第17話 来襲

「おっそいなあ、あいつ」


 そう、ミラがぼやいた。

 アクロスが遺跡から戻って来ないのだ。


「なんかあったか?」

「ないでしょ。どうせ時間を忘れてるだけじゃない? そういうとこあるのよ。他人の事を同じ人間として見てない。だから自分に甘い。だーから自分が満足するまでここに戻ろうとしないのよ」

「同族嫌悪ってヤツか?」

「はあ? 違うんだけど」


 まあでも、そろそろ戻らないと日が暮れてしまうか。


「呼びに行くか」

「ダメ」

「なんで?」

「あいつ、最初っからそれを当てにしてるから。最終的にはあたし達が迎えに来ると思ってるから、舐めた事してるんだよ」


 言いたい放題だな。


「まあ、無事に帰れれば何でもいいけどな」


 気長に待とう。この結界内なら魔物も近寄ってこないし。


「スキルのEXP上げでもして待ってるかー」


 レベルみたいにスキルのEXPは勝手に上がりはしない。それでも『鑑定』のEXPは、適当な物を眺めたり触れたりするだけで今は上がるので、空き時間にやるには持ってこいだ。


「『ファイア』も出したげよっか?」

「お、そうだな。頼む」


 ミラが呪文を唱えると、石畳の上に焚き火のように炎が現れた。

 俺はステータス画面を横目に、その炎を見たり熱を感じたりして学習していく。これで『鑑定』と『ファイア』のEXPを同時に上げられる。


「やっぱ、火は便利だよな。明かりにもなるし暖も取れる」

「そうだねえ」


 ミラはまったりとしていた。


「静かだねえ」


 なんか、年寄りくさいな。

 ミラを気にせず、俺はEXP上げに没頭した。



 体感十分、そのくらいの時間が経った。


「誰か来た」


 ミラの一言で、集中力が完全に切断された。

 炎を消して立ち上がるミラに倣って、俺も腰を上げ前方を見る。

 二人の女が並んで歩いて来ていた。一人は巫女のような服を着ていて、もう一人は高身長で口にタバコを咥えている。そして両腰にはホルスターに差さった二丁の銃がある。


「知り合いか?」

「知らない⋯⋯」


 この際、タバコと銃が俺の知ってるそれかどうかはどうでもいい。いや、銃の方は問題か。

 ともかく、重要なのはあの二人がただのコスプレイヤーなのかどうかだ。

 隣から伝わってくる警戒心のお陰で、事のヤバさの可能性に気づけた。


「止まれ」


 ミラの命令口調は、二人を静止させるに至った。


「何か用?」

「貴女には無いんですけどね?」


 返答したのは巫女服の女。鈴を鳴らしたような声だった。


「俺か⋯⋯?」

「はい」


 肯定しておいて、用件は喋らない。

 そして沈黙が訪れた。


「⋯⋯」


 な、なんだこの展開は。この二人は、山賊か何かか? そんな見た目じゃないけど、異世界だしな⋯⋯。あれが山賊とかの正装だったりするかもしれない。なら目的は金か。でも俺だけに用があるっぽかったが⋯⋯。


「まあこっちとしては——」


 呟くように言ったのは二丁拳銃の女。タバコを咥えたまま器用に煙を吐き出す。そしてホルスターの留め具を外して、


「——死んでくれれば何でもいいからねえ」

「っ!?」


 緩慢な動きで俺に拳銃を向け、銃弾を放った。

 そうだと理解する前に映画のワンシーンが如く、もしくはイナバウアーのようにして避ける。いや、イナバウアーは上体逸らしの事じゃなく足の向きの事だから違うか。

 そんなどうでもいい事が、後頭部から倒れ落ちる間に脳内を通り過ぎた。


「ぐへぇ」

「へぇ、躱した? やるねえ」


 追撃はこない。その隙に立ち上がった。


「お、お、おい、用を言え。あと名乗れ」

「と言ってもねえ、殺す方が楽だしねえ」


 なんだ、こいつらは。強がって凄んでみても、俺の動揺を見透かしたようにへらへらしている。


「み、ミラ。何とかできないか」

「⋯⋯⋯⋯」


 返答がない。打開策でも考えてるのか。まさか、俺を囮にして逃げたりしないよな。


「⋯⋯アクロスを囮にして逃げる?」


 俺じゃなくアクロスだった。


「いや、ダメだろ」

「最悪そうしよう?」

「最悪な」


 そうは言ったが既に状況は最悪なのかもしれない。俺にできることはないのか?


『スキル『鑑定』を習得したわよ? もしかしたらこれが最後のアナウンスになるかもねー』


 俺だけに聞こえるサリーの声。他人事だと思っててきとうなことを言ってやがる。

 でも、鑑定か。——使おう。


「おい。いきなり襲って来てるんだから文句は言うなよ。——『鑑定』!」


 明瞭に発声する。初スキル使用だ。

 少しすると脳内に情報が流れてきた。二人のステータスだ。それは所有スキルとかの能力的なものや、身体的な数値情報、持病、年齢、認識している所属組織、その他。

 一瞬だけ立ちくらみのように視界が暗転したが、思いつきで自分のステータスを開いてみると、大量の未習得スキルの項目が追加されていた。これらの殆どは二人が持っているスキルだ。

 そして、


「キャンサー、どっかで聞いたな⋯⋯。ああ、魔王復活がどうとかって組織か」

「いきなり、失礼なやつだね、あんた」

「⋯⋯⋯⋯」


 二人は冷ややかな目で俺を見てくる。


「いきなり撃ってきたのはそっちだろ」

「まあねえ。じゃあ、もう一発喰らいな」

「っ! 『メンタルスフィア』!」


 今度は早撃ちしてきた。それでも最初から警戒していれば一つのスキルを挟み込む隙はくらいはある。

 『メンタルスフィア』は『鑑定』で増えたスキルの中で、唯一EXPを積む事なく習得してたスキルだ。そしてこの二人が覚えていないスキルでもある。習得した時点でどんなスキルかはある程度理解できるので迷わず使用した。

 

「くっ、痛ってぇ⋯⋯」


 俺の前に出現した、灰色のもやがかった壁が銃弾を止め落とした。スキルの特性上、銃弾が壁を抉る痛みが俺に伝わって来るが、実際に身体で受けるよりは遥かに少ない。


「止めた⋯⋯?」


 驚くミラ。前の二人も絶句していた。


「⋯⋯お師匠、これって」

「ああ、あの子のだね。——退こうか、殺すべきじゃないね、これは。何か意味がある」

「はい」


 さっきとは変わってシリアスな雰囲気を纏って何かを二人で話している。


「頼む」

「はい」


 そして二人は消えた。沈黙が訪れ俺とミラは互いに見合った。


「助かった、のか?」

「そう、だね。いなくなったのは転移系の魔法でどこかに行ったんだと思う」

「そういえば、いくつかそれっぽいのを覚えてたな」


 『鑑定』スキルに助けられたな。使ったところで上手くいく確信は無かったけど、結果良ければそれでいい。


「アクロスと合流しよう」

「待つんじゃなくてか?」

「向こうでも何かあったかもしれない」

「それは⋯⋯。可能性はあるな」


 頭が回るな、こいつ。


「後で色々と聞くからね。キャンサーとか何で『鑑定』が通ったのか、とか」

「⋯⋯オッケー」


 ミラの提案通り遺跡に向かった。

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