第236話 告発のためにすべきこと

 


 ☆



 父ゴウツークの横領を、告発する。



 いつかはやらねばならないと思っていた。


 が、まさかこんなに早く選択を迫られることになるとは。

 それも、他者から促される日が来るとは、思ってもいなかった。



「まさか、怖じ気づいてはおるまいな?」


 静かに問う、海賊伯。

 抑制的な口調が逆に怖い。


 つまり今から返す言葉で、この人は俺という人間との付き合い方を決めるのだろう。


 間違えば、これまで半年かけて築いてきた信頼が、水泡に帰す。


 俺は大きく息を吸った。




「今回の王都滞在中に、国に報告を行います」


 伯爵の目を見て、言いきる。

 その言葉にわずかに口角を上げるフリード伯爵。


「閣下が仰るほどに状況が切羽詰まっているのなら、もはや躊躇っている時間はないのでしょう。––––あれこれ頼ってばかりで申し訳ありませんが、国の然るべき立場の方に取り次いで頂くことはできますか?」


 ただ告発するだけなら、窓口の下級役人でいい。


 だが今回は、『エチゴール家の後継者が内部告発し横領額の返済を約束することで、家門としてのペナルティを最小限に抑える』必要がある。


 有り体に言えば、政治交渉が必要だ。


 事態を放置して国の監査が入れば、ダルクバルト領は分割されてしまう。

 それがゲーム『ユグトリア・ノーツ』で描かれた未来。


 帝国に対抗してゆくためにも、それだけは避けなければ。




 俺の言葉に、伯爵は頷いた。


「よかろう。然るべき者に話を通そう。叙任式をはさんで十日程度は掛かるだろうが、その間に資料は取り寄せられるか?」


「……すぐに手配します」


 この件については、オネリー商会の立ち上げ時にスタニエフに調査を命じてある。


 既に横領の推定額は算出済みだ。


 商会立ち上げにあたり、俺は父親と交渉してダルクバルト男爵家の『表帳簿』の一部開示の許可を得ていた。


 少なくともそこから得られた資料は用意できる。


 が、国との交渉を行うのであれば『決定的な証拠』が欲しい。


(できればスタニエフを派遣したいが……)


 彼には、四日後のテルナ川海運同盟の締結式に、『商会長』として出席してもらわなければならない。


 となると、候補は二人。


 果たしてどちらに頼むべきか––––


「どうした?」


 伯爵が訝しげに尋ねてきた。


「いえ、なんでもありません。資料の手配をどうするかを考えていたんです」


「さすがにそれは俺にもどうにもできん。貴様の方でなんとかしろ」


「分かっています。必ず、必要に足るものを用意致します」


 俺の返事に、伯爵は満足げに頷いた。


「ならば『協定』を締結しよう」


 すっ、と手を差し出す伯爵。


 俺はその手を握る。


「よろしくお願いします!」




 ☆




 協定という名の秘密同盟の締結が終わり、伯爵の部屋を辞した俺は、談話室で待機していたスタニエフを廊下に呼びだした。


「どうかしましたか?」


 首を傾げる商会長に、ことの経緯を手短に話す。


 と、普段は冷静なスタニエフが目を見開いた。


「このタイミングでやるんですか?!」


 小声で、でも驚きを隠しきれない様子で訊き返すスタニエフ。


「横領の告発と爵位継承。それがフリードとダルクバルトの同盟の条件だ。––––あの海賊伯のことだ。俺が覚悟を決めずぐずぐずしてたら、うちにとってどんどん条件を不利にしていっただろう」


「でも資料は全てダルクバルトに置いてきてるんですよ?」


「それはジャイルズに取りに行かせる」


「ジャイルズ?! せめて僕が行った方が––––」


「お前にはここで商会長として仕事をしてもらわなきゃならん」


「っ……!」


 スタニエフは言葉を詰まらせた。




「…………」


 俯き、考え込む俺の金庫番。


 ––––こいつが躊躇うのも分かる。


 ゴウツークの不正を告発するということは、親父の会計を担当しているスタニエフの父、カミルの不正を明らかにすることに他ならない。


 スタニエフは顔を伏せたまま呟いた。


「……決定的な証拠は、父の手元にあります」


「分かってる」


「義理堅い父のことです。男爵様を裏切るくらいなら死を選ぶでしょう」


「えっ!?」


 その言葉に、俺は凍りついた。


「商会が潰れ、一家で路頭に迷いそうになっていたところを雇用して下さったのが男爵様です。当時のことをうっすらとしか覚えていない僕ですら告発には躊躇いがありますから、父はなおのことだと思います」


