第235話 同盟と前提

 


『時代が変わる』。


 フリード伯爵の言葉を噛みしめる。


 そう。

 時代は変わる。


 剣から火砲の時代へ。

 騎士から軍隊の時代へ。


 俺が変えなくても、帝国が変えるだろう。


 ゲーム『ユグトリア・ノーツ』の後半では、浮遊島が開発され、帝国の飛行戦艦が世界を圧する時代になっていた。


 それが今からわずか4年ほど先の話。


 それらは『邪神ユーグナ』のエネルギーを利用したものではあったが、これまで俺が知った事実から考えれば、恐らく封術技術の延長であるのだろう。




 魔物の魂の器である、魔石。


 ひだりちゃんによれば、その魔石をオルリスの『呪い』により封力石に変換し、エネルギー源として使うのが封術であるらしい。


 仮に、邪神ユーグナが創生の大精霊ユグナリアであり、創生神オルリスこそが邪神であるとするならば––––帝国がユグナリアの力を利用するのに、オルリス由来の封術技術を応用したと考えるのが順当だろう。


 何せ帝国は、封術技術ではその他世界を圧倒しているのだから。




 すでにゲームのシナリオは崩れ、ゲームでは描かれなかった裏側のストーリーが紡がれ始めている。


 その変化の起点になったのは、俺(ボルマン)。


 川流大介をこの世界に憑依転生させたのが、封印された大精霊ユグナリアであるならば、きっとその必要があった、ということなのだろう。


 その意図はともかく、すでに事態は動きだしている。


 帝国はダルクバルトに目をつけ、スパイを送り込んできた。


 こちらからもミエハル子爵への手紙を通じて、情報戦を仕掛けている。


 このままでは、どこかの時点で帝国が俺たちに攻撃を仕掛けてくるのは間違いない。


 立ち止まる訳にはいかない。

 俺は自分が持つ知識と知恵を総動員して、大切な人たちを守りきる。


 ––––そのためにも、今日の交渉は何がなんでもまとめなければ。




 ☆




「ボルマンよ」


 伯爵はじろりと俺を見た。


「この『銃』、差し当たり10丁ほど欲しい。1丁あたり弾200発をつけてだ。いつまでに用意できる?」


「ケースをつけず、剥き出しでも構いませんか?」


「構わん」


「でしたら、一ヶ月以内に5丁を用意します。残りの5丁はもう一ヶ月待って下さい」


「いくらになる?」


「一丁、2万セルー(約200万円)。先日提案させて頂いた『協定』の締結が販売条件です」


 この『協定』とは、一ヶ月前に伯爵領フリーデンで伯爵に申し入れた、機密情報共有協定のことだ。


 一丁あたりの価格は、原価からすればかなり高めに吹っかけているが、それだけの価値がある新兵器だ。

 それに今後のことを考えれば、今、安く売る訳にはいかない。


「よかろう。すでに草案は作ってある。後ほど屋敷で協定を締結しよう。売買契約も同時に結ぶぞ」


 一切の迷いなく、海賊伯は了承した。

 しかも、協定の草案まで用意してあるという。


 さすが海賊伯。


 そして、それだけ俺のことを信用してくれている、ということでもあるのだろう。


 まったく。

 味方にすれば、これほど心強い人はいないな。



 その後、伯爵自身にも射撃を体験してもらった俺たちは、練兵場をあとにして、フリード伯爵邸へと向かったのだった。




 ☆




 ランチは屋敷の庭園で、ビュッフェ形式で振る舞われた。


 うちのメンバー全員が参加を許され、伯爵家からはもはや顔馴染みとなった騎士ケイマンも同席。

 ジャイルズが尊敬の眼差しで話しているのが印象的だった。


 一方、俺と伯爵のテーブルには給仕がつき、王都での活動予定やオネリー商会の今後の展開、昨今の国際情勢や経済状況などについて、ざっくばらんに意見交換することができた。


 ちなみに。

 ダメ元でアトリエ・トゥールーズのポスターのことを話したら、なんと今俺たちが泊まっている『ローレントの夜風亭』に話を通してくれるという。


「とりあえず見るだけは見るように言っておくが、判断するのは宿だからな。過分な期待はするなよ」


「それで十分です。掲示するに相応しいものであれば受け入れてもらえるでしょう。そこも突破できないようならそもそもモノが駄目だということです。一から出直しますよ」


 釘を指す伯爵にそう返すと、フリード卿はふっと笑った。


 そう。チャンスをもらえるだけで、十分。


 トゥールーズの作品が世に出るべきものであるならば、その程度のハードルは超えてくれるはずだ。


 俺は思わぬ収穫に喜んで、ランチを終えたのだった。




 ☆




 ランチの後。


 協定の締結のため一人応接室に通された俺は、伯爵から手渡された協定草案に目を通し––––––––その内容に思わず手を震わせた。


「『包括的軍事協定』って…………これ、軍事同盟じゃないですか?!」


 目を丸くする俺に、伯爵がにやりと口角を上げる。


「ひと月前に貴様自身が言ったではないか。『一蓮托生、覚悟の上』なのだろう? ならばこちらとしても、それなりの腹を決める、ということだ」


「もちろんその覚悟ではおりますが……私はまだ爵位を継いでおらず、領兵の指揮権限もないんですよ? 」


 俺の言葉に、伯爵はぎろりと俺を睨んだ。


「継げばいいだろう」


「え?」


 その言葉に、固まる俺。


「以前、貴様は言っていたな? ダルクバルト男爵領では、魔獣の森の討伐を、『一応やっている』という話だ」


「!!」


 半年前の記憶が蘇る。


 そう言えば俺はあの時––––この人にその話を漏らしてしまっていた。




「あの時はまだ先の話だと思っていたが、そう悠長なことも言っていられなくなってきた」


「と、いいますと?」


「二つある。一つ目は、貴様の家のことだ。エチゴール家の魔獣討伐状況について俺の方でも調査を入れたんだが…………ひどいな、あれは」


「っ!」


 伯爵のことだから調べてるんだろうと思っていたが、あまりに直球なので怯んでしまう。


「もう七年も同じやり方で国の補助金を着服している。しかもバレないのを良いことに年々大胆に額を増やしているな?」


「…………仰る通りです」


 確かに、俺がスタニエフに調べさせたところでも同じ報告があがってきていた。


「あれでは国から監査が入るのは時間の問題だ。ことが公になれば、貴様の爵位継承すら危うくなるぞ」


「……承知しております。––––ちなみに、もう一つの理由はなんです?」


 俺が尋ねると、伯爵は目を細めてテーブルを睨んだ。


「帝国の内情について、その後お前が言っていた線で調査を進めた。確かにミエハルの執事はクロだったし、皇太子が不穏な動きをしているらしいという話も入ってきた。そちらの方も、どうやら悠長に構えている余裕はなさそうだ」


「そうですか……」


 頭を抱える俺。

 そんな俺に、伯爵は言った。


「ボルマンよ。貴様も腹を括れ」


「それはつまり––––」


「父親を告発し、貴様が男爵位を継げ、ということだ」


 伯爵の言葉に、膝に置いた手が震えた。




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