第15話 戦闘
「とりあえずトオルさんはあたしの近くにいて」
「わかった」
「で、アクロスは適当に前に出て倒していって」
「オッケー」
ミラの指揮通り、俺は大人しくした。意外にもアクロスも文句を言わずに従って動く。⋯⋯いや、戦闘に入れば意外でもないのか。命のやり取りをするわけだし。
「『アーツファイア』トオルさんって魔法も使えないんだっけ?」
肘を曲げ指を上に向けて、ミラが呪文を唱えた。指の先の頭上に炎が出現し、辺りを紅く照らす。
「あ、すまんがそうだ」
その熱と光に気を取られして遅れて返答した。
「いいよ。じゃあとりあえずしゃがんで待ってて」
言われた通りしゃがむ。視線の確保の為だろう。足を引っ張って申し訳ないが、戦闘の勘も何もない俺にできることと言えば、意味もなく自分のレベルを上げることだけだ。本当に意味ないけどな!
「なあ、今会話する余裕あるか? ないなら返事はいらないけど」
「あるよ?」
視線こそこちらに向けないが、その声に焦りとかは見えない。アクロスの方を見てもナイフ一本で無双している。大丈夫そうだ。
「その上にある炎って何の為にあるの?」
「これはね、こう使うんだよ」
ミラは指を立てて軽く前に振った。すると、頭上の炎から一部別れて振った方向に飛んでいった。行き先には狼がいて、向かってくる炎を嫌がるようにして離れて行く。
「火が苦手なのか」
「そ。これで牽制するのがあたしの役割」
「なるほど」
アクロスに対する不意打ちも阻止してるわけか。それにアクロス自身も木々で死角を切った立ち回りをしている気がするし、安定感があるな。⋯⋯素人目だけど。
「あっ後ろだっ」
何気なく周囲を見回すと丁度視界の端に飛びかかってくる影が見えた。
「わかってるよ」
慌てる俺とは反面、ミラは冷静だった。
頭上の炎の半分ほどが切り離され、襲いかかる狼に降り注がれる。今度は牽制に留まらず直撃した。
「でもそういう報告はナイス」
「ああ⋯⋯。火を恐れずに来る個体もいるんだな」
肉の焼ける臭いと苦痛の鳴き声に、自然と顔をしかめてしまう。いくら魔物とはいえ、ああなってしまえばただの動物だ。俺の中には可哀想だ、という平和ボケした感想しか湧いてこなかった。
「そろそろ終わりかな」
そう呟くミラの声が聞こえて来るが、まだそこら中に蠢く気配はある。
「まだ居るっぽいけど」
「あいつらもそこまでバカじゃないから、全滅するまで来ようとはしないよ」
「戦力差を理解する頭はあるってことか」
「そーそー」
言葉通り、狼たちは一度動きを止め、こちらに身体を向けながら後ずさる動きを見せる。距離が取れると一目散に姿を消した。
「行ったか? 実は潜んでるとかないよな」
「まあないと思うけどね」
その言葉の後に空中に浮かぶ炎があちこちに散っていく。もしも潜んでいるならこれであぶり出そうという考えだろう。
少しの間、炎の欠片が散開するが、敵の反応はない。もう近くにはいないようだ。
「大丈夫そう」
散った炎たちはみるみるうちに小さくなっていく。次々と消滅していく中、一つだけ消えないものがあった。
「ふっふっふ」
ミラが笑っている。そして、
「あっつ!?」
アクロスが驚きの声を上げた。
「どうしたの? 急に大声だして」
「お前、俺に当てただろ!」
「何がよ? そういうのよくないよ? ちゃんと周りを警戒しなくちゃ!」
「うわあ⋯⋯」
悪いヤツだ。
「ふざけんなよ、絶対お前だろ」
「いや、何のことかわかんないって。何? 首筋に火の粉でも降ってきた?」
「わかってんじゃねーか!」
余裕だな、二人とも。戦闘に慣れてるんだな。命のやり取りに。
「いやあ、肝が冷えた」
「あはは。もしかしてビビってた?」
「そりゃあもう」
「最初はそんなもんスよ」
焼かれた狼を一瞬だけ目に入れる。
「見れたもんじゃないな」
少し離れた所には切り裂かれた狼もいるだろう。そっちならまだ見れるかもしれないが、どっちにしろ見ていて気持ち良くはないのは確かだ。
「でもお前らみたいに慣れなきゃいけないよなあ」
「まあ、魔物退治ってこういうことっスからね」
憂鬱だ。
「じゃあちょっとでも慣れてもらう為に、狼の死体をここに集めてもらっていい?」
「え、死体を?」
「うん。解体はあたしがするから」
「あーわかった。ターゲットを退治した証拠も取り出さないとダメだしな」
「何匹かは運ぶのオレも手伝うかあ」
意を決して死体の元へ向かう。
「うっ、待ってくれ」
まだ生きてる⋯⋯。これを運ぶのか。
「あ、まだ生きてた。トオルサンはまず死んだヤツから持ってってくだせい」
「お、おう。助かる。⋯⋯じゃあ、こいつを」
ちゃんと死んでるよな、これ。
その見分けすら俺にはできない。足で突いてみても、何の反応もない。これを持っていこう。
片脚を持ち引きずって運ぶ。手袋越しの感触は極力無視した。
「はい、これ。持ってきたけど」
「どうも。じゃ、解体するから見てて」
「あ、ああ」
ごくり、と喉が鳴った。今からミラはこの狼の死体から、内臓やら何やらを抜き出すつもりだ。
素材の収集というだけならミラの都合なので俺が見る必要はないが、俺が請け負ったオーダーの完遂の証拠として、この死体の中に埋まっている核が必要であり、俺はそれを見ておきたかった。別に解体作業を見ないといけない、というルールとかはない。ただ、俺の仕事なので任せきりというのも二人に悪い、というそれだけの話しだ。
「じゃ、核から取り出して行くけど、魔物の核って身体の中心にあるから、大抵は胸か腹を開く必要があるの。まあ、核自体は死んだ肉体よりは頑丈で、燃やせば骨と核だけ残るから炎系の魔法を使えるならそっちの方が簡単だけどね。でも今回はあたしも素材が欲しいからチョキチョキしていくよー」
「チョキチョキて」
軽く言うがやってることは壮絶だった。辛うじて目を逸らさずにいられたが、今日の晩飯はまず肉にはならないだろう。
「はい、これ」
「お、おう」
淀みなく手を動かすミラからビー玉のようなものを渡された。これが核か。
「あたしは続きをやるからトオルさんはじゃんじゃん死体を持って来て」
「わかった」
「あ、それと。この死体から出た霊、今トオルさんに取り憑いてるよ」
なんと。
「えっ。や、やばくないか? これ持ってるからか? だ、大丈夫なんだよな?」
あの霊犬と違って俺には見えないが、ネクロマンサーが言うんだから間違いはないだろう。呪われたりしないだろうな。
「大丈夫だよ? うそだから」
「そ、そうか。⋯⋯は、嘘?」
「うん。うそ」
にっこりと血まみれの手にそぐわない笑顔を向けられ、怒るより惚けてしまった。
「お前なあ」
「あっはは。ビビった?」
「ビビるわ。⋯⋯まあいいや、他の核の取り出しも任せた」
「おまかせー」
それから、死体運びの作業に励んだ。
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