「……そうか」


「そうです」


 言葉を交わしながら、頭を抱える。


 正直、カミルたちがそこまでゴウツークに恩を感じている、というのは考えていなかった。


 俺から見れば、弱みにつけ込んで優秀な人材を格安で雇用したようにしか見えないが、逆の立場では救世主に見えたのかもしれない。


 俺の浅慮と言えばその通りだが、当事者じゃないと分からないものもあるのだろう。




「裏帳簿を渡すよう俺の方でカミルに手紙を書こうと思っていたが…………そういうことなら無理だな」


「もちろんです。そんな手紙を受け取ったら証拠を隠滅して首を括るでしょう。監査が入り捕縛されても、黙秘して自死を選びかねません」


 少年は恐ろしいことを呟く。


「それじゃあ告発できないじゃないか」


「だから、僕も頭を抱えてるんです!」


 泣きそうな顔で俺を見返すスタニエフ。


 ––––なにか、手を考えなければならない。


 カミルが追い詰められずに、告発と継承を実現する方法を。




「せめて直接会って話ができるなら、なんとか説得するんですが……」


 苦しげに呟いたスタニエフに、俺は尋ねる、


「説得、できるのか?」


「……はい。成功するかは分かりませんが」


「どう説得する?」


「父は男爵様に恩義を感じ、義理だてすると思われます」


「それはさっきも聞いたが……」


「であれば、『告発が男爵様にとって良い結果に繋がる』と納得させられれば、積極的な協力は得られなくても、責任を感じて自ら死を選ぶことはなくなるでしょう」


「…………」


 スタニエフの言葉を反芻する。


 このまま何もせず監査で横領が明らかになれば、ゴウツークは国から罰せられるだろう。


 良くて投獄、悪ければ死刑だろうか。


 だが俺が告発し、横領した金の返納を約束すれば、ゴウツークに課される罰も軽減させることができるかもしれない。


 悪くて投獄、うまくいけば蟄居程度に減刑される可能性もある。




「なるほど。それなら説得できるかもしれないな」


 呟く俺に、「はい」と頷くスタニエフ。

 彼は続けて言った。


「もっとも今の状況では、僕もボルマン様もダルクバルトに戻る余裕はありません。それに話を理解しても、父が裏帳簿を提出してくれるとは思えませんけどね」


「…………」


 俺は再び考え込む。


 カミルを説得できるのは、俺とスタニエフだけ。

 だが、俺たちは今王都を離れる訳にはいかない。


 今回の叙任式に合わせ、俺の両親とクリストフはすでにダルクバルトを出立している頃合いだが、カミルはペントで留守番のはずだ。


 また誰かがカミルを説得できたとしても、裏帳簿を持ち帰ることはできないだろう。


 一体、どうすれば良い?




「……………………」


 俺はしばし考え、やがて口を開いた。


「ダルクバルトには、ジャイルズとカレーナを派遣しよう」


「?!」


 驚き、顔を上げるスタニエフ。


「カレーナも、ですか?」


「ああ、そうだ」


「どちらにしろ、その二人で父を説得するのは難しいと思いますけど……」


 暗い顔の商会長に、俺は首を横に振った。


「説得は俺とお前とでやる。裏帳簿をカミルに提出させるのは諦める」


 俺の言葉を反芻し、目を見開くスタニエフ。


「…………ひょっとして、父を王都に呼び寄せるんですか?!」


「その通り」


「ですが、裏帳簿は––––」


 言いかけたスタニエフに、人差し指をつきつける。


「カレーナのスキルとスキルレベル、忘れてないか? しかも今回は、正義と公正のためにその力を使うんだ」


「!!」


 スタニエフは、あんぐりと口を開けて俺の顔を見た。



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