第9話ねえ。どうして川は幽霊を運ぶのかな?

「ねえ。どうして川は幽霊を運ぶのかな?」


 休日。学校近くの川の土手。

 僕は隣で寝転ぶ同級生の女子に唐突な質問をされた。


 生徒会の集まりで休日だというのに、学校へ来なければいけなくなった。

 僕はその用事を午前中で片付けた。というより、生徒会の集まりという名のただお喋りをしていただけなので「予備校があるので帰ります」と嘘を吐いてそそくさとその場を後にした。


 その帰り道、僕は普段とは違った通学路で駅へと向かった。せっかく晴れ晴れとした良い天気だから、散歩したい気分だった。

 そこで僕は霊感少女を見つけた。

 つまらなそうな顔で流れる川を見つめていた。一人きりでぽつんと。

 僕はどうして休日にこんなところに居るんだろうと思いながら、霊感少女に話しかけた。


「どうして君がここに居るんだい?」


 霊感少女はゆっくり振り向き、僕だと分かるとつまらなそうな顔から笑顔に変わった。


「なんだ君か。補講でもあったのかな?」

「なんで学校帰りだって分かるんだ?」

「だって、学生服着てるし」


 そういえばそうだった。僕は「生徒会の集まりがあったんだよ」と素直に答えた。


「生徒会……あまり好きじゃないなあ」


 霊感少女は僕が生徒会に所属していることを事の外嫌がった。それは思春期の女子特有の独占欲なのだと、後から気づいた。

 まあ彼女にとって、友人は僕の他に数えるくらいしかいないから、独り占めしたい気持ちがあったのかもしれない。


「そう言うなよ。なあ、隣いいか?」

「いいよ。少し話そう」


 僕たちは川を見つめながら話した。その会話の途中で、霊感少女は例によって例の如く唐突な質問を投げかけた。


「川が幽霊を運ぶ? それって三途の川のことを言ってるのか?」


 僕が訊ねると霊感少女は「それもあるね」と答える。


「疑問に思ってたけど、なんで世界には幽霊、というより死者をあの世へ運ぶのに、川を渡る神話があるのかな」


 日本の三途の川を始めとしてギリシャ神話にも記述があったりする。


「外国の人の臨死体験にも川が出てくるじゃない。不思議だよね」

「うーんと、どこかで聞いたことがあるな」


 僕は額に手を置いて考えてみる。

 あ、思い出した。


「人間の深層心理は宗教とか人種とか関係なく、共通したイメージを持っているらしい」

「しんそーしんり? なにそれ?」

「心の奥底にある深い心理だった気がした……正しくないかもしれないけど」


 僕のぼやっとした説明に霊感少女は首を捻った。


「じゃあさ、ユングの集合的無意識は知ってる? いや、こっちのほうが難しいか」

「ユングは聞いたことあるよ。フロイトとケンカしちゃった人でしょ」


 そう言って、スマホで検索する霊感少女。


「ユングの集合的無意識……普遍的に存在する共通のイメージねえ。だから川には幽霊がたくさん居るのかな」


 霊感少女は立ち上がり、川を指差した。


「この川はいつも幽霊が流れているの」

「えっ? マジで言ってるの?」


 美しい水の色をしている目の前の川。そこに水死体が流れているイメージが浮かんだ。


「うん。だから休日なのにこんなところに居たりするの」

「……幽霊を見たがるのは感心しないな」


 僕が嗜めると霊感少女は舌を可愛らしく出した。


「結構綺麗な光景なんだよ。まるで灯篭流しみたいでさ。それに流れている人はどこか安らかな表情をしているんだよ」


 安らかな表情?


「溺れているわけじゃないのか?」

「溺れた幽霊もいるけどね。それでもほとんどが安らかな表情をしているんだよ」


 霊感少女は可愛らしい笑顔を見せた。まるで動物に癒される子どものようなあどけない表情だった。


「私はいつも苦しそうな幽霊ばかり見ているから、たまにはこういう幽霊もみたいんだ」


 霊感少女ならではの悩みだった。


「そっか。あまり良い趣味ではないけど、癒されるならいいかもな」


 僕の言葉に霊感少女は頷いた。

 そしてこんなことを言った。


「まあ三途の川と勘違いしているだけかもね。川に流されるだけで救われるわけないのに」


 川を見つめて霊感少女は呟いた。


「馬鹿だよね」


 それは幽霊に対する言葉なのか、自分に対する言葉なのか、はっきり分からなかった。

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