告白する罪人の気持ちになっていた。
「入学して、初めて自分の担任の姿を見たとき、分かったの。分かったというか、その、見えてしまったの」
「何が見えたんだ?」
彼の質問に私は唾を飲み込んで、言った。
「纏わり憑いていたの。担任の先生に、女性の幽霊が。そしてその幽霊が私に囁くの。『この人が私を殺した』って」
彼が息を飲むのが聞こえた。構わず私は言葉を続けた。
「だから私はみんなの前で言った。『この人は人を殺した』って。すると担任の表情は固まったの。そして囁いてきた内容を言ったの。『妻を殺して保険金を受け取った』と」
正確に言えば交通事故に見せかけて殺したのだ。ブレーキが利かないように車を弄って殺したと囁いてきたのだ。
「担任は『何を馬鹿なことを!』と言って怒鳴ってきたの。私は囁いてきた内容を次々に言った。そしたら担任は顔面蒼白になった。クラスメイトもどよめいていた」
私はコーヒーを飲み干した。
「結局、その後警察が呼ばれたけど、証拠もないから、担任は釈放されたんだ。だけど私の言葉を信じてしまった生徒から白い目で見られるようになって、それで居なくなってしまったの。退職しちゃった」
「……それで、そいつはどうなったんだ?」
彼は恐る恐るといった感じで訊ねてきた。
「死んじゃった。自分の首を吊って」
私は躊躇せずに話した。嫌われても構わないと思ってしまった。
「私が悪いの。死んだ人間の恨みを生きている人間に伝えるなんて、いけないことをしてしまった」
私はもう彼の目を見れなかった。
この場から逃げ出したいな。そう思っていると彼は言った。
「君は悪くないよ」
その言葉に私は彼を見つめた。
「悪いのは殺した担任さ。君は正しいことをしたと思う。幽霊の無念を晴らしたじゃないか。それは悪いことじゃない」
彼は私に笑いかけた。
「僕は君のこと、嫌いになったりしないよ」
私は彼と友達になって良かったと思ってしまった。
間違って、思ってしまった。
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