第237話 告白



 ☆



「そうと決まれば早い方がいい。横領の件を今から皆に話そう」


 俺の言葉に、スタニエフが目を見開く。


「今ここで、ですか???」


「ああ。幸い伯爵はデモンストレーションの準備を待ってくれているし、今日は皆がそろっているからな。なに、話自体はすぐに終わる。ジャイルズとカレーナに心の準備をしてもらうためにも話は早い方がいいさ」


 俺がそう言うと、スタニエフはまじまじと俺の顔を見て––––やがて、はあ、とため息混じりに苦笑した。


「僕もせっかちな方ですが、うちのオーナーはそれ以上ですよね」


「馬鹿言え。俺自身は慎重派なのに、いつも決断を迫られる事態が向こうからやって来るだけだ。休む間もなくな」


「もう、そういう星のもとに生まれたとしか思えませんね」


「違いない」


 そう言って笑い合ったのだった。




 ☆




 俺たちが談話室に戻ると、プレゼンテーションの準備は順調に進んでいるようだった。


 ジャイルズとケイマンがホームセキュリティ関係の封術道具を広げ、センサーの設置を手伝っている。


 その横でエリスは、エステルやカレーナ、カエデとプレゼン原稿の読み合わせをしていた。


 どうも一昨日の晩、宿で泊まりの『女子会』をやったようで、それ以来、お互いの距離が近づいているようだ。


「みんな、ちょっといいか」


 俺が声をかけると、仲間たちは手と口を止めこちらを振り返った。


「どうしたの? 今、原稿の最終チェックをしていたんだけど?」


 不満そうにこちらを見るエリス。


 俺が「すまん。すぐ終わるから」と言うと、彼女はため息を吐いて「どうぞ」と先をうながしてきた。


 俺は頷き、口を開いた。


「簡潔に言う。フリード卿との話し合いを受けて、十日後に俺は、親父……ゴウツーク・エチゴール・ダルクバルトを、横領の罪で国に告発することにした」


「「え?」」


 仲間たちの表情が固まった。




 最初に口を開いたのは、予想通りエリスだ。


「実の父親を告発するの???」


「そうだ。嫡子だからこそ、俺がやらなきゃならない。領地を守るためにもな」


 即答する俺。


「親父は七年も前から、魔獣の森の討伐のために国から支給された補助金を着服してきた。『用途外使用』というやつだ。その額と手口がエスカレートして、もはやいつ監査に入られてもおかしくない状態だ、とフリード卿から指摘された」


「お父様が?」


 エリスの問いに、頷く。


「そうだ。半年前にちょっとだけ仄めかしたことがあったんだが、今回ダルクバルトとの協定を結ぶにあたり、きっちり調べてきたようだ。––––でもまあ、それはいい。問題なのは、外の人間がちょっと調べただけで『ヤバい』と断言されるほどに、横領の状況が悪化していることだ。俺の告発の前に監査に入られれば、最悪、親父は死刑。ダルクバルト男爵家は取り潰しになるだろう」


 実際、ゲーム『ユグトリア・ノーツ』では領都ペントとペントに次ぐ人口のオフェル村を切り離され、エチゴール家は経済的には寒村と言える南の2村のみを治める極小領主となっていた。


 俺が憑依転生しストーリーを改変してしまった今、この時間軸でどんな罰が下るのかは、誰にも分からない。




「そんな……」


 目を見開き、絶句するエステル。


「エステル。君にも黙っていてすまない。いつかは話さないといけないと思ってたが、まさかここまで差し迫っているとは思わなかったんだ。––––だが、状況が分かった今、俺は打てる手を打つつもりだ。例え父親を自らの手で告発することになっても、ね」


 俺はエステルのところに歩いて行き、彼女の手を取った。


「だから安心して欲しい。俺は絶対に、君と暮らす領地を守ってみせる。そして、できれば親父に下される罰が少しでも軽くなるよう交渉しようと思ってるんだ」


 あの豚父は、未亡人には手を出すし、ケチだし、下品だし、小悪党だが、根っからの悪人という訳じゃない。


 その証拠に、ジャイルズとスタニエフの父親たちからは、路頭に迷っていた彼らを拾ったことで、確かな感謝と忠誠を受けている。


 俺がこうしてある程度自由に動けているのも、ジャイルズとスタニエフというかけがえのない部下を持てているのも、全て親父のおかげと言えなくもなかった。


 ––––まあ、本人がどういうつもりでそうしたのかは、ともかくとして。




 エステルは話の内容に動揺しているようだったが、やがて俺の手をしっかり握り返してきた。


「ボルマンさま」


「ん?」


「私は、ボルマンさまを信じてます」


「ああ」


「ですから、ボルマンさまが良いと思われるようになさって下さい。––––私も、応援いたします」


 そう言って、俺の目を見て微笑むエステル。


 その笑顔に、胸がきゅんとする。


 突然こんな話を聴かされて不安だろうに……彼女は俺を支持すると即答してくれた。


 どれだけできた婚約者なんだろう。


 俺は彼女に頷き返したのだった。




 エステルの手を離し、仲間たちの方を向く。


「さて。告発にあたり、俺には二つ必要なものがある。一つ目はスタニエフの父親のカミルが隠しているであろう裏帳簿。二つ目は、カミル本人だ。ジャイルズとカレーナには一度ダルクバルトに戻り、その二つを王都に持ち帰って欲しい。それも十日以内で。––––二人とも、できるか?」


 俺の言葉に最初に返事を返したのは、意外なことにカレーナだった。


「私に頼むってことは、『そういうこと』?」


 俺の目を見て問う、金髪の少女。


「ああ、『そういうこと』だ。スタニエフ曰く、正攻法でいけばカミルは首をくくりかねないそうだ。自殺を防ぐため、カミルには『オネリー商会の経営の件で至急話がある』と書状を書いて呼び出す。『本命』については、お前が探し出してくれ」


 俺がそう言うと、カレーナは少し考え込み、ちら、とエステルを見て、次にこちらを見た。


「手を」


「え?」


「手を握って、もう一度言って」


「はいぃ?」


 俺が聞き返すとカレーナは、


「ほら、はやく」


 と言って右手を差し出してきた。


 これは……エステルと同じようにして欲しい、ということだろうか?




 俺が躊躇っていると、隣のエステルが俺に囁いた。


「手を、握ってあげてください」


 思わず彼女の顔を見る。


 エステルは少し困ったように微笑むと、


「女の子に恥をかかせてはいけませんよ」


 と言った。


 ひょっとして、女子会で何かあったんだろうか。


 俺は頷くとカレーナのところに行き、その手を握った。


「カレーナ、頼む」


 俺の言葉に、金髪の少女は頬を染め、


「分かった」


 と答えると、すっと手を抜いて、後ろに下がったのだった。




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