第13話 図書館

 アンデッドという種類の魔物がいる。それは死んだ人や動物が魔物化したものを指す。基本的に夜行性でその見た目は、死して間もないうちは肉体が残っているが、時間が経つにつれて腐り落ち、やがて骨だけの存在となる。おそらく、明言はされていないが、魂が内包されているそうだ。逆に魂だけとなり現世に彷徨っているものを霊と定めている。

 アンデッドと霊。後者による物理的な被害は現在では確認されていない。それとは反対にアンデッドには人に対する敵意が確認でき、また、群れを作る傾向がある。そしてその群れには王となる個体が存在していて、その個体は群れの中で一番の上位種であることが多い。上位種が王になるケースが殆どだが、稀に群れを形成してから進化することで王になる場合もある。

 アンデッド種には、生きていた頃の人格や記憶は残されていない。






 外に出るからには魔物と戦わなければいけない。だとしたら魔物に関する知識を蓄えるべきだ。というわけで、俺は今図書館に来ていた。魔物図鑑を目当てに来たわけだが、沢山の本に目移りしてしまい当初の目的はそこそこに、民話や童話を息抜きがてら読んだりしていた。

 図書館が静かなのは異世界でも変わらない。向こうではあまり図書館を利用してこなかった俺だが、この厳かな雰囲気はたまに経験すると妙に落ち着く。とは言え、そろそろ飽きてきた。集中力ももう使い果たしたし昼も近い。この近くに食堂があるのは来た時に確認してあるので正午になったらここを出ることに決めた。

 時間潰しに周りの客層を見る。ごった返す程ではないが過疎という程少なくもない人数の中で、一番多いのは老人だ。俺も割と早い時間からここにいるが、彼らはそれよりもっと早くからここに居た。どうやら新聞を読みに来たようだが、読み終わっても今の時間までずっと駄弁っている。相当暇らしい。そして合わせればその老人達と同じくらい居るのが勉強をしている若い人達だ。学生だろうか、だとしたらここは彼ら御用達の場所なんだろう。他はちらほらと。


「ん?」


 何気なく視線を彷徨わせてると、前方から一人の女性が歩いてくる。じっと俺を見つめながらこちらに近づくものだから意を決して目を合わせると、優しい笑みが返ってきた。俺は思わず目を逸らしてしまう。

 遠目からでもわかっていた。めっちゃ美人な人だと。正直気後れしてしまうくらいには。何というか、出で立ちが完璧なのだ。特徴がない程に整った容姿、艶のある健康的な髪、太すぎず細すぎず女性らしいシルエット。そんな人が俺を見ていた。


「こんにちは」

「ど、どうも⋯⋯」


 声まで瑞々しい。


「こちら、いいですか?」

「あ、はい」


 白い指が対面の椅子の背に触れたのを見て、軽く頷いて肯定した。椅子を引いて、座る。その所作は気品に溢れている。

 

「お名前を聞いても?」

「⋯⋯トオル・シンミヤだ」

「私はミルハ・サーベリオンと申します。よろしくお願いしますね」

「はあ。⋯⋯それで、何か用でも?」

「はい。唐突ですが、トオル様は神を信じていますか?」

「え」


 そっちかー。もしかしてこれから壺でも買わせられるのか?


「ふふ。怪しい話しじゃありませんよ」

「⋯⋯まあ、存在するって意味なら信じてるよ」

「なるほど。でしたら、トオル様が信じる神とは別の神の話しになりますが——」


 ミルハはそこまで言いかけ、人差し指で軽くテーブルを二回叩いた。意味ありげな仕草だったものの、その意味はわからず疑問に思っていたが、次第にその異常性を認識できてきた。


「は⋯⋯?」


 止まっている。何もかも止まっていた。遠くにいる老人達も勉強をしている若い人達も、動かない。人の声、本のページをめくる音さえしない。——まるで、時が止まったようだ。


「お、お前か?」

「何か?」


 距離を取るようにして立ち上がり問うと、ミルハは何でもないかのように薄く笑んだ。

 ここに存在しているのは俺とミルハだけ。さっきとは違う静けさが空間を包んでいた。


『レベルアップしたけど?』

「お、おう⋯⋯」

『あ、何? ナンパでもしてた? 結構綺麗な娘ねえ、頑張ってねー』


 いやお前。そんな場合じゃないだろ。


「いきなり、どういうつもりだ」

「まずは座ってください」


 座る。


「はい。驚かせてしまってすみません。特に敵意はないんですよ?」

「それで⋯⋯?」

「神の話しです。知ってますか? 近々神が降りて来るんです」

「は?」

「その神は人々に試練を与えます。私達は試練を乗り越えなければいけないのです」

「はあ」

「トオル様はその時どうしますか?」

「どうって⋯⋯」


 意味がわからない。というか、意味があるのか? ただの宗教家なんじゃないか、この人。


「私は人間というものは試練を乗り越える生き物だと思っているんです。それこそが人間の使命だと思っているんです。使命を果たす為に人間は学び、鍛え、蓄えます。そしてその結果得たものが『ステータス』に表れるのです。トオル様。異世界人のトオル様なら言われるまでもない事かもしれませんが、修練を積みましょう。それこそが試練を乗り越える為に必要なことなのですから」

「うん」


 ちょっと、頷くことしかできなかった。


「つまり、頑張れよってことだよな。うん、わかるわかる」

「そういう事です。けど誤解しているようなので言いますが、神が降りて来るというのは本当の事ですよ。本当にこの街に現れます」

「え?」

「神を何とかするのが私達人間の第一の使命なのです」

「そう、なのか⋯⋯」

「それだけ言いに来ました」


 ミルハは再びテーブルをノックする。


「それでは私、行きますね。また会いましょう。あ、この話しは他言無用でお願いします」

「あ、ああ、わかった」


 唐突に来たかと思ったら、唐突に離れて行った。どうやらもう帰るようで出口に向かって歩いて行ってる。遠くの人達はもう動き出していた。


「何だったんだよ」


 たしかに時間は止まっていた。その凄みのせいで会話に応じてしまったが、思えばただの意味のわからないことを言う女でしかない。会話というか一方的に言いたいことを言われてただけだったけど。


「なあ、神ってお前のこと?」

『そんなわけないでしょ。私らが直接そっちに行くとかないから』

「そうだよな。正直あの人の言った事は嘘くさい」

『でもねー、うーん。あんまりヒントになるような事は言いたくないんだけど、時を止める魔法ってのは、その辺にいるただの人間が使えるようなものじゃないわ』

「え、そうなのか?」

『だからってミルハがただの人間じゃない、とは言わないわよ? その辺を明らかにしたいなら、また会うなりしたらいいんじゃない?』

「なるほど」


 妙に遠回しで気を使ったセリフだ。心なしか楽しんでいるようにも聞こえる。


「また会いましょうとか言ってたしな。次会ったら聞いてみるか」


 ミルハ・サーベリオン。この世界における新しい知り合いだ。神が来るとかいう本当かどうかもわからないイベントのフラグを建てた人。⋯⋯いや、こんな言い方は無粋か。でも本音を言うと未知の世界で未知の出来事が起こる可能性に、少しワクワクしていた。

 

「ここに来ればまた会えるか」


 ひとまずは立ち上がる。持って来た本を持ち元にあった本棚に向かった。戻して図書館を出る。次にする事は明日、街の外に出てみよう。 

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