第3話 詰所にて

「止まれ」


 片方の兵士が俺を呼び止めた。それに従い立ち止まる。


「通行証は?」

「通行証ね⋯⋯」


 そういうのやっぱあるのか。現代でもパスポートとかあるもんな。どうしよう。


「ないです。発行とかできないですか?」


 そう言うと兵士二人が無言で目を見合わせる。なんとなく困っているような感じだ。手に持つ武器を向けるでも追い返すでもなく、困っている。前例がないわけでもないだろうに。


「なああんた。失礼だが、その髪と眼は最初から黒いのか?」

「髪と眼? まあ、はい。生まれつきですが」


 直毛の黒髪に視力2.0の優秀な黒眼ですが。


「嘘、じゃないよな。ちょっと待っててくれ」

「え?」

「ああいや、立ちっぱなしもなんだから詰所の中でくつろいでいてくれ」


 促されるままに門の脇にある簡素な建物の中に入った。

 木製のイスとテーブルがあり、一人の兵士にそこに座るように指示されたので大人しく座った。その兵士も対面側に座る。そしてもう一人の兵士は部屋の隅にある台の前に立った。その台の上には、フック付きの四角い箱のようなものとそのフックに、曲線を描いた棒状のものが乗ってある。俺はその物体に興味を惹かれた。なぜならそれは、見るからにあの形をしているからだ。

 兵士は棒状の物体を持ち上げ自分の耳に押し当てる。


「本部201番へ」


 そう、俺やもう一人の兵士以外に話しかけた。

 もう間違いないだろう。


「もしかして、あれって電話機ですか?」

「デン? あれは通話機だが、知らないのか。遠くの人と話せる機械だ」

「通話機⋯⋯」


 名前こそ違うが示しているものは同じだ。ワクワクしてきた、これぞ異世界って感じ。


「名前を教えてくれないか」

「トオル・シンミヤ」

「名前も似た感じか⋯⋯。もう一回聞くが嘘じゃないんだよな?」

「そうですけど、俺になんかあるんですか。いまいち話しが見えないんですが」


 あと、初対面だから敬語で話してるけど、そういうの必要なかったりするんだろうか。


「マコト・テンショウと聞いてピンとくるものはあるか?」

「⋯⋯いや、特には。強いて言うなら同郷っぽい名前だな、と」

「昔の英雄の名前だよ。そのお方も黒髪、黒眼だったらしい」

「英雄か。⋯⋯英雄って?」

「魔王を倒した者に与えられる称号だ。英雄マコトの出生や経歴は明らかにはなってないが、異世界から来たとされる説が有力なんだ。って、ホントに知らないのか?」

「俺もついさっき異世界から来たからなあ」

「や、やっぱりそうなのか⋯⋯。この世界にその色の髪と眼を持つ者は存在しないんだ。染めたりしてない限りな」

「そういうことか。ちょっと話しが見えてきた」


 てことは俺って英雄? そんな力全く備えてないけど。

 

「率直に聞きたいんだけど」

「なんだ?」

「俺って、この街を歩いてたら崇め奉られたりするわけ? アレしてくれ、コレしてくれとか言ったら何でも聞いてくれるとか、ある?」

「いや、流石にそれはない。本人じゃないなら、ただの珍しい人止まりだろう」

「そっか」

「今後、何かを為せば話しは別だが」


 甘く見過ぎか。


「ただ、これは予兆かもしれない」

「予兆?」

「いや、なんでもない。詳しいことは国の偉い人と話した方が良いだろう」

「国?」


 わからん、わからん。意味がわからん。

 でもめんどくさい予感がある。


「トオル殿。夕方までここにいてくれるか?」


 さっきまで電話、じゃなく通話していた兵士がそう告げる。


「夕方過ぎにこの詰所に宮学士様が参られる。その方と話しをしていただきたい」

「宮学士、偉い人だよな。てことはここに俺が来たのはややこしい状況ってことだ。⋯⋯わかった。ここにいさせてくれ」

「ああ、よろしく頼む」


 何事も最初は気苦労が多いもんだ。この世界の一員として認めてもらう為には、もしかしたら偉い人に掛け合うのが近道かもしれないし、頑張ってみるか。


「あ、一ついいかな?」

「なんだ」

「食べ物恵んでもらえない? 歩き詰めで空腹なんだ」

「ん、おういいぞ。買い置きのやつがあるから食え」

「ありがたい」

 

 異世界に来て初めての食事。いただきます。

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