第15話ねえ。幽霊が餓死しないのはおかしくない?
「ねえ。幽霊が餓死しないのはおかしくない?」
昼休み。学校の屋上。
僕は向かい合って食休みをしている同級生の女子に唐突に質問をされた。
今日はぽかぽかと良い陽気に恵まれた晴天だった。頬に当たる風も心地良い。
僕たちは学食で買ったパンを食べながら色んな話をしていた。
その会話の流れを無視して、霊感少女は疑問を口にした。
「死んでいるから……いや、この前、理由にならないって言ってたな」
「安易に死んでいるからなんて言葉は良くないと思うよ」
まあそうだけど、それでもこれくらいしか答えが出なかった。
霊感少女の答えを待つしか、0能力者の僕には手段がなかった。考えもなかった。
「私が思うに、幽霊は常に飢えているんだよ。だから苦しそうにしているんだ」
霊感少女はいつも通り分からないことを言ってきた。
「苦しそうにしているのは、死んだときの記憶が残っているからじゃないのか?」
僕の勝手な想像を話すと霊感少女は「それは半分正しくて半分間違っているよ」と言う。
「幽霊は飢えているのさ。だからいずれ消えてしまうんだと私は常々思う」
いつかの喫茶店でそういう話をしたのを思い出した。やがて幽霊は消えていく。それは僕たちも例外じゃないんだって。
屋上の風が一段と冷たくなっていくのを感じた。それはまるで空気が何かに悲しんでいるような感覚だった。
霊感少女はおもむろに立ち上がった。フェンスに近づき、地上を見つめる。
霊感少女が見つめているのは、校庭側だった。そこでは生徒たちが腹ごなしに運動をしているだろう。楽しげな声がここまで聞こえる。
その生徒たちもやがて幽霊になって消えてゆくのだと思うと切なくなる。
「幽霊が消えていくのを、私は『第二の死』と呼んでいる。人間は二回死ぬんだ」
一度死ぬだけでも恐ろしいのに、もう一度死ぬなんて想像もしたくなかった。
霊感少女は僕に背を向けている。だから表情が見えなかった。だけど泣いているのは分かった。
だって、声が震えていたから。
「私は怖いんだ。死ぬのが怖い。一生懸命生きて、善行も積んで、子どもを産んで育てて独立させて、孫の顔を見て。それでも死は平等に訪れるのが、怖くて仕方がない」
いつも死に触れている霊感少女だから言えることなんだろう。苦しんでいる幽霊を見つめているから、苦しむ声を聞いている霊感少女だから、死が恐ろしく感じるのだ。
「君のことも同様に思うんだ」
振り返る霊感少女の顔は、やっぱり涙で濡れていた。
「私は君が死ぬのが怖くて仕方がない。もしも君が死んでも私は幽霊として君を見えるけど、それでも苦しむ君を見たくないんだ」
僕は真っ直ぐに霊感少女を見つめることができなかった。
何気ない会話だったのに、何かが霊感少女の心の柔らかいところに触れてしまったんだ。
霊感少女は流れる涙を拭おうとせずに続けて言った。
「死なないでよ」
僕の心が締め付けられる一言だった。
「お願いだから死なないで。私よりも一日も長く生きて。私は君の幽霊なんか見たくない。苦しむ君のこと、見たくない」
僕は――頷けなかった。
だって、そうだろう? 死はいつか必ず訪れることなんだ。霊感少女の話を聞いていて分かるんだ。誰だって突然死んでしまうんだ。簡単に。あっけなく。
そんな不慮の事故に遭わない保証なんてないんだし、気軽に約束なんてできない。
だから――僕は勇気を出すことにした。
僕は霊感少女に近づき、戸惑う彼女を無視して、抱きしめた。
ぎゅうと、強く、強く抱きしめた。
「僕はいつ死ぬか分からないけど、その日まで僕は君とずっと居るよ」
霊感少女の体温を感じた。だったら僕の体温も感じられているだろう。
それが生きているって実感できる証明。
「勘違い、しちゃうよ」
「すればいいさ」
僕の背中に霊感少女の手が回った。
僕たちは互いが生きていることを実感した。
チャイムが鳴るのが、遠くに聞こえた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます