第9話 ギルド
一日かけて街で服類や寝具の買い出しをした。貰った金額の約半分くらいの出費になり、さらに今後の家賃だとかを考えると、遊んでいられる期間はあまりなさそうだった。よって、異世界に来て三日目にすることは仕事探しだ。その辺も視野に入れて昨日は街を歩いていたので、仕事の目星も一つある。それはギルドだ。想像するに、職安みたいな感じだろう。その建物の場所も確認できた。身分証とか必要になるのが予想できるが、昨日の帰りにアパートの一階部分にある集合ポストに届いていたので用意はできてる。⋯⋯ハンコは必要ないよな? 大丈夫だろう。ということで、これからクレンポート中央区にあるギルド協会に向かおうと思う。
他の建物に比べてかしこまった雰囲気のある建物だ。そう感じるのは職業安定所を知っているが故の偏見だろうか。
意を決して中に入る。
中は人で賑わっていた。特有の落ち着いた雰囲気はなく活気がある。幾つかに分かれた受付には空きはなく、掲示板の前には人が群がっていた。彼らのことは冒険者、とでもいうのだろうか。その職業はこの世界においては人気のある仕事なのが垣間見えた気がする。
空いた受付に向かう。俺がいることに気づいた人は、皆ちらちらとこっちを見てくるし、目が合った受付の女の人も珍しいものを発見した目で見てくる。この注目は昨日もだった。この髪と眼の色が興味を惹くらしい。実際、街には黒髪黒眼は俺以外いないので仕方ないことなのはわかる。こっちとしてはいい加減しんどいけど。
「おはようございます」
「あ、どうも。おはようございます。あの、仕事を探してるんですけど」
「⋯⋯もしかして、異世界人なんですか?」
受付がそう問うと、俺の周りで喧騒が止んだ。皆、俺の返答に耳を傾けてるってことだ。
「あ、そうです」
素直に答えると、まじかよ⋯⋯、とか色々小声で聴こえてくる。いつもと違う雰囲気は、人が人を呼ぶようにしてこの空間全体に及んでいた。
「三日前にこの世界に来たばかりで、勝手がわからないんです。ここで仕事を請け負うことってできるんですか?」
「あ、ええ、もちろん。身分証があれば簡単に登録できますが、お持ちですか?」
「あります」
受付の人も戸惑いが隠せないようだった。それでもきちんと応対してくれて、流石だなと思う。俺ならイレギュラーじゃなかったとしても、かっちりしたタイプの客対応はできない。
「トオル・シンミヤ様ですね。少々お待ちください」
身分証を手渡すと、受付は後ろの部屋に消えていった。背後の視線に耐えつつ、大人しく待つことにする。
受付はすぐに戻ってきた。
「お待たせしました。確認が取れましたので、ご説明させていただきます——」
そんな感じで、終始丁寧な口調で色々と説明してくれた。けど一度に大量に説明されたのであんまり理解はできなかった。とりあえず受注手順の流れだけは記憶できたので、礼を言ってから一旦待合席まで待避する。
移動したところで視線の雨は止まないが、動かない俺を見て徐々に各々の作業に戻っていった。
「はあ、そろそろ行くか」
無駄に時間を使った。とは言ってもそこまで時間は経ってない。ただ感覚的にそう思えたというだけだ。
金払いが良かったりランクが高いオーダーが掲載されている掲示板の前には、まだ人が集まっているので比較的人気のないオーダーが載っている区画の棚に行く。外、内と分けられていて、外は街の外で作業があるもので、内は街の中で作業があるものだ。基本的に外のオーダーは魔物退治や行商人の護衛とかだそうなので今の俺には荷が重い。そういうわけで内と記されたファイルを数冊取り、フリースペースのテーブルまで持ち出した。
どんなオーダーがあるのか見ていく。
なになに。ゴミ拾い、ペットの散歩、草むしり、治験、詐欺の防犯呼びかけ、スリの防犯呼びかけ、新料理のアイデア募集、等々。数が多く、どれもこれも生活に根付いたものばかり。この感じなら俺でもできそうだ。
一つ一つ概要欄見ていきめぼしいものを選んでいく。掛け持ちで同時進行できそうなやつが望ましい。
選び終わりまた受付に向かう。
「オーダーの受注したいんですけど」
「はい。⋯⋯これ全部受けるんですか?」
「え、まあはい」
訝しんでいるようだ。まとめて受注してもいいと聞いたが何かまずいことでもあるんだろうか。
「何か問題でも」
「⋯⋯よくあるんですよ。例えばこの防犯の呼びかけ系。概要欄に書かれている通り、防犯を啓発する文章が書かれた帯だとかを身につけて街をただ歩く、というオーダーになっているんですが、このオーダーを受注する方の中には、街を歩くことをせずずっと家の中にいたりと、防犯の呼びかけができてない方がいるんです。そういう方って、大抵似たようなオーダーを複数受注して働かずに給料だけ貰おうとしてるんですよ」
「なるほど」
どこの世界にも、楽して金を得ようとすることに対する嗅覚が鋭い人はいるものだ。それ自体は全く悪いことじゃないが、最低限要望には応えるべきだ。
「俺は違いますよ。この髪と眼の色なら人目を引けると思ったからそのファイルを持ってきたんです」
「そうなんですね、申し訳ありません」
「⋯⋯意外にあっさり引きますね」
「その辺、サボってるかどうかはわかる仕組みになってますからね」
小声でこっそりと教えてくれた。信用してくれてるようで安心する。
「ここだけの話し、これだけじゃあまり稼げないんじゃないですか? 異世界人様ならもっと重いオーダーを受けた方が良いのでは?」
少しフレンドリーな抑揚で質問された。
「いやあ、できることからやっていきたいんで」
「流石ですね。あ、依頼人の場所、メモりました?」
「大丈夫です」
「それでは頑張ってくださいね。御武運を」
「ははは、どうもです⋯⋯」
妙に期待した目で送り出される。他の人も似たような感じだ。非常に居心地が悪い。今の会話を思い返すに、貴方強いんでしょ、という期待だろう。だが残念ながらそんなことはない。なんとなくここにいたらそれがバレてしまう気になってしまい、俺はそそくさとこの場を後にした。
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