第232話 轟く悪評と採用活動

 


 カレーナの弟テオバルトと孤児院の院長マーサの凍りついた表情。


 その顔を見て理解する。


 俺とダルクバルトの悪評は、なんと遥か王都にまで轟いていたらしい。


 ––––まじか?!




「ダ、ダルクバルトって……あの?」


 テオが恐る恐る姉の方を見る。

 その反応に失笑しながら頷くカレーナ。


 院長のマーサの反応はある意味もっと酷かった。


「カレーナ、あんたまさか、この方のめか––––」


「ちっ、違うよ! 私の雇い主だよ! 一緒にパーティーを組んで、領内の魔物討伐なんかをやってるんだ」


 うん。

 なんというかヒドイ。


 ははははは……とから笑いする俺。


 するとさすがに気の毒に思ったのか、珍しくカレーナがフォローを始めた。


「住むところは使用人宿舎を使わせてもらってるし、ちゃんとお給金ももらってる。今日の差し入れだって、私が代金を払おうとしたら『俺が出す』って言ってくれたんだ。果物のかごも持ってくれたし。……確かに、昔は酷かったみたいだけど、今は領民からもすごく慕われてるよ」


「関係改善できたのは、つい最近だけどな」


 俺とカレーナのやりとりを不思議そうな顔でながめる孤児院の二人。


 ––––領主の息子と、孤児院出身の少女。


 普通ならあり得ない距離感だと思う。

 それが単純に不思議なんだろう。


 じっと俺たちを見ていた院長は、すっと姿勢を正した。

 そして––––


「先入観で失礼なことを申し上げて、大変申し訳ありませんでした」


 深々と頭を下げた。




 ☆




 5分後。


 俺たちは、カレーナのこれまでの経緯について話していた。


「それじゃあ、カレーナが奴隷になったというのは––––」


「事実だ。もっとも彼女自身も詐欺の被害者だったわけだが……。放っておくと死罪になりそうだったんで、タルタス卿と交渉して俺が奴隷として引き取った」


「それは、ボルマン様に感謝しなければなりませんね」


 そう言って、傍らで目を逸らしているカレーナを見るマーサ。


 ここまで、カレーナが話しづらそうにしていたので、代わりに俺が例の盗賊襲撃の経緯を説明した。


 その辺りまで話を聞くと、さすがに弟くんの俺を見る目も変わってくる。


 ––––警戒感から、好奇心へ。


 最初の居心地の悪さが、大分解消されてきたな。




「さっきカレーナが言った通り、彼女の仕事はダルクバルト領内での魔物の討伐だ。俺とパーティーを組み、領内の脅威を排除している。危険が伴う仕事だがカレーナはとてもよく働いてくれている。実際、俺の婚約者が悪漢に攫われた時には、カレーナが敵の隙をついて彼女を助け出したんだ」


「「へえーー!!」」


 俺の言葉に、目を丸くする二人。

 二人の視線がカレーナに向かう。


「あっ、あれは、あんたたちが敵の目を引きつけてくれてたからじゃん」


 慌てるカレーナに、俺は笑った。


「それでも、お前がいなきゃエステルを助けられなかった。––––本当に感謝してるよ」


「やめろよ、恥ずかしい……」


 顔を赤くして、そっぽを向くカレーナ。


 俺は孤児院の二人に向き直り、話を続ける。


「亡くなったご両親もそうだが、きっとここでも『正しく』育てられたのだろうな。彼女が共に戦う仲間になってくれて、本当によかったと思ってるよ」


「『仲間』……ですか?」


 不思議そうに尋ねる院長。


 確かに、貴族と奴隷、雇用主と使用人の関係では、まず出てこない言葉だな。


 俺は「ああ」と頷き、あらためて言い直す。


「背中を任せられる、信頼できる『仲間』だ」


 その時、隣のカレーナがそっぽを向いたまま、手のひらを掲げた。


「そんなの、お互い様だろ」


「そうだな」


 そう言い合って、俺たちは手のひらを打ち合わせたのだった。




 ☆




 二時間ほど滞在し、俺とカレーナは孤児院を後にすることにする。


 カレーナは久しぶりに弟と二人で語り合い、俺は院長に孤児院の中を案内してもらったりした。


 予算がない中で、二人のシスターが周囲の協力を得ながら懸命に子供たちを育てていることがよく分かった。


 そのおかげだろう。

 子供たちは、俺なんかよりよっぽど素直に真っ直ぐ生きていて……なんだか眩しかった。




 帰り際。


 院長と一緒に門のところまで見送りに来てくれたテオバルトが、俺に小声で尋ねてきた。


「あの、姉が王都に戻ってくる日は来るんでしょうか?」


「それは、旅行とかじゃなく『王都で暮らす日は来るのか』という意味か?」


「ええと……、はい」


 頷く弟くん。


 俺は笑って言った。


「それは俺じゃなくて、姉ちゃんに訊くべきだな」


「え?」


 テオが不思議そうに俺を見る。


「この間、カレーナに『うちを辞めて王都に戻ってもいい』って言ったら、平手打ちをくらったんだ」


「ええっ?!」


「ということで、それは彼女次第だ。……ただまあ、一緒に暮らしたいなら、お前がダルクバルトに来てもいいんじゃないか?」


「僕がですか?!」


「ああ。うちの領地ではこれからどんどん仕事が増える予定だからな。人手はあるに越したことはない。読み書きができるなら大歓迎だし、できなくてもやる気さえあれば歓迎するぞ」


「か、考えてみます……」


「ああ。友達さそって一緒でもいいからな」


「はいっ!」


 元気に頷くテオバルト。




 と、そこで院長と話していたカレーナが気づき、慌てて間に入ってきた。


「ちょっと、何やってるんだよ?!」


「何って––––採用活動?」


「採用って……本気で言ってるの?」


「ああ。うちの領地はこれからどんどん仕事が増えるからな。真面目な子には、ぜひうちに来て働いて欲しい。––––院長も、子供たちの就職先として、ぜひ前向きに考えてくれ」


 俺の言葉に、目をぱちくりさせるマーサばあさん。


「おや、それは興味深い話だけど……」


 驚き戸惑う院長。


「保証が必要ならフリード伯爵に頼んでみるが……」


「えっ! ボルマン様は伯爵様とも面識がおありなんですか?!」


「ああ。ちょっとした『お願い』ができるくらいにはね」


 俺はにやりと笑う。


「だがまあ、まずは雇用条件の説明とすり合わせからだな。こちらにいる間に、説明できる人間を連れてもう一度寄らせてもらおうか」


 しばし考えこむ院長。

 やがて老シスターは顔をあげた。


「––––分かりました。それでは日をあらためてお話を伺います」


「ぜひ、よろしく頼むぞ」


 俺が満足げに頷くと、横からカレーナの呆れたような声が聞こえてきた。


「まったく、油断も隙もないんだから」


 ––––うん。

 今さらだな。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る