第238話 天災少女のプレゼンテーション その1

 


 ☆



 告発の準備の件は、それでほぼ話がついた。


 ジャイルズとカレーナの出発は、明朝。


 今晩のうちに俺はカミルへの手紙を書く。


 スタニエフも同様に、オネリー商会の留守を預かってくれているメリッサとダナンに宛て、告発のために準備してきた証拠書類をカレーナに預けるよう指示書を書く手筈となった。


 こちらで準備できることは、全部やっておく。


 とはいえ、馬車で普通に移動すれば片道7泊8日かかるところを、10日で往復してもらわなければならない。


 カミルの説得と彼の旅の準備、それに書類探しに丸一日はかかるだろうことを考えると、のんびり移動している余裕はないだろう。


 カミルは元商人だけあって馬に乗れる。

 が、俺たちほどの無理はきかないはず。


 往路でどれだけ距離を稼ぎ、復路でどれだけ遅延しないか。

 それが鍵だろうな。


「強行軍だが、よろしく頼むぞ」


 ジャイルズにそう言うと、うちの隊長は、


「気持ちよく闘技大会に出られるよう、頑張るぜ!」


 と力強く笑ったのだった。




 ☆




 しばらくして。


 プレゼンの準備が整った俺たちは、談話室にフリード伯爵を呼んだ。


「ほう。なにやらよく分からないものが色々あるではないか」


 部屋に入って来た伯爵は、部屋のあちこちに置かれた封術道具たちをちらりと見ると、ニヤリと笑って部屋の中央に置かれた椅子に腰掛けた。


「そ、それぞれどういうものかは、順番に説明しますわ。お父様」


 よほど緊張しているのか、壁際に立ち、珍しく顔をこわばらせるエリス。


 今回のプレゼンは、基本的に彼女一人で行う。

 俺たちは手伝いだけ。


 なぜならこのプレゼンは、エリスが計画する『封術研究所』設立への出資に関するものだからだ。


 フリードとダルクバルトの秘密軍事同盟が締結された以上、銃を含めた武器開発と製造に関しては、ある程度の資金援助が期待できる。


 だがそれは、ダルクバルトに対してのものだ。

 エリスの封術研究のためのものではない。


 そもそも数ヶ月前、エリスは父親に封術研究への援助を頼み、却下されている。


 今日のプレゼンは、そのリベンジマッチだ。




「それでは、始めさせて頂きます。––––カーテンと照明を」


 エリスの言葉に、窓際のジャイルズとケイマンがカーテンを半分だけ引き、俺が封術ランタンのスイッチを入れる。


 と、少しだけ暗くなった部屋で、エリスにスポットライトが当たった状態となった。


 ちなみに俺が点灯させた箱型の封術ランタンも、立派な封術道具だ。


 スイッチを入れると箱の中で『灯火(トーチ)』が発動し、内部に仕込んだ鏡で増幅された光が、箱の側面の穴から投射されるようになっている。


 ようするに、デカい懐中電灯だな。


「それでは最初に、今回提案させて頂く『封術研究所』の概要についてご説明致します。––––1枚目のスライドをお願いします」


「スライド?」


 ぼそり、と呟く伯爵。


 聞き慣れない言葉に、首を傾げているらしい。


 俺は思わずにやりとしながら、伯爵の前方にある『箱』のスイッチを入れた。


 カチャン、と音がして、箱から眩い光が放たれる。


 光は直進し、エリスの横の壁に貼られた白い布へ。

 そして––––


「おお……」


 伯爵の口から驚きの声が漏れた。




 簡易スクリーンに映し出されたのは、『封術研究所 概要』というタイトルと、その下に箇条書きされた3つの項目だった。


「これは……文字の影を映し出しているのか?」


 そう。

 これは原始的なプロジェクター……幻灯機だ。


 ガラス板に油性塗料で文字を書き、それを背後から『灯火(トーチ)』で照らして凸レンズを通して影を投影する。


 非常に簡単な構造のものだが、一つだけ他所では真似できないだろうことをしている。


 それは何かというと––––


「明るいな」


 伯爵の言葉の通り、非常に明るいのだ。


 明るいから、部屋を真っ暗にしなくても、映した文字をはっきりと読むことができる。


 では、どうやってこれだけの光量を発生させているかというと––––


「お父様が仰る通り、この投影機では通常の『灯火(トーチ)』の倍以上の明るさの光を発生させています」


「どうやって?」


 尋ねる父親に、エリスが「ふふん」と笑う。


「それは秘密ですわ。投資して下されば情報を開示することも検討しますが……」


 ちらっ、と伯爵を見るエリス。


「ふっ、言うではないか。だが、何も分からない状態では投資はできんな」


 父親の反撃に、「くっ……」と顔を歪める娘。

 彼女は少しだけ逡巡すると、口を開いた。


「とても簡単に言うと、その投影機に使用している封力石には特殊な加工を施してあるんです。その加工のおかげで強力な光を放てるのよ」


「なに? 封力石自体に手を加えているのか?」


 片眉を上げる伯爵。


「お話しできるのはここまでよ。お父様」


「むう……」


 何やら駆け引きが続いているが、ようするにあれは、ひだりちゃんの『おまじない』効果だ。

 エリス自身は何もやってない。


 ただまあ、本人もばつがわるいらしく苦虫を噛みつぶしたような顔をしてるし、あの謎技術を解明するためにも彼女の力は必要だ。


 この件でいじるのは止めておこう。




 何はともあれ。


 せいぜい『娘がどれだけ頑張るか見てみよう』的な雰囲気だった伯爵は、このプレゼンに実利的な興味を持ち始めているようだった。


「くくく……。なかなか交渉上手ではないか、エリス。これは楽しみになってきたな」


 いつの間にか海賊伯の笑みが、彼らしい獰猛さの片鱗を見せ始めていた。







☆新作のご紹介☆


『やり直し公女の魔導革命 〜処刑された悪役令嬢は滅びる家門を立てなおす〜 遠慮?自重?そんなことより魔導具です!』


https://kakuyomu.jp/works/16817139557742171856


2023年夏頃に書籍化&コミカライズ開始予定です!



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