第10話ねえ。幽霊の匂いってどんな匂いだと思うかな?

「ねえ。幽霊の匂いってどんな匂いだと思うかな?」


 放課後。学校の屋上。

 僕は隣に座っている同級生の女子に唐突な質問をされた。


 僕の高校の屋上は今どきにしては珍しく生徒たちにも解放されている。

 まあ屋上の周りをまるで刑務所の塀のようにぐるりと緑色のフェンスで囲まれていて、飛び降りとかできなくなっていることも理由だろう。

 しかしこんなフェンスなんて工具で穴を開けることもよじ登ることもできるから、意味なんてないと僕は思う。


 日差しが暖かな午後に僕は霊感少女から屋上に行かないかと誘われた。

 僕たちはよく屋上に行く。せっかく解放されているのだから利用しないのはもったいない気がしたから。


「匂い? あれ、君は匂いも分かるのか?」


 初耳だった。てっきり見たり聞こえたりするだけだと思っていたけど、どうやら五感全て感じ取ることができるらしい。


「うん。嗅ぐと匂いが分かるんだよ。血まみれの人だったら血の匂いが分かるんだ」


 普段から血の匂いを嗅ぐのは流石にキツイなと僕はぼんやりと思った。


「でも、普通の幽霊――この言い方が正しいのか分からないけど――はどんな匂いがするんだ?」


 僕が訊ねると霊感少女は「普通の人間と変わらないよ」と答えた。


「良い香りがする幽霊も居るし、おじさんだったら加齢臭もする。愛煙家だったらタバコの匂いもする。香水の匂いも分かる」


 へえ。なんだか不思議だ。幽霊になっても身体の匂いは消えないのか。


「それでもキツイときはあるんだよ」


 霊感少女は空を見上げた。太陽の光が眩しいのか目を細めている。


「それってどんなときだ?」


 僕の疑問に霊感少女は微かに笑った。


「そうだねえ。例えば焼死体だね。このまえ火事があったじゃない。通学路の途中で」


 五日前のことである。通学路の途中にあった家が一軒丸々焼けてしまったのだ。

 四人家族だったけど全て死んでしまった。

 テレビで報道もされた。そのニュースを見て、僕は「ああ、この人たちも幽霊になるんだろうか」となんとなく思った。


「その人たちの焼けた匂いが漂ってくるんだよ。私は朝食を軽くしか食べないからお腹が空いているときにそんな香りがされると困ってしまうんだよ」

「困るって何が困るんだ?」

「…………」


 霊感少女はそこで黙り込んでしまった。


「ああ、言いたくないならいいさ」


 僕は急いで取り消すと霊感少女は「ううん。大丈夫だよ」と言った。


「なんて言ったほうがいいかな。汚い話になるけど、焼けた肉の匂いだからお腹が空いていると空腹感を刺激されるんだよ」


 僕は聞いてはいけないことを聞いてしまったようだ。


「要するによだれが出てくる。だけどね、それと共に吐き気も催してくる」


 それは生理的嫌悪から来ている吐き気かもしれないなと冷静な頭で分析した。


「空腹感と吐き気が同時に襲うんだよ。それってかなりキツイよ」

「……しばらくの間、通学路を変えたらどうだい?」


 僕の提案に霊感少女は首を振った。


「そうしたいけど、なんだか逃げたみたいで嫌だよ。逃げたくない」


 逃げる逃げないの話ではない気がする。


「そんなこと言ってもさ、身体を壊すかもしれないよ。毎日そんな体験をしたら」


 気遣うように言うと霊感少女は僕の顔を真っ直ぐに見つめた。


「幽霊が生きている人間の行動を左右するなんて馬鹿らしいと思わない?」


 常々霊感少女が言っていた言葉だった。

 霊感少女の幽霊に対する考え方はシビアだった。幽霊はもうこの世の住人じゃないから、もう居ても居なくてもいい存在だから、生きている人間に影響を与えてはいけないと頑ななまでに信じている。


「それじゃあどう対処するんだ?」


 僕の質問に霊感少女はつまらなそうに答えた。


「鼻をつまんで通るよ。それなら別に平気さ」


 そして最後に霊感少女は言った。


「それか、動物の肉だと思い込むよ。元々違いがないしね」


 かなり違うと僕は思った。

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