第6話 魔法

 日が暮れてきたのを見て、退屈しのぎがてら屋外に出た。外はまだそう暗くはないが、夜になるとこの目の前の広原は真っ暗になってしまうのが想像できる。街はどうだろう。電気はなさそうだから火を使うんだろうか。それとも魔法か。何にせよ、今の興味は街の中に集まっていた。まだ名前すら知らないこの街を早く散策してみたい。


『ごほん』


 ああ、レベルアップね。サリーはもうレベルアップの報告をちゃんと発声しなくなっていた。面倒なんだろう。俺としても支障があるわけじゃないので気にしてなかった。

 

「お疲れ様です!」

「ご苦労、居る?」

「あちらに」


 門番が声を上げた。見ると誰か来たようでちょうどその人物と目が合った。あの人が俺に会いに来た偉い人だろう。軽く会釈して歩み寄った。


「異世界人というのは、やっぱり髪と眼は黒なんだね」

「そうらしいですね」


 女性。白金の髪色とブルーの眼。馴染みがない分気圧されてしまった。


「初めまして。わたしはラクレーナ・シルバール・リサミナ。ここで学士を務めてます」

「⋯⋯ああ、俺はトオル・シンミヤ。異世界からきました」


 今三人分くらいの名前を言ったか? いやそれは置いておいて、エルフ、だよな、尖った耳をみるに。それしか判断基準はないけど。初めて見た。かっこいいな。造形が美しい。映える。頭良さそう。健康的。


「異世界にはいないんだよね、エルフ。どうかしら?」

「感動した、けど、こっちの世界の事情とか、わかるのか?」

「少しはね。そうだ、立ち話しも何だし、移動しようか」

「そうだな」

「トオルは空を飛んだことはある?」

「えっ?」

「あの上で話そうか」


 ラクレーナは門の上を指差す。見ると確かにその為のスペースはありそうだけど、その質問はなんだ。


「それじゃ」

「う、うわっ、ちょ、な、何だこれっ」


 ラクレーナがパチンと指を鳴らすと、その身体がふわりと浮き出した。かと思っていたら今度は俺の身体も同じように浮く。つま先が完全に地上から離れて体験したことのない現象に戸惑った。そんな俺を見てラクレーナは薄く微笑む。大人っぽくて素敵だ、と余裕もないのにそう思った。

 流されるままに門の上のテラスかなんか——正直その名称がわからない——に外から着地する。消えていた重力感がいきなり復活して少しよろめいたが、それよりも感動が上回っていた。


「すげぇ、こんなこともできるのか⋯⋯」


 下を見下ろすとジャンプなんかでは到底届かない高さがある。


「これが魔法だよ」

「魔法⋯⋯」


 凄い、それしか感想は浮かばなかった。



「暗いね」


 ラクレーナはそう言って、また魔法を繰り出した。途端に柔らかい灯りが辺りを照らす。


「座って」


 円テーブルがそこにあったので二人とも広原が見える形で席に着いた。

 さっきまで、明るかったというのと地上にいたというので気づかなかったが、広原の一部にまるで何かの境界線かのように伸びる薄い光のようなものが見える。


「あの光は?」

「あれは防衛ラインね」

「防衛?」

「魔法装置でああやって光らせているんだけど、夜になっても魔物の接近がわかるようにしてるの」

「なるほど」


 たしかに、これなら誰か来ても一目瞭然だろう。にしても魔物か。俺は出くわすことなくここまでやって来れたけど、実は危ない橋を渡ってたんだろうか。


「この地は通称墓地草原といって、いつからか夜になるとアンデッド系の魔物が湧き出すようになったの。そんなわけだから、毎夜、朝までギルドから戦闘員を派遣してもらってるわ」


 感嘆の声で相槌する。人々の営みを感じられて興味が湧いた。それにギルド。これについても知りたい。


「さて、本題に入ろうか。わたしがトオルに会いに来たのは、取り引きがしたかったからよ」


 ラクレーナがこちらに向き直ったので同じように身を正す。


「取り引き」

「ええ。単刀直入に、あなたの身分の証明と引き換えに、あなたに力を貸してほしいのだけど、どうかしら」

「力、と言っても俺に大した力はないけど」


 身分証明は素直に嬉しいが。


「そうなの? ⋯⋯自分のステータスを見れる? 明らかにおかしい数値が一つあると思うんだけど」

「え。まあ確かにある。レベルの数値だけは異常に増えてるが」

「レベル⋯⋯、そこもそうなるのか⋯⋯。レベルだけってことだよね。他のステータスは比例してない、と」

「まあ、恥ずかしながら」


 ラクレーナはしばらく考え込んでいた。悩んでいるとも言えるんだろうか。何かのアテが外れたならちょっと申し訳ない気になる。


「なんかまずいことでもあったりする?」

「⋯⋯いえ、問題はないわ。むしろ有用過ぎて困るくらい」

「それなら、俺も身分証明できるならしたいし、悪いことじゃない限り力は貸すよ」

「ありがたい。その手続きと当面の衣食住は保障するわ」


 ホッとしたように微笑まれ、つられて俺も頬が緩んだ。

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