第8話ねえ。どうして乗り物に幽霊がとり憑くのかな?
「ねえ。どうして乗り物に幽霊がとり憑くのかな?」
登校中。バスの中。
僕は隣で座っている同級生の女子に唐突な質問をされた。
僕たちはいつも電車で通学しているのだけれど、電車の脱線事故のためにやむを得ずバスを利用していた。
車内は混みあっていたけど、僕たちは遠いところから乗っているので、早い段階から乗車できていたから座れたのだった。
「乗り物に幽霊がとり憑く? ああ、事故とかにあったからそれを恨んで憑いているのかもしれないね」
僕はなるべく小声で話した。周りは事故の影響で学生が多く、がやがやしていたけど、それでも聞かれて気持ち良い話にならないと思ったから。
「うん。そうかもしれない。でも、それだったら運転手にとり憑いたほうがいいと思うんだよね」
まあそのとおりだけど。幽霊の気持ちなんて霊感ゼロの僕には分からないし、そもそも霊感少女にも分からないだろう。だからこうして質問をしてきたのだ。
「私は思うんだ。幽霊って最期に見た光景が忘れられないから、乗り物にとり憑くのかもしれない」
霊感少女の言葉はいつも通り捉えどころがないものだった。
「どういう意味だい?」
「幽霊は自分を殺した相手を恨むから、その手がかりになるものに執着しているのかもしれない。例えば車だったり、電車だったり。でも自分が事故にあった車なんて見分けがつくと思う?」
そう訊かれて、はっきりと答えることができなかった。
「同じ車種の車を二台見させられて『どちらがあなたが事故に遭った車ですか?』なんて訊かれても分からないじゃない」
「でも自分を殺した車くらい、感覚で分からないものかな?」
僕は何気なく言うと霊感少女は「よく考えてみてよ」と反論した。
「事故に遭う前と遭った後。これは決定的に違うじゃない。車のへこみや傷が付けられるわけじゃない」
「うん? だったら分かりやすく――」
「違うよ。さっき言ったじゃん。幽霊は直前の記憶しか持ち得ない。だから幽霊は事故の前の車、つまり傷のない車しか覚えられないんだよ」
なるほど。なかなか理に適っている。
「じゃあ勘違いや間違いでとり憑くこともあり得るってことなのか?」
「ほとんどがそれだよ。幽霊が人間にとり憑く場合と乗り物にとり憑く場合じゃ話が違うんだ」
そこで言葉を一旦切って、そして霊感少女は語り出す。
「それに事故に遭った車はよほど思い入れがない場合は処分しちゃうでしょ。いや、思い入れがある分、処分しちゃうのかな? まあいいや。だから恨む対象がなくなっちゃう。それはつまり自分の存在を消してしまうのと同じことなんだよ」
「そう考えると、幽霊って悲しい存在だね。恨まないと存在していられないなんて」
僕の言葉に霊感少女は頷いた。
「幽霊は全て消えてしまう。いつか必ず消えてしまう。だから恨みとか怒りとかが必要かもしれない。ところで、あそこに空席があるでしょ?」
僕は霊感少女の指差す箇所を見つめた。
優先席でもないのに、ぽつんと席が空いていた。こんなに込み合っているのに、どうして誰も座らないんだろう。
「実はあそこには幽霊が居るの」
霊感少女の言葉に僕はどきりとした。いくら見えなくても一緒の空間に居ると分かるとゾッとする。
「このバスかもしくは似たようなバスに轢かれて死んだ幽霊。大学生かな? 髪の長い女の人だよ」
そう言って霊感少女は微笑んだ。
霊感少女が幽霊に微笑むのは珍しかった。
「どうして笑うんだい?」
僕は訊かなくても良いことを訊いてしまった。いつもそうだ。人間関係をしくじる原因となるのに。
霊感少女は笑いながら言った。
「あの人、『ここは私の席だ! お前ら近づくな!』って怒鳴り散らしているんだよ。ほとんど身体がないのに。可笑しいね」
何が可笑しいのか、僕は未だに分からない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます