第10話 依頼

 右腕にはオレオレ詐欺防止の腕章、左腕にはスリ防止の腕章、背中には交際斡旋詐欺防止の貼り付けゼッケン、腹には原野商法防止の貼り付けゼッケン、肩には留守の戸締り啓発の襷。このフル装備で街を練り歩いていた。

 恥ずかしさは当然あるが、これらをつけていなかったとしても注目を浴びることになるので善行を積める分こっちの方がいい。

 他にも受注したオーダーはある。目的地は南区にある飲食店。やることは新料理のアイデアの発案だ。このオーダーは、より的確な案を出せばその分報酬が上乗せされる、ということが概要欄に書かれていた。違う世界の食文化を知ってる俺には打ってつけだと言える。

 時間的にたどり着けば昼くらい。その後にもう一件こなして今日は終了だ。稼ぎはいくらになるか、バイトのような仕事なのでそう期待はできないが、この街を知るには持ってこいの仕事なので頑張って行こう。


 はい、到着。多分ここだ。


『グレゴ食堂』


 一見すると大衆食堂のような名前と見た目の店だ。軽く覗いてみるとちらほらと客がいるが大丈夫だろうか。


「どうもー」

「あ?」


 声を出して反応したのが依頼人だろう店主。店の客も一瞥して視線を外してからもう一度見てきた。


「なんだぁてめえ」


 ごつい大男の店主はその見た目通り低い声で威圧してくる。


「依頼を受けてきたトオル・シンミヤだ。別の依頼でこんな格好をしてるだけで不審者じゃないから安心してくれ」

「おお、来てくれたか」


 事情を話すと今度は朗らかに笑った。


「にしても来たのが噂の異世界人とは。だが今はちょっとな」

「悪い、昼時だもんな」

「明日また来てくれないか? その時話しを聞かせてくれ」

「そうだな、そうするか」


 期限は特に定められてなかったし、日を跨いでも別にいいだろう。本人がそう言ってるわけだし。

 店に入る前、看板を見たら明日は定休日と書かれていたからこうなる可能性も少しは読めていた。


「じゃあ、昼飯だけ食べていくよ」




 グレゴ食堂、悪くなかった。一昨日ラクレーナと食べた店よりこっちの方が美味い。出された料理にもよるだろうが、俺的評価ポイントは星4といったところ。明日また来たらあわよくばご馳走になりたい。


「ここか」


 次のオーダーの目的地。郊外にある大きな家の前に俺はいた。大きくはあるが寂れていて、人は住んでいなさそうな雰囲気がある。それもそのはず、ここの家主はだいぶ昔にこの家を出ていて今日までずっと放置されていたそうだ。そして最近、この空き家に誰かが住み着いていると近隣の住民から密告があったらしい。俺はその誰かをここから追い出す為に来ていた。


「すみませーん」


 古びた玄関の扉をノックする。

 応答はなし。再度声と共に扉を叩いた。徐々に大きく、強くしていく。

 それでも反応はなかった。

 

「開けますよー」


 ドアノブを回し引く。すると鍵は掛かっておらず軋む音を立てながら開いた。

 そして俺は見てしまった。薄暗い中、ドアを開けた俺を見て佇む、女の霊を。


「うわっ」

「⋯⋯⋯⋯」


 いや、霊じゃないけどな。若そうな女はじっとこちらを見つめている。


「⋯⋯不審者」

「あ、いや。これは気にしないでくれ。⋯⋯ごほん。ギルドで依頼を受けて来た者だ。空き家であるはずのこの家に誰かが住み着いているとのことだが、それはお前か?」

「はあ、また? あたし、ここ買い取ってるから問題ないからね。誰の依頼だかしらないけどさ、迷惑なんだけど?」

「買い取った?」


 まじか? 家を? こんな若そうな女が?


「ミラ・シーラスト。シーラストって聞いたことない?」

「いや、知らない」

「あ、そうか。その髪と眼、話題の異世界人か。じゃあ説明するけど、シーラストってお金だけは持ってる腐れ貴族の名前で、あたしはそこの娘なんだよ」

「⋯⋯なるほど。普通に買える金は持ち合わせてるってことか」

「そういうこと」


 そういうこともあるか。このオーダーの依頼人は匿名だった。おそらく近隣住人だろうと予想はできるが、基本的に匿名のオーダーはあまり旨みがないことの方が多いらしい。物は試しと思って受けてみたがその通りだったな。


「悪かった、帰るよ。⋯⋯ん、犬か?」


 奥の部屋から覗く犬が見えてつい反応してしまう。


「えっ、見えるの?」

「見えるが」

「あれ、霊だよ。人には見えないはずなんだけど」


 ミラは目を見開いて言った。


「人にはって、君にも見えてる口ぶりだけど」

「あたしはネクロマンサーだからわかるんだよ。⋯⋯そっか、へえ。面白いじゃん」

「はあ」

「また来なよ、今度は適当にもてなしてあげるからさ」

「適当って。どんな風の吹き回しだよ」

「異世界人の知り合い作るってのも面白そうじゃん? それになーんかいい風運んできそうな感じあるよ、お前」

「よくわからんが、知り合いができるってのはこっちとしてもありがたい」

「名前は?」

「トオル・シンミヤだ」

「トオルさんね。オッケーオッケー。じゃあ、絶対また来てよ。あ、今はいないけどうちもう一人住んでる奴いるから、来たらそいつも紹介する。そんじゃねー」


 妙な展開になったと思いつつも帰途に着く。霊の犬にネクロマンサー。未知の存在がそこにあるなら彼女の申し出を断る理由はない。明日、グレゴ食堂に寄った後、早速行くことにした。

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