第5話 与太話

『共感できるわね』


 雑に繰り出した音読の、最初の感想がそれだった。


「共感? 誰に」

『メロスによ。焦りがよく伝わったわ』


 そんな感想になるのか。


『昔、似たような経験をしたことがあるわ』

「へえ、どんな?」

『ある日の夜のことよ。私は無性に外食したくなったから、店まで食べに行ったの。普通に注文して普通に食べてたんだけど、衝動的に家を飛び出したものだから財布を忘れてててね、凄く焦ってたのよ』


 どこか聞いた話しだが適当に相槌を打つ。


『店主も怖そうな感じだったしで、どうしよっかなあとか思いながら食べててたけどついに食べ終わっちゃってね。もうこれは食い逃げしかないと思ったわけよ』

「もっと他にあるだろ」

『逃走経路をシミュレーションしておもむろに立ち上がったわ。料理を客に渡そうとしている今がチャンスだと思って、走り出したのよ。⋯⋯でもダメだったわ。入り口に見えない壁が設置してあったのよ』

「ああ、神様の世界だもんな。そういうのもあるか」

『盛大に壁にぶつかったわよ。そのときも大分焦ったなあ』

「そりゃそうだろうな」

『こっ酷く怒鳴られて時間が無為に過ぎていくのを感じて、もう無理か、と思ったけど、まだチャンスがあった。店の前を親友が歩いていたのよ。私はすぐさま呼び止めて中に入ってきてもらったわ。そして店主に、この子を店に置いておくから財布を家に取りに行かせて欲しい、と言ったのよ』

「立て替えてもらえばよかったのでは?」

『その子お金を持ち歩かないから。⋯⋯渋々だけど了承してくれたから急いで家に向かったわ。そりゃもう全速力で。あのときは焦りで冷や汗が止まらなかったわね⋯⋯。で、何とか無事に家に辿り着いた私は、見たいアニメを見逃さずに済んだってわけ』

「は、アニメ? 早く戻ってあげたくて焦ってたんだろ?」

『違うわよ。アニメを見逃してしまわないか、不安で焦ってたのよ』


 なんだこいつ。自分本位すぎる。


「⋯⋯まあでも、アニメ見終わってからもどったわけか」

『いいえ? 眠くなったから寝たわよ?』

「寝るなよ。親友可哀想だろ」

『いやあいい話しだった。妹の結婚式に出席する為に走ったメロスは、私を題材にしたんじゃないかってくらい、私とリンクしてたわね。⋯⋯共感できる』

「共感するなよ。お前はしていい側じゃない。だってメロスは戻ったけどお前は戻ってないんだから」

『はん。この物語の本質は焦りの感情よ。戻ったかどうかなんてどっちでもいいのよ』

「それでもお前がくず野郎にはかわりないけどな」

『ちゃんと戻ったわよ。⋯⋯思い出したときに。私の親友は立派にそこで働いてたわ。気弱な性格だったのに店主の真似していらっしゃい! て元気よく私に挨拶してくれたのがちょっとかわいかった』

「健気だな」

『良い子よ。そのあとは代金を払って店を出たわ。ハッピーエンドね。あんたたちからしたこれも神話の一ページになるのかしらね?』

「ん、まあ確かに。しょうもない話しだけど、それっぽくはある」


 そういえば神様なのか。そう思えばクズっぷりも納得できるかもしれない。拙い音読だったけど、案外深そうな感想が返ってきたし、頭は良いんだろうな。


『結構楽しめたわ。また聞かせなさいよ』

「暇なとき思いついたらな」


 俺としても、他人の知らない知識を披露するのは気持ちが上がるので歓迎だ。案外こいつと話しをするのは楽しかった。

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