第1-3話 潜水艦の燃料を手に入れよう

 

「うふふ……ここは士官室だよ」

「フェドはわたしたちのマスターだから……”艦長”かな?」


「ヒトヒトマルマル (午前11時)、出港準備は出来ております、艦長!」


 狭い艦橋上部ハッチを通り、これまた狭い通路を引きずられた僕は、艦内の (たぶん)前方にある少し広い部屋に連れてこられていた。


 金属製のテーブルには上質な白いシーツが掛けられ、5~6人が座れそうなソファが置かれている。

 部屋の端にはベッドがあり、清潔な寝具が積んである。


 どうやら、偉い人が使う部屋のようだが……。


「むむむ……艦はあたしたちが動かすし、他に乗組員もいないから……しょうがない、よろしく、フェド艦長!」


 イオニとセーラはどんどん話を進めているが、ちゃんと状況を整理した方が良い気がする。


 僕はイオニが淹れてくれたお茶 (見たことのない緑色のお茶……緑茶というらしい)と、謎の黒い物体 (甘くておいしい……羊羹というらしい)で一息つきながら、現状を整理するために話し出す。


 ***  ***



「はぁ~、なるほど。 あたしたちは上の世界から”落ちてきた”ってわけね」


「ふんふん、フェドがブリーディング (機械使役)って魔法?をつかったから、わたしたちが実体化したんだね。それにしても、ふふっ……魔法か~”少年倶楽部”に載っている子供向けのおとぎ話みたいだね♪」


 まずはこの世界ボトムランドの事、ブリーディングという魔法の事を説明する。

 とりあえず、ふたりとも自分たちがこの世界に現れた理由は理解してくれたようだ。


「そのほかの細かい部分はまた説明するとして、そろそろ君たちの事も教えてくれないかな? 普通は、ブリーディングすれば対象の”ギフト”の使い方が分かって、”魔力”を込めるだけでその”ギフト”を使えるようになるという流れなんだけど……」

「ブリーディングしても君たちが出てきただけで、この”潜水艦”の事は全然わかんないんだよね」


 そう、僕にとってはここが重要である。

 ブリーディングが発動したのに、この潜水艦の動かし方が全く分からないのである。


 この部屋にもいろいろなメーターやバルブのようなものがあるが、何に使うか想像もつかない。


 小銃なら”弾をここに込めて撃鉄を上げて引き金を引けば発射される”とか、蒸気機関なら”ここに水を入れて、石炭をここに投入、火を付ければ動き出す”といったような、動かす手順というものがイメージとして浮かんでくるんだけど……。


「うん、それはね……わたしの伊402や、セーラちゃんの晴嵐が、フェドたちが使っている”ギフト”だっけ? それらの道具に比べて、はるかに高度な仕組みを持ってるからだと思うよ」


「たとえば……海に潜るだけでも、まず水上航行用のエンジンを起動……艦首蓄電池室にあるバッテリーに充電、充電が終わればメインタンクに注水、浮力を調整してダウントリム……海に潜れる角度に艦体を調整して潜航……スクリューへの動力をエンジンからバッテリーに切り替えて……ザッと言ってもこれくらいの手順があるんだけど、フェドの魔法でこれが出来るの?」


「……何のことかさっぱり分かりません」


 イオニはなるべくわかりやすく説明してくれているのだろう、専門用語を極力使わないようにしてくれているが、正直操作手順の想像がつかない。


 現在ボトムランドで使われている”機械”は、せいぜい操作する箇所は数か所で、構造も単純なものがほとんどだった。


「でしょ? だからわたしたちがそれらの操作を肩代わりするために呼ばれたんだと思うよ!」

「例えばフェドが、魔力をわたしに渡してくれれば……」


 イオニの言葉に従い、僕は意識を集中し、魔力を放出する。


 ガコン!

 ジリリリリ……!


 その途端、どこかで何かが開く音がし、アラーム音のようなものが鳴り響く。


「……ほらね! いまはメインタンクを排水モードに切り替えただけだけど……フェドの魔力さえあれば、わたしは伊402の艦体を自由に操作できるってわけ!」


 ふふん、と得意げに鼻を鳴らすイオニ。


 な、なるほど……細かい点は分からないけど、彼女たちと協力すれば自由にコイツを動かす事が出来そうだ。


 ……これって、もしかして物凄い事なのでは?


 この世界にある船は、風任せの帆船か、風が無いときに補助動力として蒸気機関を使う外輪船 (これもギフトだ)くらいである。


 速度は遅いし……なによりこの世界の海は”魔の海”とよばれており、少し沖に出ると、シードラゴン、サーペントなどの凶悪なモンスターに襲われるし海は荒れる……隣の国に行くだけで命がけ。


 100隻船を出しても到達率は1割程度で、一部の一獲千金を狙う命知らずどもをのぞけば、海路での連絡はほぼ不可能といってよかった。


 そのため、海を隔てた国同士では、相手の国でしか取れない資源・特産物などは驚くほどの高値で取引されているのが現状である。


 この潜水艦を使い、潜っていけば嵐は関係ないし、いくらシードラゴンの牙が強力でもこの鉄の塊に通じるとは思えない。

 貴重な物資をこの船に積んで貿易すれば……大儲けできるんじゃないだろうか?


 いける、いけるぞ!


 無職になった僕に大きなチャンスが巡ってきた!


「……いや、機械類が動かせるのは分かったけど、エンジンはどう動かすの? まさかフェドがずっとエンジンルームに籠って魔力?ってヤツでエンジンを回すの?」


「さすがに無理があるんじゃない?」


「…………」


 高ぶった気持ちにセーラの一言が冷水を浴びせる。


 確かに……この世界で利用されている”蒸気機関”でも、エンジン部分は複雑すぎて魔力で動かせず、”石炭”を燃やして動かしているんだった……うう、ぬか喜びだったかも。


「ねえ、セーラ、この”潜水艦”のエンジンは、何を燃やして走るの?」


 石炭じゃないだろうなぁ……ダメもとで聞いてみる。


「あたしの晴嵐はハイオクガソリンだけど……この艦のエンジンはディーゼルだから……燃料に使うのは”重油”よ。 さすがにこの世界にはないわよね?」


 へっ? 重油?


 その言葉を聞いた瞬間、リークさんから「燃える水」と馬鹿にされた言葉がよみがえる。


「えっと……セーラが言ってる”重油”が、”燃える水”のことなら……僕が作れるよ?」


「……ふえっ!?」


「……はぁ!? 作れるってなに?」


 僕の答えに目を丸くするふたり……百聞は一見に如かずだな……僕はふたりに現物を持ってくると伝えると、ギルドの倉庫に急いだ。


 昨日大量に作ったからな……この潜水艦に人生を賭けることにした僕は、全財産を銀行から引き出し、荷馬車を手配する。


「ん? どうしたフェド、忘れ物かい?」


 僕が息を切らせながらギルドの倉庫に到着したとき、倉庫の管理人であるジン爺さんが、僕が作った”燃える水”や、”砲弾”などを処分する為に作業しているところだった。


「ジン爺さん、”それ”捨てるんなら持っていっていい!?」

「あ、ああ……かまわんが、爆発物じゃぞ? 何に使うんじゃ?」


「人生の勝負にっ!!」


 なんのことじゃ?


 とぽかんとするジン爺さんにも手伝ってもらい、大量の”燃える水”と”砲弾”を荷馬車に積み込んだ僕は、海岸に停泊している潜水艦、伊402の元に戻ったのだった。

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