第233話 自由行動の収穫と変換点

 


 ☆



 王都滞在一日目の自由行動は、それぞれ充実したものであったらしい。


 旧市街でカフェ・ショップ巡りをしたエステルとエリスは、食に衣料品にと充実した時間を過ごせたらしく、ホクホク顔で帰って来た。


 二人ともいくらかの衣服を購入していて、翌日ロビーで顔を合わせた時には、新しい装いを披露してくれた。




「ほら、せっかく買ったんだから、そこの朴念仁に見せないと!」


「は、恥ずかしいですっ。エリス姉さま」


「ほらほら〜、どう? 可愛いでしょ?」


 恥ずかしがるエステルを前に押し出し、ドヤ顔をするエリス。


 姿を現したのは、清楚な雰囲気の淡い水色のワンピースに身を包んだ婚約者だった。


「あの……、いかがでしょうか?」


 頬を染め、恥ずかしそうに上目遣いで尋ねてくるエステル。


 ––––ヤバい。

 尊い。


「す、すごく似合ってるよ、エステル」


 自分の語彙力の貧しさが憎い。


 普段の天使のような彼女も素敵だが、こうやってオシャレ着を着ると、なんだかすごく意識してしまう。


「あ、ありがとうございます……」


 顔を真っ赤にして、モジモジとそんなことを呟くエステル。

 可愛い。


 もう、今すぐにでも彼女を奪い去りたい気分になってしまった。


 ––––いや、奪うもなにも俺の婚約者だけどさ。




 邪念を振り払おうと、ごほん、と咳払いした俺は、今度はジャイルズとスタニエフを振り返った。


「そっちもそれぞれ、お目当てのものを見られたらしいな」


「はい、おかげさまで」


 すました顔に笑みを浮かべるスタニエフ。


「ざっくり王都の市場もリサーチできましたし、有名な観光名所もいくつかまわることができました。『闘技場、闘技場』と連呼するジャイルズがちょっと鬱陶しかったですけどね」


「鬱陶しいって……あれはお前が約束守らねーのが悪いんじゃねえか。午後は闘技場行く約束だったのに、あちこち寄り道しやがって」


 ははは、とクールに笑うスタニエフに、ジャイルズがぶー垂れる。


「ちゃんと闘技場に向かってたじゃないですか。その途中で色々見られるようルートを設定しただけですよ」


「それを寄り道、っつーんだよ」


 ははははは、と笑うスタニエフを、ジャイルズが締めにかかる。




「それで、闘技場はどうだった?」


 俺が問いかけると、ジャイルズはスタニエフから腕を離し、にい、と笑った。


「なかなかの迫力だったぜ! 魔物相手に、剣あり、弓あり、封術ありで。––––ただまあ『あんなもんか』って感じもしたけどさ」


「それはお前のレベルが上がってるからだよ。レベルだけ見れば、お前は王国騎士ともやり合えるはずだ」


「そっか……」


 そう言って苦笑いしたジャイルズは、遠くを見るような目でしばし逡巡し、やがて俺に向き直った。


「なあ、坊ちゃん」


「なんだ?」


「闘技場の入口に看板が出てたんだけどさ。二週間後に『闘技大会』があるらしいんだ。トーナメント形式のやつ。その大会に…………俺も出場したらダメかな?」


 防衛隊の隊長を担う少年の真摯な目が、俺を見ていた。




 ––––ああ、やっぱりな。

 と、思った。


 ジャイルズが「闘技場を見に行きたい」と言い出した時から、なんとなく「こうなるんじゃないか」と思っていたのだ。



 王都ローレントの闘技場では、春の叙任式に合わせて闘技大会が開かれる。


 より詳しく言えば、闘技会自体は毎月開催されているのだが、春の闘技大会は、国内各地から領主たちが自らの選りすぐりの騎士を同行するタイミングでもあり、国内最強の戦士の座を懸けて争う一大イベントになるのだ。


 その優勝者は、なんと国王から直々に表彰され、多額の賞金と名誉を得る。


 冒険者にとっては、冒険者ランクや名声を上げる絶好の機会であり、現役の騎士にとっては、自らの力と家門の力を示す晴れ舞台であるわけだ。



 自分で言うのもなんだが、この半年で俺たちは劇的に強くなった。


 ゴブリンを狩り、狂化ゴブリンと戦い、テルナ湖の地下遺跡を攻略することで、王国騎士にも引けを取らないくらいの実戦経験を積んできた。


 ジャイルズがそんな自分の力を試してみたいと思うのも、無理からぬことだった。




 俺はジャイルズの問いに、少し考えてこう返した。


「分かった。参加を許そう。––––ただし、郷土防衛隊の隊長として、恥ずかしくない戦いをしてこい」


 俺の言葉に、一瞬ぽかんとした顔をするジャイルズ。

 だが、すぐに我にかえり頷いた。


「あ、ああ! 分かった。絶対にその名に恥じない戦いをしてみせる!!」


 こうしてジャイルズの闘技大会参加が決まったのだった。




 正直なところ、ジャイルズの大会参加については両手を挙げて賛成、という訳じゃない。


 もしミエハル子爵や帝国の手の者が気づけば、何らかの工作を仕掛けられるリスクもあるし、出場してケガでもしたら元も子もない。


 それでもジャイルズの参加を認めたのは、そうしないとあいつ自身が自分の力に納得できる機会が当分訪れないと思ったからだ。


 今後俺たちは、剣から銃火器に武器を切り替えてゆく。


 軍の編成も変えてゆく。

 騎士団から、近代的な軍隊へ。


 剣は実用的な価値を失い、戦闘は個人の技量から組織の運用にその重点が移ってゆく。

『騎士』という存在も、爵位の名前以外では残らないだろう。


 この流れは変えられない。

 必要であり、必然。


 その中で、ジャイルズの『騎士』への想いを本人なりにひと区切りをつけさせるために、今回の腕試しは不可欠だと思ったのだ。



 ––––そして、時代の変換点がやってくる。




 ☆




 翌日。


 俺たちはフリード伯爵家の屋敷の隣にある、伯爵家の練兵場にやって来ていた。


「スゲー。王都のど真ん中にこの広さの練兵場を持ってるって、ちょっとあり得ないっスね」


 感嘆の声をあげるジャイルズ。


「さすが『海賊伯』だな。商家でありながら武家でもある、という訳だ」


 頷いた俺に、隣に立つエリスが首を振る。


「これも昔の名残よ。うちの騎士団だけじゃなく、東部家門の騎士たちの訓練の場としても使われているの。王都に滞在する貴族は年間を通してある程度いるけど、その間に護衛の騎士たちが訓練できる場所って意外と少ないみたいなのよね」


 そんな話をしていた時だった。


 背後から馬が駆ける音が聞こえてきて、振り向いた俺たちの目の前で止まった。


「待たせたな、ボルマン」


 馬上では、フリード伯爵が相変わらずの不敵な笑みを浮かべていた。




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