第239話 天災少女のプレゼンテーション その2

☆体調不良で更新遅くなりました。スミマセン。






「それでは最初に、本研究所の設立目的についてご説明します」


 エリスは指示棒で、タイトルの下に記された3つのトピックの一番上を示した。


 俺は幻灯機からスライドを抜き、2枚目のスライドを差し込む。


「本研究所の設立目的は、『封術技術の理論的研究を行い、敵性勢力に先んじてその理論を応用した新術式・封術具の開発を行うこと』です」


 スライドには、今エリスが読み上げた内容と、その下に補足として『宗教的価値観に囚われない学術的分析と技術開発』と記載されている。


「尚、封術具とは、封術陣を彫り込んだ金属板を組み込み、詠唱なし、スイッチ一つで術式を発動できるようにした道具のことです。午前中に見て頂いた『銃』や、そこに置いてある『トーチランタン』、『幻灯機』がそうですね」


「––––む」


 あらためて幻灯機を見るフリード伯爵。


「これは、中にスクロールが仕込んであるのではないのか?」


「紙製のスクロールは一度使えばおしまいですが、それらの封術具は破損するまで何度でも使用可能です」


「むう……」


 唸る伯爵。


 どうやらこれらの革新性に気づいてくれたようだ。




「話を戻します。––––今更お父様に説明する必要はないかと思いますが、本研究所が取扱う封術には、もちろんエルバキア帝国由来のものも含みます。従ってその点だけご留意下さい」


「ふん。それでもしオルリス教会や王家が難癖をつけてきたらどうする?」


 フリード卿のもっともな質問に、エリスはすました顔で口を開いた。


「そもそも、本研究所の研究内容は外部には公表致しません。もちろん開発においては外部……例えば各分野の職人たちとの協力が必要でしょうが、要となる研究については完全にクローズドな環境で進めるつもりです。また、研究所の存在自体も公にはしません。ですから万一どこかから何か言われても、知らぬ存ぜぬで通しますよ」


 実はこの質問は、俺たちが協力して事前に作成した想定問答集の中に入っている。

 外部からの干渉の問題は、真っ先に考えなければならないことだからだ。




 エリスの回答を受けた伯爵は、あごに手をやり、値踏みするように娘を見た。


「では、外部から何者かが『強引に』研究成果や開発品を盗りに来たらどうする? 教会はともかく、王家や帝国は手段を選ばんだろう」


「そうですね––––」


 エリスは少しだけ考える素ぶりを見せると、やがて自身ありげににんまりと笑った。


「せっかく話が出ましたので、本研究所のセキュリティについてお話ししましょうか」


「セキュリティ?」


「はい。そちらに展示した封術具をご覧ください」


 窓際のテーブルに並べた封術具たちを指差すエリス。

 傍らのケイマンとジャイルズが、さっとカーテン開いた。


「本研究所の警備ですが、複数の封術具を連結した警報装置を設置し、警報の発報と同時に当直の兵士が現場に急行する形をとります」


「警報装置、だと?」


「はい。ちょっと実演して見せますね」


 そう言ってエリスは窓の方に歩いてゆく。

 そしてそのまま、一枚の窓を開け放った。




 ジリリリリリリリリリリリリリリリ!!


「?!」


 けたたましく鳴り響くベルの音。

 赤い光をまき散らす赤色回転灯。

 テーブルに置かれた警報盤に貼られた間取り図の一部が、ピカピカ点滅する。


「なっ、なんだこれはっ??!」


 仰天して目を剥く伯爵。


 エリスはすました顔で警報盤のスイッチを切ると、父親を見返した。


「ボルマン卿発案、私設計の『ホームセキュリティ』です。見て頂いたように、窓や扉、あるいは廊下や引き出しなどに仕掛けた『センサー』が人や物の動きを感知すると、即座に警報を発報。侵入者に警告を与えるとともに、異常発生場所を警備の者に報せます」


「ホームセキュリティ?」


「はい。ボルマン卿がそう名付けました。ちなみにこのシステムですが、既にダルクバルト男爵の屋敷で稼働しており、数度の発報実績もあります」


「はあ?」


 顔を顰め、聞き返す伯爵。


 俺は伯爵の傍らに立ち、説明した。


「例の帝国の間諜のことです。毎回警報に引っかかってますが懲りずに何度もチャレンジしてますよ」


「ああ、例のメイドか。……帝国の間者を相手に、これは『使えて』いるわけか」


「はい。異常を探知するセンサーは巧妙に隠してあって、警告用の照明やベルとは直結してませんから、どう攻略していいか分からないみたいです」


「––––ふん。やるじゃねえか」


 片頬を上げ、珍しく褒めてくれるフリード卿。

 俺はここぞとばかりに売り込んだ。


「この装置を発展させていけば、やがて領内の見張りからの警報を即座に中央司令部に伝える『早期警戒システム』を整備することも可能でしょう。今回のエリス嬢のプレゼンでは、そういった『未来』も感じて頂ければ幸いです」


「まさか、貴様とエリスの力でこんなものが出来るとはな」


「お褒め頂きありがとうございます。プレゼンの後半では、将来開発を狙っているさらに進んだ封術具も出てきますから、楽しみにしていて下さい」


「ふん。どうだかな」


 伯爵は威圧感のある笑みを浮かべたのだった。




 ––––二十分後。


「……本当にこんなものが作れるのか?」


 フリード伯爵は、目の前に映し出されたスライドのシルエットとエリスの説明に怪訝そうな顔をしていた。


「今すぐは無理ですが、いつか、たぶん……」


 珍しく気弱に呟くエリス。


「ただの夢物語じゃあるまいな?」


「そ、それは……」


 伯爵の問いかけに口どもったエリスは、きっ、とこちらを睨んだ。


(ちょっと! これ、貴方が盛った内容でしょ?!)


 パクパクと口を動かし、俺に抗議する天災少女。


 仕方ない。

 フォローするか。


 俺は立ち上がり、エリスのところに歩いて行く。


「指示棒を」


(責任とりなさいよ)


 小声で恨み節を言われながらエリスから指示棒を受け取った俺は、「もちろん」と頷くと、フリード伯爵の方に向き直った。


「すみません。この最後の内容は私が追加したものなので、私から説明させて頂きます」


 伯爵は「ふん」と鼻を鳴らすと、顔を傾け値踏みするような視線を送ってきた。


「ボルマンよ。さすがに盛りすぎだ。––––『空飛ぶ船』などとは」


 俺はその視線と言葉を、真っ向から受け止める。

 そして––––


「私は話を盛ったつもりはありませんよ」


 そう不敵に笑ってみせた。



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